1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 表紙から恐怖。人間の怖さを思い知る、神津凛子の「オゾミス」

表紙から恐怖。人間の怖さを思い知る、神津凛子の「オゾミス」

  • 2023.12.21

「この世で一番怖いのは、怪異か人間か。」

2018年に『スイート・マイホーム』で小説現代長編新人賞を受賞し、翌年デビューした神津凛子さん。選考委員を全員戦慄させたといい、「『イヤミス』を超えた、世にもおぞましい『オゾミス』誕生」と話題を呼んだ。同作は今年9月、斎藤工さん監督、窪田正孝さん主演で映画化された。

神津さんの4作目となる『オイサメサン』(講談社)は、霊が「視(み)える」主人公と霊を「祓(はら)える」人物が出会い、身の回りで起こる事件や怪異の真相に迫っていく長編小説。表紙に描かれた赤い服の女性が気になり、タイトルの意味もわからないまま、怖いもの見たさで手にとった。

「振り返るな、いるぞ。真っ赤なワンピースの女が。9年前、小学生の鈴に降りかかった災い。それは、この世のものでない何かを『視る』力を得たことだった。」
(本書帯より)

「オイサメサン」の存在

要(よう)は生後間もなく、父親を事故で亡くした。父親の死後、母親のもとに怪しい者たちがやってきて、母親は「オイサメサン」という存在にすがるようになっていった。父親の霊が視えるというその女霊媒師に、母親は金を巻き上げられ、行方をくらました。幼い要は、こう考えるようになった。

「この世には神も仏も、そして霊などというものも存在しないのだと。」

鈴(すず)は、初潮を迎えた小6の夏に霊が視えるようになった。爪がほとんどない両手足、黒ずんだ血管が浮き出た肌、瞳孔が広がった目。初めて見たのは、赤い服を着た女の霊だった。

ある時、祖母から「オイサメサン」の指輪を渡される。それを身に着けていると、ほとんどの「もの」は視えなくなるという。「オイサメサン」とは、一体何者なのか。祖母は鈴にこう言った。

「名前も持たず、俗世とのつながりも持たず、ただ一身に厄を引き受ける稀有な方。この世に留まっている霊を『諫めて』あちらへ送る大事な役割を果たしてくださっている(中略)本来いくべきところへ霊を還すのが、お諫め。オイサメサンは姿を見せないの。どこにいるのか、それは秘密なの」

死霊も生霊も

21歳になった鈴は、ファミレスで働いている。勤務中は指輪を身に着けておらず、濃いグレーの塊が視えて足首をつかまれた。ふらついた瞬間、近くにいた男性客に支えられ、グレーの塊は視えなくなった。その塊は「姫」と名乗るアルバイトの女子高生に憑こうとしているようだった。

「オイサメサンの指輪がないから......」とつぶやく鈴に、「その名前をどこで聞いた?」と男性客は切羽詰まった様子で問う。この男性客こそが、要だった。「オイサメサン」は自分を救ってくれた恩人。「オイサメサン」は最低最悪の詐欺師。「オイサメサン」に真逆の感情を抱く鈴と要は、こうして出会った。

翌日、姫が無断欠勤した。なにかあったのではないかと心配した鈴は、歩道に姫の姿が見えて追いかけていった。たどり着いた公園に、変わり果てた姫の姿があった。思いがけず殺人事件の第一発見者となり、なくなればいいと思っていた自身の「視える力」と向き合うことになる。

鈴はずっと、視えるものすべてが死者の霊だと思っていた。しかし、グレーの塊は生きている人間が飛ばす生霊なのではないかと思い至る。では、姫に憑こうとしていたのは誰の生霊なのか。姫を殺した犯人と関係があるのか――。

霊より怖いもの

鈴と要は水と油の関係に思われたが、二人の出会いは必然だった。というのも、鈴は視えるが祓えない。要は祓えるが視えない。互いにない力を持つ、「魂のかたわれ」のような存在だったからだ。

ほかにも、視えないが「聴こえる」薙(なぎ)、小学生の頃からの親友で鈴が密かにときめいている類(るい)など、物語の軸となる人物が登場する。赤い服を着た女の霊、そして「オイサメサン」の正体は――。恋愛要素もありつつ、しっかりとミステリーでもありホラーでもあった。

いろいろな「もの」を視てきた鈴が、ある場面で言ったセリフが印象に残っている。

「考えを改める。これまでは死んでもなおこの世に留まり続ける霊が怖かった。でも、生きてる人間の方がよっぽど怖い」

目に見えるものと、目に見えないもの。本作では、生身の人間と、霊、ということになる。現実ではたとえば、言葉や表情になって表に出てくるものと、心の中だけにあって表に出てこないもの、に置き換えられる。なんであれ、見えても見えなくても、本質を見抜けるようになりたいものだ。

帯に「オゾミスの旗手が放つ、絶叫ホラー!!!」とある。なにが怖いかって、完全にフィクションのはずが、現実に視てきたのかと思うほど、霊の描写が緻密なこと。どこの場面というより、この世界を頭の中で構築してしまう神津さんにゾクッとした。

■神津凛子さんプロフィール
かみづ・りんこ/1979年長野県生まれ。歯科衛生専門学校卒業。2018年、『スイート・マイホーム』で第13回小説現代長編新人賞を受賞し、翌2019年デビュー。他の著書に『ママ』『サイレント 黙認』がある。長野県在住。

元記事で読む
の記事をもっとみる