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ポリティカルコレクトって? 山田詠美の短編小説集。

  • 2023.12.16
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政治的に正しい?正しくない?狭間にいる人たちを描く短編集。

『肌馬の系譜』

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山田詠美著幻冬舎刊¥1,760

昔話で恐縮だが、とある作家の退廃的なドラッグ描写に対し、山田詠美は、ドラッグはもはやクールな存在ではなく社会のプロブレムだ(大意)とエッセイで記していたのを覚えている。ミレニアル世代以降の多くは、いま同じように感じているのではなかろうか。政治的に正しくないことを、野放しにする猶予などないと。

およそ三十年が過ぎ、ドラッグは文字通り社会問題だ。では、現代のものさしで不適切とされるあれこれは、ドラッグ同様プロブレムとして取り締まられるべきなのか。私は本作を、印刷された文字まで漂白せんと迫りくるポリティカル・コレクトネス(以下、PC)に対する意思表明と受け取った。デビュー当時、心無い偏見や差別で、誰よりも糾弾されたのが山田詠美だ。家父長制が忌み嫌う種類の女たちに作中で血を通わせ、異人種の恋人を持ち、SM嬢のアルバイトをしていたから。当時のPC的には、彼女の存在はアウトだったのだ。

現代社会でキャンセルされた者が受ける業火の洗礼と、彼女が受けた投石には、なんら変わりはない。それでも書き続けたのは、モラルや常識を超えて表現ができる場であり、読み手に問える場が文学だと信じたからだろう。

十三編の中には「わいせつなおねえさまたちへ」や「MISS YOU」など、読み手の胆力を試す作品がある。犯罪者が、いち生活者として描かれているから。では、山田詠美は犯罪や差別に寛容なのか。そんなわけがないのは、これまでの作品を読めばわかる。

現実には、白と黒の間に広大なグレーの平原が存在する。すべては多面的で、当事者にしかわからない善悪を超えた意味がある。そこを立ち昇らせ、存在してはならないとされる、しかし確実に存在する者たちに命を吹き込むのが山田詠美だ。当事者が、あとから過ちと気づき悔いることもあるだろう。しかし、他者が十把一絡げに断罪したり、憐れんだりすることは不遜なのだ。

文:ジェーン・スー/コラムニスト、ラジオパーソナリティ2013年に初の書籍を上梓。近著に『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』(文藝春秋刊)ほか。TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」のパーソナリティを担当。ポッドキャストも話題。

*「フィガロジャポン」2024年1月号より抜粋

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