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放送作家・町山広美の映画レビュー 『ファースト・カウ』『哀れなるものたち』

  • 2023.12.15

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

世界を語り直す映画 開かれる新しい視界

「君は牛を二頭持っている」。英語圏ではこの定型文から語りおこす、政治や経済の制度についての例え話、ジョークがたくさんある。「だから政府に供出して、君は政府から牛乳を配給してもらおう」と続けて、共産主義を皮肉ったり。「だからその雌牛のうち一頭を売って君はよく乳の出る雌牛を買おう」は資本主義の例え。資本家は資産を増やし、雌牛=労働者は搾り取られる。
『ファースト・カウ』のCOWは、まさにその雌牛だ。1820年代、アメリカ西海岸の「未開の地」に、貴重な雌牛が運ばれてくる。飴玉みたいに丸く輝く目をした彼女をめぐる物語。
西欧社会にとっての「未開の地」で開拓が進むこの時代は、これまで多くの西部劇で描かれた。でも本作には、開拓者の勇ましい掛け声も現地民の死体も出てこない。主人公は二人の男、穏やかな声の料理人クッキー、そして中国からの移民キング・ルー。生活の糧を求めて世界を巡ってきた彼は、当地をこう表現する。「歴史はまだここに到達していない」
クッキーの親も入植者だった。この地では、二度の独立戦争に勝ってもまだ国家は体をなしておらず、商取引には貨幣と貝が混在し、ロシアやハワイ、世界からさまざまな人種民族が移民してきていた。ビーバーの毛皮が一番の商売ダネ。毛皮猟師たちが山中で食料を現地調達するために雇う料理人の一人が、クッキーだった。
ケリー・ライカート監督は知られざる「アメリカの原風景」を描いたと語る。国より先に商売があった。生活の糧を求めて人々は海を渡った。国境は後で引かれた。その視座は、今の世界を見渡すにも有効だろう。
そして、この監督の得意技は「違う視点で語り直す」こと。西部開拓の物語、男たちの友情。乾きではなく潤いに満ちた画面と語り口で、彼女はそれを新鮮な美しさに導く。
クッキーとキング・ルー、窮乏する二人は心を通わせ、新しい商売に挑む。ドーナツ売りが大繁盛、誰も殺さず誰からも奪わない商売。であればよかったが、彼らは当地の権力者の雌牛から、ミルクを奪っていた。
この「カウ」ボーイたちを待つ結末は、映画の冒頭にある姿で予告されるが、その姿は69年の名作「真夜中のカーボーイ」を想起させる。テキサスから上京、カウボーイを気取り女に身体を売って稼ぐ男が夢を追うもすべてを失い、友情の記憶だけが残される。友と夢を語り合えば語り合うほど哀しいラストシーン、アメリカンドリームの喪失。
夢は潰える。そして牛の例え話に戻れば、彼ら自身が牛だとも思えてくる。豊かさは常に持てる者の手中にあり、持たざる者の富は一過性、あとは搾り取られるだけ。それがアメリカンドリームの内実なのだと。
『哀れなるものたち』も世界を語り直す創作だ。かつて女性が書いた小説で、フランケンシュタイン博士は死体をつぎはぎし怪物を生み出した。本作では上流婦人の死体に新品の脳みそが入れられ、美女ベラが誕生する。
大人の身体のなかで幼いベラは、人生をひとつひとつ初体験していく。彼女をつくった博士はいつもの人体実験のつもりだったが、発見に歓喜するベラに共鳴し、もっと成長をと願う父親の心境に。ベラは広い世界を見たいと望み、絢爛たる冒険が始まる。キテレツで美しい衣装と世界各所の美術が、全編にぎっしりだ。
もしも女性が、なんら抑圧されることなく成長できたら。そんな「もしも」のホラ話であり、女性が被害者から脱皮する巡礼譚でもあるだろう。
フランケンシュタインの怪物は哀れな存在だったが、世界を発見し直していくベラは希望のありかだ。新しい知を得る、その喜びと痛みを味わいつくすことこそが人生なのだから。

『ファースト・カウ』

2019年 アメリカ 122分 監督・脚本:ケリー・ライカート 出演:ジョン・マガロ、オリオン・リー、トビー・ジョーンズ 12月22日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開

©2019 A 24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『哀れなるものたち』

23年 イギリス 141分 +R18 監督:ヨルゴス・ランティモス 出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー、ラミー・ユセフ 1月26日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

文=町山広美

放送作家。「有吉ゼミ」「マツコの知らない世界」「MUSIC STATION」を担当。江東区森下で、新刊も古書も雑貨も扱う書店「BSE」を運営。

イラスト=小迎裕美子

※InRed2024年1・2月合併号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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