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メディアはスルーしたが…皇室研究家が宮内庁長官発言から読み取った「皇室からのメッセージ」

  • 2023.12.14

11月22日に行われた定例記者会見で、宮内庁の西村泰彦長官が「安定的皇位継承に課題がある」とする発言を行った。神道学者で皇室研究家の高森明勅さんは「一見そうは見えないかもしれないが、この発言は岸田文雄内閣の取り組みに真正面から異議を唱えたに等しいものだ。そして、その背後には、天皇陛下のお考えもあるのではないか」という――。

天皇誕生日の一般参賀で手を振られる天皇、皇后両陛下と長女愛子さま、秋篠宮ご夫妻と次女佳子さま。2023年2月23日午前、皇居
天皇誕生日の一般参賀で手を振られる天皇、皇后両陛下と長女愛子さま、秋篠宮ご夫妻と次女佳子さま。2023年2月23日午前、皇居
内閣の取り組みに異議を唱えた宮内庁長官発言

去る11月22日、宮内庁の西村泰彦長官は定例記者会見で、皇位継承問題をめぐりいささか思い切った発言をおこなった。

それは以下のような内容だ。

「現時点の皇室全体を見渡すと、安定的な皇位継承という観点からは課題がある。皇族数の減少は皇室活動との関連で課題がある」(共同通信、同日18時37分配信)

一見、とくに注目する必要もない当たり前の発言のように受け取れるかもしれない。あるいは、何をいおうとしているのか、すぐにはピンとこない人がいるかもしれない。

しかし、これは岸田文雄内閣の皇位継承問題への取り組み方に対して、真正面から異議を唱えたに等しい。

発言に隠されたメッセージ

まずタイミングに注目しよう。

この発言の直前の同月17日。自民党の総裁直属機関である「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」(麻生太郎会長)の初会合が開かれた。

そこでは、皇位継承の将来が不透明になっている現実や、皇室が直面している「安定的な皇位継承」という課題をひとまず横に置いて、“目先だけ”の「皇族数の確保策」を検討する方向性が示された。先に、政府から国会に検討を委ねられた有識者会議の報告書をベースに、議論を進めるという姿勢だ。

これは、この懇談会が岸田自民党総裁の直属機関と位置づけられ、さらに会の実務に当たる事務局長を岸田氏の側近中の側近とされる木原誠二・幹事長代理(今、別の問題で注目を集めている)が務めていることから、岸田政権が目指す方向性そのものと見ることができる。

しかし懇談会がベースにしようとしている報告書には、「安定的な皇位継承」という本筋かつ喫緊の課題は“先延ばし”することが書かれていた。さしあたり、「皇族数の確保」だけでお茶を濁すという内容だった。

これでは、「“安定的な皇位継承の確保”に関する懇談会」という名前に照らして、“看板に偽りあり”だ。

ここまで説明すると、西村長官の発言の意図は明らかだろう。この懇談会の方向性に疑問を投げかけたものだ。

「大切なのは、単なる数合わせのような皇族数の確保ではなく、将来に向けた安定的な皇位継承の確保だ」というメッセージにほかならない。

女性皇族をめぐる無理筋のプラン

これまで、内親王・女王は男性皇族と違い、ご結婚とともに皇族の身分を離れられるルールだった。それを改めて、ご結婚後も皇室にとどまっていただけるようにするというのが、有識者会議の1つの提案だ。これが制度化されれば、ひとまず目先だけ皇族数の減少を遅らせることはできる。

しかし、肝心の皇位継承のルールそのものが、側室制度によってかろうじて支えられてきた、旧時代的な「男系の男子」限定のまま。だから、ご結婚後も皇室にとどまられた女性皇族に皇位継承資格はなく、お子様がめでたくお生まれになっても同様だ。

そんなルールでは、女性皇族方がご結婚後もご不自由な皇族の身分にとどまられる意味が、まったくない。皇室を次の世代に受け継ぐために、何の貢献もなしえない。

先の提案では、女性皇族と結婚された配偶者とお子様は「国民」とされる。そのような制度だと、憲法第1章(天皇)が優先的に適用される「皇族」と同第3章(国民の権利及び義務)が全面的に適用される「国民」が“一つの世帯”を営むという、異常な事態を招く。わが国の社会の実情に照らして、どう見ても無理でムチャなプランというほかない。

長官発言の背後に見えるもの

現状では唯一の次世代の皇位継承資格者であられる秋篠宮家のご長男、悠仁親王殿下のご結婚相手はどうなるか。

昭和の皇室典範で歴史上初めて採用された“一夫一婦制のもとでの男系男子限定”ルールが維持されたままなら、「必ず男子を生まなければ皇室そのものを滅ぼす」という、とてつもない重圧を避けられない。そんな条件下では、これまで繰り返し指摘されているように、ご結婚自体のハードルが果てしなく高くなる。

今のルールのまま、失礼ながら万が一悠仁殿下が未婚のまま過ごされたり、ご結婚されても男子に恵まれられなければ、皇室はたちまち行き詰まる。

だから、「男系の男子」限定を維持したままの小手先の皇族数の確保策では、何ら問題の解決にはならない。本気で皇位継承の安定化を目指すならば、ルール自体の根本的な見直しが不可欠だ。

このようなインパクトの強いメッセージを、先の懇談会の初会合の直後のタイミングで、他でもない宮内庁長官自身が少し控えめな表現ながら、しっかりと打ち出した。そのように私は受け止めた。

改めて言うまでもなく、宮内庁は内閣府に置かれた内閣総理大臣の管理に属する一機関に過ぎない(宮内庁法第1条)。その責任者である長官が、「皇位継承」という国家にとって極めて重い意味を持つテーマについて、岸田政権が目指す方向性に公然と「待った」をかけるような発言をしたことになる。

問題の重大さに鑑みて、これを西村長官の独断による発言と考えるのは、無理がある。

その背後には、畏れ多いが天皇陛下をはじめ皇室の方々ご自身のお考えがあると拝察するのが、自然ではあるまいか。

二重橋
※写真はイメージです
記者の認識を真っ向から否定した上皇陛下の回答

振り返ってみると、平成17年(2005年)11月に皇位継承の安定化に向けた有識者会議報告書が提出された時、天皇誕生日に際しての記者会見で以下のような質問が出された。

「皇室典範に関する有識者会議が、『女性・女系天皇』容認の方針を打ち出しました。実現すれば皇室の伝統の一大転換となります。陛下は、これまで皇室の中で女性が果たしてきた役割を含め、皇室の伝統とその将来にはついてどのようにお考えになっているかお聞かせください」

この時、記者側は皇位継承資格の「男系の男子」限定という今や一夫一婦制の国では世界中にほとんど類例がないルールを変更することは、「皇室の伝統の一大転換(!)」という捉え方をしていた。しかし、これへの上皇陛下のお答えは次のような内容だった。

「私の皇室に対する考え方は、天皇及び皇族は、国民と苦楽を共にすることに努め、国民の幸せを願いつつ務めを果たしていくことが、皇室の在り方として望ましいことであり、またこの在り方が皇室の伝統ではないかと考えているということです。女性皇族の存在は、実質的な仕事に加え、公的な場においても私的な場においても、その場の空気に優しさと温かさを与え、人々の善意や勇気に働きかけるという、非常に良い要素を含んでいると感じています」

天皇というお立場でのご発言は一般の皇族方以上に強く制約され、しかも皇室典範の改正という現在の憲法では国会の専権事項とされているテーマに関わる言及なので、もちろんストレートな表現は避けておられる。しかし、このご発言は、男系男子限定ルールの見直しは「皇室の伝統の一大転換」という記者たちの認識を、真正面から否定したものだった。

皇室の伝統とは、狭い男系男子主義などではなく「国民と苦楽を共にすること」だ、と。

上皇陛下のお答えと記者たちの質問を対比すると、記者たちの感覚の“古さ”が浮かび上がる。

上皇陛下の「安定的な皇位継承」への願い

上皇陛下は平成28年(2016年)8月8日、ご譲位を望まれるお気持ちをにじませられたビデオメッセージを、このようなお言葉で締めくくっておられた。

「これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話いたしました」

これはまさに「安定的な皇位継承」への強い願いを吐露されたものにほかならないだろう。

国会もそのことに気づいていたはずだ。だからこそ、上皇陛下のご譲位を可能にした皇室典範特例法が成立した時に、附帯決議において政府に対し「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」について検討するように求めたのである(平成29年[2017年]6月)。これは先のビデオメッセージへの国民からの誠実なアンサーだったともいえる。

内閣の「先送り」は裏切りに近い

ところが、政府がこの附帯決議に応えるために設置したはずの有識者会議が提出した報告書は、およそ誠実さとはかけ離れていたように見える。先に述べた通り「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」への検討は先送りして、その点についてまったく“ゼロ回答”だった。

そのゼロ回答の報告書を、岸田内閣はそのまま昨年の1月に国会の検討に委ね、その後、国会は1年以上もそれを放置したまま時間だけが経過した。

この状態にやっと変化が見え始めたのは今年になってからだ。そして先頃、岸田氏の指示によって国会での議論を主導すべく、自民党内の意見集約のために会議体が新設された。しかしその会議体も、看板だけは「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」と名乗りながら、やはり先のゼロ回答の報告書をベースとしてやり過ごしそうとしている及び腰ぶりが透けて見える。

皇室の側から一連の流れをご覧になれば、ほとんど「裏切り」に近く見えてもおかしくないはずだ。

西村長官が先の懇談会初会合の直後というタイミングで、改めて「問題の焦点は皇族数確保ではなく安定的な皇位継承にある」と、釘を刺さざるを得なかった理由もよくわかる。

「憲法違反」の疑いは晴れていない

なお、自民党の懇談会がベースにしようとしている報告書には、皇族数確保のために旧宮家系国民男性が現在の皇族との養子縁組によって皇族の身分を取得できる制度を新しく設ける提案も含まれている。

しかし、この提案は現実味が乏しい。

まず、憲法学者で東京大学教授の宍戸常寿氏などから「憲法違反」の疑いが指摘されている。

憲法第14条(法の下の平等など)において、皇統譜に登録された天皇・皇族を除き、戸籍に登録された国民の間では家柄・血筋つまり「門地」による差別が禁止されている。だから、同じ国民の中から“旧宮家系”という家柄・血筋だけを根拠として、他の国民には認められない養子縁組(皇室典範第9条)を例外的に認める制度を作ろうという提案は、どこから見ても憲法違反以外の何ものでもないだろう。

去る11月15・17両日にわたり、衆院内閣委員会でこの点について立憲民主党の馬淵澄夫議員が、繰り返し内閣法制局の見解をただした。しかし、答弁に立った内閣法制局の木村陽一第1部長は、最後まで説得力のある説明をおこなうことができなかった。

政府が新しい立法を企てて違憲の疑いが指摘された場合、その合憲性を論証する責任があるのは当然ながら政府側で、具体的には内閣法制局だ。その内閣法制局が国会の場で、違憲の疑いに対してきちんと「反証」できなかった事実は重い。

現実味がない養子縁組プラン

また、昨日まで一般国民だった人が婚姻という強い心情的な結合も介さずに、それまで保障されていた自由や権利を大幅に制約される皇族になるという決断をすることは、普通の生活感覚を持っている場合、至難だろう。

すでに「それは、特攻隊に志願するほどの大きな覚悟と勇気を必要とする」(新田均氏)とか、「(それを望む人は)いるわけがありません。……私がベストと思っているのは……(本人にまだ判断能力がない)赤子のうちに(養子)縁組を行うことです」(竹田恒泰氏)などといった発言がある。これらの発言からも困難さが伝わる。

また、現在の皇室の中にそのような養子縁組を望む宮家が存在するかも、見通せない。対象になるとすれば常陸宮家、三笠宮家、高円宮家だろう。しかし、それぞれの宮家の方々のご年齢やご家族の構成などを考えると、スムーズに受け入れられるとも想像しにくい。

もし、さまざまな障害がクリアされて、養子縁組が成立しても、そうした形での皇族身分の取得に対し、違和感を抱く国民もいるのではないだろうか。

特別な立法によって養子になった人は、本人の意思に関わりなく、スムーズに結婚して「男子」を恵まれることが強く(!)期待されるだろう。にもかかわらずその期待に応えられなかった場合、人々がどのような受け止め方をするかも気がかりだ。

長官発言の重み

このようにみると、「皇族数確保策」とされる中身は、無理が多くリアリティーを欠き、皇室が抱える危機の打開につながらない。

やはり本筋の「安定的な皇位継承」を可能にするために皇位継承ルール自体の変更を目指す以外に解決策がないことが分かる。

このたびの西村宮内庁長官の訴えは、皇室の方々ご自身の願いを代弁したものとして、重く受け止める必要があるのではないだろうか。

高森 明勅(たかもり・あきのり)
神道学者、皇室研究者
1957年、岡山県生まれ。国学院大学文学部卒、同大学院博士課程単位取得。皇位継承儀礼の研究から出発し、日本史全体に関心を持ち現代の問題にも発言。『皇室典範に関する有識者会議』のヒアリングに応じる。拓殖大学客員教授などを歴任。現在、日本文化総合研究所代表。神道宗教学会理事。国学院大学講師。著書に『「女性天皇」の成立』『天皇「生前退位」の真実』『日本の10大天皇』『歴代天皇辞典』など。ホームページ「明快! 高森型録」

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