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「雑草は踏まれても踏まれても立ち上がる」はウソだった…雑草が教えてくれる人生でこの上なく大切なこと

  • 2023.12.12

雑草生態学を専門とする、静岡大学農学部教授の稲垣栄洋さんは「『雑草は踏まれても踏まれても立ち上がる』といわれるが、実際は踏まれたら立ち上がらない。踏まれながらタネを残す方にエネルギーを使う」という――。(第2回/全3回)

※本稿は、稲垣栄洋『雑草学研究室の踏まれたら立ち上がらない面々』(小学館)の一部を再編集したものです。

雨に濡れている四つ葉のクローバー
※写真はイメージです
四つ葉のクローバーを見つけるコツ

幸せのシンボルである四つ葉のクローバー(シロツメクサの葉っぱ)を見つけるにはコツがある。

じつは四つ葉のクローバーは踏まれやすいところに多い傾向にあるのだ。

四つ葉が生じる原因はいくつかあるが、そのうちのひとつは葉の基になる葉原基ようげんきと呼ばれる部分が傷つくことにある。踏まれると葉原基が傷ついて、三つ葉になるはずが四つ葉になってしまうのだ。

図鑑には、よくそう説明されている。

しかし、四つ葉のクローバーが踏まれやすいところに多いって、本当なんだろうか?

それが鳥海とりうみさんの研究テーマである。

鳥海さんは、心の病気で学校を休んでいた学生である。

そんな鳥海さんが、私の研究室に見学にやってきた。どうやら、私の研究室への分属を考えているらしい。

私の研究室は広々とした農場にあるから、学生と話をするときに、あえて部屋の中で行う必要はない。学生と肩を並べながら、のんびり農場の中を歩いた方が、面と向かって話すよりも話しやすい。おそらく学生も同じだろう。

幸せに巡り合う名人

ひととおり、研究室の説明をした後、畑の土手に座って休んでいると、鳥海さんが何かを見つけたようだ。

「四つ葉のクローバーがあります」
「えっ、どこどこ?」
「ほら、あそこにあります」

鳥海さんの指さすところを見ても、全然わからない。

「えっ、見つからないけど、どこにある?」

そうこうしているうちに、鳥海さんが言った。

「あっ、あそこにもあります」
「えっ、どこにある?」
「あそこにもありました」

私がまごまごしているうちに、鳥海さんは、いくつも四つ葉のクローバーを見つけていった。

「鳥海さんは、幸せを見つけるのが得意だねぇ」

四つ葉のクローバーは、幸せのシンボルとして知られている。

聞けば鳥海さんは、四つ葉のクローバーを見つけるのが得意らしい。

何でも、たくさんある三つ葉の中で、四つ葉が光って見えるらしい。

どうにも信じがたいが、事実、その後も鳥海さんは歩きながら次々と四つ葉のクローバーを見つけていった。幸せに巡り合う名人というのは、本当にいるものなのだ。

雑草は踏まれたら立ち上がらない

鳥海さんが、どうして学校に来ない時期があったのか、そんなことは私には関係はない。ただ、私はいつも雑草の生き方に励まされる。そして、雑草の生き方を参考にしている。

だから、雑草の生き方を見ることは、きっと鳥海さんの力になるのではないかと何となく思った。

話を聞けば、鳥海さんはとても頑張り屋だ。

十分に頑張っているのに、「もっと頑張らなきゃいけないのに……」と思っている。そして、思うように頑張れない自分が嫌いになってしまうのだ。

私は言った。

「雑草ってさぁ、頑張っているように見えるよね」
「はい」
「でも本当は、頑張ってなんかいないよ」
「えっ?」

鳥海さんが驚いた顔で私を見た。

「雑草は踏まれても踏まれても立ち上がるって、言うでしょ」
「はい」
「でも、見てごらん、踏まれている雑草は立ち上がっていないでしょ」

私は畑の道に生えている雑草を指さした。

「踏まれている雑草は踏まれても大丈夫なように、立ち上がらずに寝そべっている。別に立ち上がらなくたっていいんだよ」
「雑草魂って言うわりには、何だか情けないですね」

鳥海さんが笑っている。

「雑草にとって大切なことは何だと思う」
「タネを残すことですか?」
「そうだよね。そうだとしたら、踏まれても踏まれても立ち上がるって、ムダなエネルギーを使っていると思わない」
「確かにそうですね」
「だから雑草は踏まれたら立ち上がらない。そして、踏まれながらタネを残す方にエネルギーを使うんだ」

置かれた場所で芽を出さなくてもいい

「そう考えると立ち上がらないってすごいですね」
「大切なことを見失わない、それが本当の雑草魂なんだ」
「……」

鳥海さんは黙っている。

「授業でやったよね。雑草のタネは環境が合わなければ芽を出さないって。無理して頑張らないのが雑草の生き方なんだよ」
「私、『置かれた場所で咲きなさい』という言葉が好きだったんです。与えられたところで頑張ることが大事だと思っていたんです。でもその言葉がずっと重荷だったんです。本当は、置かれた場所で芽を出さなくてもいいんですね」

渡辺和子さんの「置かれた場所で咲きなさい」は、私も大好きな言葉だ。しかし、受け手の心の状態によっては、この言葉に苦しむ人もいるのだ。言葉というのは、本当に難しい。

それにしても鳥海さんの「置かれた場所で芽を出さない」もすてきな言葉だ。

「そうだね、水辺の雑草が水のないところで頑張っても意味がないからね。水が溜まるのを待つのが正解だよね」

舗装のすき間から生えている草
※写真はイメージです
初夏は茶畑、冬はミカン畑で四つ葉が増える

「雑草は頑張らない」

それが、鳥海さんが気づいたことだ。

稲垣栄洋『雑草学研究室の踏まれたら立ち上がらない面々』(小学館)
稲垣栄洋『雑草学研究室の踏まれたら立ち上がらない面々』(小学館)

鳥海さんは四つ葉のクローバーを探すのが得意である。

その特技を活かして、広い農場のどこに四つ葉のクローバーが多いのか、くまなく調査をした。

その結果、どうだろう。じつに興味深いデータを得ることができた。

初夏には茶畑の周辺で四つ葉が多くなり、冬になるとミカン畑で四つ葉が多くなることが明らかとなったのだ。

どうして、そんなことが起こったのだろう。

おそらくは、こうだ。

茶畑では4月の終わりから5月にかけて茶の収穫をする。そのため、たくさんの人が茶畑に入ったり、軽トラや機械が農道を通る。こうして踏まれることによって、その後の初夏に四つ葉が多くなるのだ。

ミカン畑も同じである。温州ミカンの収穫時期は冬である。そのため、冬の初めになると人がミカン畑に頻繁に入り、軽トラや運搬車も行き来する。こうして踏まれることで四つ葉が増えるのだ。

ミカン畑では、その後、四つ葉は減少するが、春先に剪定せんてい作業が行われると、四つ葉が増加した。また、カキ畑でも剪定作業の後に四つ葉が増加した。

あまりにも鮮やかに、作業で踏みつけた後に四つ葉のクローバーが増加する傾向が得られた。「幸せの四つ葉のクローバーは踏まれて育つ」は本当だったのだ。

さらに鳥海さんは、温室の中で育てたシロツメクサに10キログラムの漬物石を乗せて踏み続けて、踏みつけることで四つ葉のクローバーの発生率が高まることを実験的にも証明した。

稲垣 栄洋(いながき・ひでひろ)
静岡大学大学院教授
1968年静岡市生まれ。岡山大学大学院農学研究科修了。農学博士。専攻は雑草生態学。農林水産省、静岡県農林技術研究所等を経て、静岡大学大学院教授。農業研究に携わる傍ら、雑草や昆虫など身近な生き物に関する著述や講演を行っている。著書に、『植物はなぜ動かないのか』『雑草はなぜそこに生えているのか『イネという不思議な植物』『はずれ者が進化をつくる』(ちくまプリマー新書)、『身近な雑草の愉快な生きかた』『身近な野菜のなるほど観察録』『身近な虫たちの華麗な生きかた』『身近な野の草 日本のこころ』『身近な生きものの子育て奮闘記』(ちくま文庫)、『たたかう植物 仁義なき生存戦略』(ちくま新書)など。

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