1. トップ
  2. エンタメ
  3. 「推し」続けて50年。中森明夫さんに聞く、人がアイドルを推したくなるワケ【好きってなんなん?】

「推し」続けて50年。中森明夫さんに聞く、人がアイドルを推したくなるワケ【好きってなんなん?】

  • 2023.12.9

「推す」という言葉が生まれるよりもずっと前から、アイドルを推し続けてきた人がいる。アイドル評論家で、「おたく」の名づけ親としても知られる中森明夫さんだ。

2023年11月17日に発売された最新著書『推す力 人生をかけたアイドル論』(集英社)では、50年以上にわたってアイドルを追ってきた中で、心に刻まれた「推し」たちの魅力を語っている。

さまざまな人の「好き」の思いを深掘りする連載「好きってなんなん?」第2回では、「好き」のプロである中森さんに、ファンにとってのアイドルや「推す」とはどういうものなのかをうかがった。

人生の「推し」3人は?

これまで出会ってきたアイドルの中で、特別な推しを3人だけ選ぶとしたら。中森さんが挙げたのは、11歳で初めて好きになったアイドル・南沙織さん、ライターとして活躍し始めた頃に交流が多かった小泉今日子さん、そして俳優ののんさんだ。3人の共通点は、「かわいらしいだけではなく、強い人」。

「南さんがデビューした1971年は、沖縄がまだ返還されていない時代です。たぶんパスポートを使って東京に来ていたと思いますよ。しかも、当時16歳。とても大変だっただろうし、そこには強い意志があったんじゃないでしょうか」

小泉さんも、アイドル時代は自らショートヘアにするなど果敢に自己表現し、最近では政治的発言にも積極的だ。のんさんは本名を芸名として使えなくなり、仕事も制限されてしまう中で、負けずに独立して新境地を開拓している。そんな、意志を持って戦う姿に惹かれるのだという。

「デビューする時はまだ何も知らないから大人に言われるままにやるしかないんだけど、しばらくしたらどんどん自分の意見が出てくる。そこからだと思うんですよね、アイドルは。『変わる瞬間』に、僕はグッとくるんですよ」

アイドルは「変わる」存在。その思いのルーツは、南さんデビューと同じ1971年に始まったオーディション番組「スター誕生!」だ。70年代には森昌子さん、桜田淳子さん、山口百恵さんの"花の中三トリオ"やピンク・レディー、80年代には小泉さんや中森明菜さんなど、名だたるアイドルを輩出した。

「"中三トリオ"は僕より少し年上で、ほぼ同級生みたいな感じでした。クラスにいるような普通の女の子たちがテレビに出て、スターになっていったんですね。その変化をずっと見ていて、11歳の僕は『これがアイドルなんだ』と思ったんです。最初から完成されているのではなく、ファンの応援と一緒に変わっていく存在なのだと」

後輩の「推し方」にショック

ファンと一緒に。これは、推すことそのものにもかかわるキーワードだ。『推す力』の中で中森さんは、「好き」とはアイドルとファンが向かい合っている状態、「推す」とはアイドルとファンが同じ方向に向かっている状態ではないかと分析している。

たとえば同じ秋元康さんの作詞でも、80年代のおニャン子クラブの代表曲は女性視点なのに対して、推し文化を広めたAKB48の多くの楽曲は一人称が「僕」。アイドルの視点がファンの視点と一体化して、同じ方向へ向かっている。総選挙でアイドルとファンが一緒に頑張るという構図も、まさにそれだ。

「推す」というファンのあり方が広く浸透したのは、2010年以降のこと。しかし中森さんは自身を振り返って、「80年代からずっと『推す』ということをしてきた」と語る。

「10代の頃は煩悩だらけで、『もしこんな彼女がいたら......』なんて思ってアイドルを見ていました。つまり、『推す』ではなく『好き』でした。

ところが20代になってアイドルライターになると、『好きです!』だけ書いていちゃダメじゃないですか。『この人はこんな魅力があるんですよ』と読者に伝える仕事ですから。そうやって、僕はライターとして、アイドルの背中を押して送り出す側に入っていきました。

最近になって、これが『推す』ということだったんだな、僕は人生でずっと『推す』ことをしてきたんだなと気がつきました。それが『推す力』を書くきっかけでしたね」

「推す」ことの先駆者であった一方で、若い世代のアイドルファンとはギャップを感じるそう。2010年頃にはこんなカルチャーショックが。

「当時、30代くらいの論客が何人か出てきました。彼らは社会学や政治に絡めて、僕よりもクールにアイドルを批評していたんです。でもライブに行ったら、さっきまでクールに議論していた人たちが『ハイハイハイハイ!』って大声出してオタ芸するんですよ(笑)。10代ならまだしも、昔の大人はやらなかったでしょう。時代が変わったんだなと思いましたね」

令和の推し活はさらに形を変え、よりメジャーでカジュアルになっている。今の推し活ブームを、中森さんはどう見ているのだろうか。

「こんなにブームになっているのは不思議だなと思いますよ。でも、必要なんでしょうね、今の時代のこの国に。

なけなしのお金をはたいて推しに会いに行く、推しのために何かをするというのは、自分だけではいられないということなんじゃないかと思います。アイドルって、赤の他人じゃないですか。でもその他人の幸福を願うことで、満たされるものがあるんだろうと思いますよ」

太古の昔にアイドルがいた?

「子どもの頃見ていたものが、こんなに長く続くジャンルになるとは思わなかった」と言う中森さん。アイドルがこんなにも人を惹きつけ、必要とされ続けるのはなぜなのだろうか。

「アイドルは神や宗教の代わりなんだともよく言われますが、僕の説は少し違います。キリスト教や仏教といった宗教が生まれるよりもずっと前から、実はアイドルはいたんじゃないかと思うんですよ」

中森さんの説は人類誕生にまでさかのぼる。参照するのは、ヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』(河出書房新社)。この本によると、力の弱い人類が地球全体に広がれた理由は「虚構を信じたから」だという。村、掟、貨幣といった「虚構」を通してつながり合うことで、協力して生息域を広げることができた。中森さんはハラリの説をもとに、こう説明する。

「虚構の力で人類があちこちに移動した後、定住して農業が始まりました。人口が爆発的に増えて寿命ものびた一方で、農業はものすごく手間がかかるし、必ずうまくいくとも限りません。不作の年には耐えがたい飢えがあったでしょう。

うまくいかない時に、人にできるのは祈ることだけです。これも虚構を信じることですよね。歌って踊れば、祈りが届くと信じる。そうやって、最初に歌った人、最初に踊った人がきっといたはずです。それが人類初のアイドルだったんじゃないか......と僕は考えています」

芸能は、政治や学問や宗教よりもはるかに古いもの。人類のDNAに刻まれている歌いたい・踊りたいという欲求を、人は祭りやライブで解放してきた。

「学校に行ったり仕事したりといった近代的な営みだけでは、人は生きていけないですよ」

学校では教えてくれない、「推す力」

最後に、中森さんの思う「アイドル」とは何なのかを聞いてみた。

「シャレになっちゃうけど、アイドルの中には愛(アイ)がある。アイドルは愛で成り立っているものなんじゃないでしょうか」

愛も虚構の一つだ。動物には愛がなく本能で繁殖するが、人は愛で結びついて子どもを産む。「愛は人類の偉大な発明の一つだと思いますよ」......では、その愛とは一体?

「昔、『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』という番組で、イカおやじっていう一般のおじさんが出ていたんです。若者が恋愛について討論する企画だったんですけど、後ろで黙ってイカ食ってたおじさんが、急にこう聞いたんですよ。『愛って何かわかるか?』。若者が『わかりますよ。好きってことでしょ?』って答えると、イカおやじはこう言うんです。『違うよ。好きな人を信じるってことだ』と」

スタジオはしんと静まり返り、翌週からイカおやじは番組に呼ばれなくなってしまった......という切ない後日談つきだが、これは核心をとらえた言葉なのではないかと中森さんは言う。

「愛とは信じること。僕もその通りだと思います。キリスト教の結婚式でも、2人の合意だけではなくて、神に誓いますよね。

人は何かを信じないでは生きられません。でも、誤った信じ方をすると大変なことになります。今もガザで、宗教が絡んだ戦争が起こっていますね。だから、信じることは決して綺麗なだけの話ではないんですが。

僕は、アイドルを推すことは『信じることの練習』だと思っています。アイドルという虚構を信じて、一生懸命応援したり、時には裏切られたと思って傷ついたりすることもあるでしょう。そうやって、学校では教えてくれないことを、感情を通じて教えてくれます。その先の人生で信じることを誤らないために、とても大事な経験だと思いますよ」

「推す力」とは、信じる力。推しをもつ全ての人の背中を、力強く押してくれる言葉だ。

■中森明夫さんプロフィール
なかもり・あきお/作家、アイドル評論家。三重県生まれ。さまざまなメディアに執筆、出演。「おたく」という語の生みの親。『アイドルにっぽん』『東京トンガリキッズ』『午前32時の能年玲奈』『寂しさの力』『アイドルになりたい!』『青い秋』『TRY48』など著書多数。小説『アナーキー・イン・ザ・JP』が三島由紀夫賞候補となる。

元記事で読む
の記事をもっとみる