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「日本では管理職に昇進しても幸福度は上昇せず、健康状態は悪化する」残酷すぎる幸せとお金の経済学

  • 2023.12.8
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なぜ管理職になりたくない人が多いのか。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「日本のデータを分析すると、昇進で給料はアップするが幸福度は上がらず、健康状態が悪化する結果となった。大変なだけで割に合わないというのが実態ではないか」という――。

※本稿は、佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

オフィスのチェアーに座ったまま思い切り背伸びをしている女性
※写真はイメージです
仕事と幸せの関係

みなさんは『宇宙兄弟』というマンガをご存じでしょうか。

小山宙哉先生の作品で、主人公の南波六太が上司に頭突きをしてしまい、会社を退職したあと、宇宙飛行士を目指すという物語です。この作品は一介のサラリーマンだった男性が宇宙飛行士になるまでのサクセスストーリーを描いており、マンガだけでなくアニメや実写映画にもなった大ヒット作なので知っている人も多いでしょう。

この作品の中で、主人公の南波六太にとって宇宙飛行士は「ドリームジョブ=夢の仕事」であり、苦労は多々あれど、宇宙飛行士として働くことが幸せにつながっていると考えられます。彼の例は、仕事をとおして自己実現や社会的名声を得ており、まさに「仕事=幸せ」という関係が見られるケースでしょう。

しかし、彼のような例は稀なのではないでしょうか。

現実世界を見ると、「仕事=幸せ」という関係があるか怪しいところです。というのも仕事は大変なことばかりです。長い労働時間、十分ではない賃金、求められる高い成果、上司をはじめとした職場の人間関係、セクハラやパワハラのリスクなどなど、ネガティブな要素にこと欠きません。お金のためと割り切って働き続けている人も少なくないのではないでしょうか。

管理職になりたくない人が多数派

このように実際の仕事には大変な面が多いわけですが、そんな中でも多くの人がうれしいイベントとして認識しているものがあります。

それは昇進です。職場内での昇進は昇給をともなうだけでなく、権限も拡大します。また、さらなる出世への足がかりになるため、雇用されて働く多くの人が管理職への昇進を目標の一つにしていると考えられます。

しかし、近年の調査では逆の結果が出ています。管理職になりたくない人が増えているのです。

厚生労働省の「平成30年版 労働経済の分析」によれば、非管理職の61.1%が「管理職に昇進したいと思わない」と回答しています(*1)。昇進を望まない理由として、「責任が重くなる」「業務量が増え、長時間労働になる」などが挙げられています。

この結果から、「管理職に昇進しても苦労するだけで、幸せになれない」と考えている人が増えている可能性が考えられます。はたして実態はどうなのでしょうか。

本稿では働くといった中でも、管理職への昇進に注目し、幸福度との関係を見ていきたいと思います。

「職階が低い人ほど不健康」は本当か

まず、海外の研究例から見ていきましょう。管理職で働くことの影響を分析した代表的な研究にブリティッシュ・ホワイトホール・スタディがあります。この研究ではイギリスのロンドンの公務員を対象に、健康に影響を及ぼす要因を幅広く検証しました。ちなみに、ホワイトホールとはロンドンの中央官庁、ダウニング街、英議会議事堂ウェストミンスター宮殿などをとおる道路を指しており、日本でいうところの霞が関といった感じです。

この研究は1万人以上を継続して追跡調査しており、その豊富なサンプルを活用した分析結果はその後の研究に大きな影響を及ぼしました。研究結果の中でも健康と仕事の関係を見ると、興味深い分析結果が得られています。

低い職階で働く人ほど心疾患のリスクが高く、死亡率の上昇やメンタルヘルスの悪化につながることがわかったのです(*2)。

この結果は「低い職階=低い健康度」を示しているわけですが、言い換えれば、「高い職階=高い健康度」という関係があることを意味します。背景にあるロジックはこうです。

高い職階だとお金もあり、健康に気を遣うことができます(例:お昼はジャンクフードじゃなく、少し高くてもいいから栄養価の高い食べ物にしよう)。また、高い職階だと職場内の権限も大きく、仕事の進め方もコントロールしやすくなります。これらが総じて健康にプラスに影響するというわけです。

「高い職階=高い健康度」という結果は、シンプルでわかりやすく、多くの人を納得させるものでした。しかし、ブリティッシュ・ホワイトホール・スタディの研究には懸念が一つありました。

それは調査対象の範囲です。

健康診断シート
※写真はイメージです
真逆の結果を示す研究

ロンドンの公務員が調査対象者であったわけですが、民間企業の労働者が抜け落ちていますし、地域もロンドンという都会のみで、その他地域の状況がわかりません。日本にたとえれば、霞が関の官僚のみを分析対象としているものであり、そのほか多くの民間企業で働く人々がスポッと抜け落ちている状況でした。さすがにこれでは対象範囲が狭いかなと思わざるをえません。

そこで、この課題を認識した研究者が一国全体の民間企業も調査対象に含めたデータを用い、管理職で働くことの影響を検証しようと考えました。そして、実際にいくつかの研究が発表されました。

これらの研究結果は非常に興味深いものでした。なぜなら、ブリティッシュ・ホワイトホール・スタディとは真逆の結果だったからです。

昇進の3年後にメンタルヘルスが悪化

スターリング大学のクリストファー・ボイス博士らのイギリス全土の民間企業の就業者も含んだデータを用いた分析の結果、次の2点が明らかになりました(*3)。

1点目は、「もともと健康状態がいい人ほど管理職に昇進」していました。管理職への昇進が健康を改善する傾向は十分に確認できませんでした。

2点目は、「管理職に昇進した3年後にメンタルヘルスが悪化」していたのです。

ボイス博士らの研究結果をまとめると、健康状態がいい人ほど昇進するが、昇進後にメンタルヘルスは悪化すると言えるでしょう。メンタルヘルスが悪化するということは、健康状態が良好ではないでしょうし、幸福度も少なくとも向上していないと考えられます。

メモを取りながら問診を進める医師
※写真はイメージです
健康な人ほど昇進するがメンタルを病む

この結果は、ブリティッシュ・ホワイトホール・スタディと真逆だと言えるでしょう。

ちなみに、イギリス以外のデータを用いた研究でも、昇進のプラスの影響を確認できませんでした。たとえば、オーストラリアのデータを用いたモナシュ大学のデビッド・ジョンストン教授らの研究では、昇進によって生活全般の満足度が影響を受けていないことを明らかにしています(*4)。

これ以外にも、スイスのデータを用いた研究で、昇進によって抑うつ症状と自己診断による健康度が悪化したことを示す結果もあります(*5)。

以上の分析結果から明らかなとおり、民間企業も含めたデータを使って分析すると、管理職への昇進は健康、とくにメンタルヘルスの悪化を引き起こすと考えられます。これらの結果は、管理職で働くことの負担が大きいことを示しており、ショッキングです。

さて、ここで気になってくるのが日本の結果です。はたして日本では昇進と健康・幸福度の関係はどうなっているのでしょうか。

管理職に昇進しても幸福度は上がらない

日本については私が行なった分析から、次の三つの結果が得られています(*6)。使用したのは、慶應義塾大学が実施している『日本家計パネル調査』というデータです。このデータの2011~2020年までの男性約1万4000人、女性約1万3000人を分析対象とし、管理職への昇進と幸福度や健康の関係を分析しました。なお、分析対象の年齢は、退職前の59歳以下です。

まず一つ目の結果は、「管理職に昇進しても幸福度は上昇しない」というものです。この結果は男女両方に共通しており、昇進1年前から昇進3年後時点まで幸福度の増加傾向は確認できませんでした。残念ながら「管理職に昇進することが幸せにつながる」という明確なエビデンスはなかったのです。

二つ目の結果は、男女とも管理職で働くことで年収が増加したのですが、所得に対する満足度は上昇していないというものでした。年収は増えたけど、満足していない。これは、管理職で働くことの金銭的な報酬が十分ではない可能性を示しています。

また、管理職で働く女性のみの場合で、余暇時間満足度と仕事満足度が低下していました。女性の場合、管理職への昇進後、余暇時間の質や量が低下したり、仕事の負担が重くなって「しんどい」と感じることが多くなったと考えられます。背景には、女性が管理職として働く環境が十分に整備されていないか、家庭との両立が難しいといった点が影響していると予想されます。

男女ともに昇進の数年後に健康度が悪化

三つ目の結果は、女性では管理職に昇進した2年後、男性では管理職に昇進した1~3年後に自己評価による健康度が悪化したというものでした(図表1)。図表1は1~5の5段階で評価した健康度が管理職への昇進後にどう変化したのかを示しています。この図では0より小さい値だと健康度が悪化したことを意味するのですが、男女とも昇進してから健康度が悪化しています。

【図表】昇進前後の自己評価による健康度の変化
※『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)より

昇進直後だと環境の変化もあって疲れ気味になり、健康度が悪化するのはわかるのですが、それが数年間にわたるということは、そもそも管理職が忙しく、健康を代償にしないと続けられない職務内容だと考えられます。これでは管理職になりたくない人が増えるのも納得できます。

以上の結果をまとめると、「日本では管理職に昇進しても幸福度は上昇しないし、健康状態は悪化する」と言えます。

なぜ昇進しても幸せになれないのか

なぜ管理職に昇進しても幸福度は上昇しないのでしょうか。この理由として、仕事から得られる報酬と負担が相殺そうさいし合っている可能性が考えられます。

佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)
佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)

管理職へ昇進すれば確かに年収は上がりますし、対外的な地位も向上します。地位が高くなることによって達成感を得ることができるでしょう。また、家族がいれば昇進の喜びを分かち合うこともできます。

しかし、同時に業務量や労働時間、責任が増え、苦しくなっているのではないでしょうか。

自分の仕事に加え、部下のマネジメント業務も加わり、やることは増えていきます。また、近年ではセクハラ、パワハラにならないよう注意も必要となるため、神経をすり減らすことも増えているでしょう。

さらに、働き方改革関連法の施行によって時間外労働の上限規制が強化され、残業がしにくくなっている中、終わらなかった仕事を管理職が引き受けている可能性があります。これも管理職の負担を増大させる一因となっていると考えられます。

管理職になりたくなくて当然

このように、管理職になることのプラスの効果とマイナスの効果が相殺し合い、幸福度が上昇していないと考えられるのです。このような状況が続けば、男女問わず管理職になりたいと考える人が減ってしまっても不思議ではありません。

これらの課題に対処するためにも、管理職の労働環境の改善が重要になってきます。

まず、簡単ではないでしょうが、業務量や労働時間の軽減を検討する必要があります。これに加えて、金銭的な報酬も増加させる必要があるでしょう。「なんとか管理職に昇進したのに、大変なだけで割に合わない」。このような実感を持たれないためにも、管理職の待遇改善が求められます。

(*1)厚生労働省(2018)『平成30年版 労働経済の分析』第2-(3)-27図 役職に就いていない職員等における管理職への昇進希望等について.
(*2)①Marmot, M. G., Bosma, H., Hemingway, H., Brunner, E., & Stansfeld, S.(1997). Contribution of job control and other risk factors to social variations in coronary heart disease incidence. Lancet, 350(9073),235–39.
②Stansfeld, S. A., Fuhrer, R., Shipley, M. J., & Marmot, M. G.(1999). Work characteristics predict psychiatric disorder: Prospective results from the Whitehall II study. Occupational and Environmental Medicine, 56(5), 302–7.
③Ferrie, J. E., Shipley, M. J., Stansfeld, S. A., & Marmot, M. G.(2002). Effects of chronic job insecurity and change in job security on self reported health, minor psychiatric morbidity, physiological measures, and health related behaviours in British civil servants: the Whitehall II study. Journal of Epidemiology and Community Health, 56(6), 450–54.
(*3)B oyce, C. J., & Oswald, A. J.( 2012). Do people become healthier after being promoted? Health Economics, 21(5), 580–96.
(*4)Johnston, D. W., & Lee, W.-S. (2013). Extra status and extra stress: are promotions good for us? Industrial and Labor Relations Review, 66(1), 32-54.
(*5)Nyberg, A., Peristera, P., Westerlund, H., Johansson, G., & Hanson, L. L. M.(2017). Does job promotion affect men's and women's health differently? Dynamic panel models with fixed effects. International Journal of Epidemiology,46(4), 1137-1146.
(*6)佐藤一磨(2022)「管理職での就業は主観的厚生と健康にどのような影響を及ぼしたのか」, PDRC Discussion Paper Series, DP2022-002.

佐藤 一磨(さとう・かずま)
拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。

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