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誰でもできると証明したい。『鬱の本』点滅社・屋良朝哉さんに聞く「素人の本作り」

  • 2023.12.3

「本が読めない時に読む本」というキャッチフレーズで、今話題となっている『鬱の本』(点滅社)。小説家、詩人、歌人、ミュージシャンなど多種多様な84人が、鬱の時に読んだ本や憂鬱になると思い出す本など、自分にとっての「鬱の本」を紹介した一冊だ。

本書を刊行した点滅社は、2022年設立の"ふたり出版社"。経営する屋良朝哉(やら・あさや)さんと小室ユウヤさんは、会社を立ち上げるまで、本の編集に携わったことが全くなかった。なぜ出版の道を選んだのか、どのような挑戦をしているのか。代表の屋良さんにお話をうかがった。

本棚に置いておくだけでも助けになる

目次を見ていて特に驚いたのが、谷川俊太郎さんの名前だ。「いのちの気配」という短い文章を寄せている。

「僕もびっくりしました。ダメ元で依頼したので、まさかOKしてくださるとは」

執筆者には、毎年発行される『文藝年鑑』(新潮社)などを手がかりに、メールやX(旧Twitter)のダイレクトメッセージを通じて依頼したという。"鬱"と親和性のある表現や発信をしている人を中心にプロアマの区別なく選んだため、著名な人の文章も創作活動を始めたばかりの人の文章も平等に、五十音順に並んでいる。

屋良さんの憧れの人たちも寄稿してくれた。その一人が大槻ケンヂさんだ。屋良さんはもともとロックが大好きで、点滅社という社名も、大槻さんのバンド・筋肉少女帯の「サーチライト」の歌詞から思いついたそう。「絶対にお願いしたいと思っていたので、よかったです。感動しました」と顔をほころばせる。

大好きな小説は町田康さんの『告白』(中央公論新社)。町田さんも快く寄稿してくれた。

「『大好きです』と、ラブレターのようなメールを送ってお願いしました。どのメールも、ほとんどラブレターみたいになりました」

84人のうちの多くが、鬱に悩まされた時のエピソードと、その時に救ってくれた本について書いている。たとえば『夫のちんぽが入らない』の著者のこだまさんは、仕事でいっぱいいっぱいになっていた自分を振り返り、「できないままでいい」と思わせてくれた「レンタルなんもしない人」さんの依頼まとめ本を紹介。歌人の東直子さんは、憂鬱な育児のあいまに短歌を作り始めた頃、特に心惹かれた大西民子さんと永井陽子さんの短歌を挙げている。

町田康さんの『くっすん大黒』(文藝春秋)、滝本竜彦さんの『NHKにようこそ!』(KADOKAWA)など、本書に寄稿している人の著書が別の執筆者に紹介されていることも。書く側と読む側の境目が消え、鬱を抱えた人同士がつながっていくようで、心温まる。

また本書の大きな特徴の一つが、どの文章も1000字程度と短く、見開きに1人分がおさまっている点だ。

「鬱の時は長い文章が読めなくなるので、1000字くらいならあまり疲れないかなと。どこから開いても頭に入ってきやすい構成を目指しました。

本当に鬱の時は、この本も読めないと思います。だから鬱の人を本当に助けることはできないんですけど、ちょっとだけ元気な日、今日はちょっと読めるかなという日に手に取ってくれたらうれしいです。手に取らなくても、本棚に置いておけば『84人同じ気持ちの人がいる』と思えて、それだけでも助かることがあると思います」

あの頃の自分のような人のために

本書には屋良さんの文章も収録されている。その中でも明かしているが、屋良さん自身も、今も鬱を抱えている当事者だ。精神科に5年間近く通い、処方薬を飲み続けている。

希死念慮を持つようになったのは17歳の頃。「みんなそんなものだ」と思ってやり過ごしていたが、25歳の時、仲間と開いたボードゲームカフェで失敗し、心が限界を迎えた。当時は駅のホームにいると体が勝手に飛び降りようとしてしまい、柱につかまって耐えるというほどの状態だった。29歳になった現在はかなり回復しているものの、自傷癖やオーバードーズ(薬の過剰摂取)と付き合いながら生きている。

「一番大変だった時は、長い間本が読めませんでした。でも、読めた本に救われることもたくさんありました。その体験から、『鬱の時に読める本ってどんなのだろう』と、点滅社をつくった時から考えていました」

『鬱の本』のインスピレーションのもととなったのは、"ひとり出版社"の先駆けである夏葉社の『冬の本』。参加者84人、1000字程度のエッセイを見開きに1人分ずつという構成はそっくりそのまま踏襲した。

「『冬の本』は、僕が鬱の時にも読んでいました。ぱらぱらめくって、今日はこれを読もうかな、前も読んだけどもう一回読もうかな、とか。集中力がなくなっているのですぐ閉じちゃうんですけど。すごい本だなと思っていて、『この構成ならいけるんじゃないか』とひらめきました」

出版社を立ち上げようと思ったきっかけも夏葉社だった。19歳の時に、夏葉社の島田潤一郎さんの著書『あしたから出版社』(晶文社)に出合い、「出版ってひとりでもできるんだ」という驚きと「こんなふうになりたい」という憧れが生まれた。そんな心の師である島田さんも、『鬱の本』に文章を寄せてくれている。

パンクのように本を作る

点滅社は、はじめは"ひとり出版社"にするつもりだったが、以前から友人だった小室さんの人柄と審美眼に必要性を感じ、"ふたり出版社"に。2人とも音楽や映画など、サブカルチャー全般が大好きだという。出版だけにとどまらず、いずれは映画を復刻したり、音楽レーベルを立ち上げたりしてみたいと屋良さんは夢を語る。

一方で、メインには出版を据え続けたいという思いが。「それは、なんでなんだろうな......」とじっくり考えて、理由を教えてくれた。

「『素人でもできる』という証明がしたいのかもしれません。本は特に、『大手出版社に入らないと作れない』というイメージがなんとなくあるなと思っていて。それを壊したいです。

ラモーンズという僕の大好きなパンクバンドがあるんですけど、どの曲も簡単なコードだけでできていて、安いギターを買ってくれば誰でも簡単にコピーできるんです。しかも、めちゃくちゃかっこいい。『パンクは誰でもできるんだ』という感動をもらいました。同じことを、別のジャンルでもできるんじゃないかという思いがあります。

最近はZINE(個人制作マガジン)や同人誌が盛り上がっていますが、商業出版もやろうと思えば誰でもできるんだというところを見せたいです。もっといろんな人がいろんな本をどんどん作ったら、出版業界全体が面白くなるんじゃないでしょうか」

『鬱の本』しかり、アマチュアとプロが混ざっているものが好きだという。点滅社3冊目の本『漫画選集 ザジ Vol.1』は、マンガ雑誌「ガロ」や「アックス」のような本を目指して作った。大橋裕之さんや杉作J太郎さん、能町みね子さんといった著名人から、マンガに初挑戦するイラストレーターの作品まで収録。過激な作品も多く、賛否両論を呼んだそう。まさに"素人"だからこそできる挑戦だ。

強い思いを持ちつつも、会社は赤字。「『素人でもできる』とまだ完全には証明できていない」と悔しさをにじませる。会社設立から1年半が経つが、「毎日壁にぶつかっています。修羅の道だなと思いますね」と語る。それでも本を作り続けるのはなぜなのだろうか。

「やめたら死ぬからです。1冊目を出せなかったら死のうと思っていたので。今回も、これが売れなかったら会社をたたもうと思っていたんですが、ありがたいことにご好評いただいていて、もう少し続けられそうです」

文字通り、本を作ることで生きつないでいる屋良さん。最後に、今後の点滅社をどうしていきたいかをうかがった。

「10冊は絶対に出したいです。ISBN(書籍識別番号)を1冊・10冊・100冊のセットで取得できて、点滅社は10冊分取っているので、これを全部使い切るまでは何が起きても頑張ろうと思っています。10冊分の作りたい本の計画も立てています。11冊目以降のことは......何も考えていません(笑)」

『鬱の本』がブレイクスルーのきっかけとなり、11冊目以降も、点滅社が明かりを灯し続けてくれたら。そう願わずにはいられない。

■屋良朝哉さんプロフィール
やら・あさや/1994年沖縄県生まれ。2022年にふたり出版社「点滅社」を立ち上げ。

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