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農泊から広がる郷土の逸品"漆器"

  • 2023.12.1

「里山まるごとホテル」で供される料理には、能登の素朴にして豊かな食文化を物語る符号がちりばめられている。それは、たとえば盛り付けにさりげなく使われる輪島塗の漆器であったり、醤油よりも古くから愛用されてきた魚醤“いしる”の旨味であったり、その奥深い風味にぴたりと寄り添う地酒であったり。伝統の技と味を守り継ぐ人々を訪ねて、里山から里海へのショートトリップを楽しんだ。

農泊から広がる郷土の逸品"漆器"

■日常の暮らしで“使える器”を製作。「輪島キリモト」の工房へ

料理
料理
椀

朝食の汁椀に、古民家レストランでのランチやディナーの盛り皿に、「里山まるごとホテル」の食事には輪島塗の漆器が多く登場する。輪島塗といえば祝事に使われる蒔絵入りの豪華版を思い浮かべる人が多いかもしれないが、山本さんが選ぶのは加飾のない無地の漆器が中心だ。

柔らかなツヤと、しっとりと手になじむ感触と、驚くほどの軽やかさと。傷つきやすい繊細さはあるが、修復して長く使うことができ、落としても割れない堅牢さもある。さらに料理を盛り付けたときの“映え感”は抜群。日本が誇る伝統工芸品ではあると同時に、民芸品としての“用の美”を備えるコレクション。そのほとんどが輪島市内の漆器メーカー「輪島キリモト」の製品だという。

山本さん
山本さん
椀

「食べ物がおいしそうに映え、日常づかいができる丈夫な器をいかにしてつくるか。それがキリモトの目指すところ。こんないいものを、ハレモノに触るような扱い方で終わらせるなんて実にもったいないこと。そう思いませんか?」

器
器

輪島市内の本店を訪ねると、七代目当主の桐本泰一さんがユーモアたっぷりの口上で迎えてくれた。自社工房に隣接する「漆のスタジオ」には、クラシックな輪島塗に加えて酒器、カップ、皿、カトラリーなど、さまざまな漆の器が並び、圧巻。マットな質感をもつアースカラーのボウルや、パスタ皿やリム皿など、洋のエッセンスを取り込んだモダンな表情の漆器も多い。デザインだけではなく、現代の食生活に合った構造や技法面にも独自の工夫が凝らされている。傷がつきにくく、金属のカトラリーが使える「makiji」や「千すじ」シリーズがその代表作だ。

地の粉
地の粉
地の粉
地の粉

「輪島塗は能登の珪藻土を焼成して粉にした“地の粉”を下地に仕込むのが特徴ですが、キリモトでは特に純度の高い小峰山の珪藻土を地の粉に使います。さらに、『makiji』や『千すじ』の技法では、下地塗りの後でもう一度地の粉を使い、塗を塗り重ねて仕上げます。こうすることで表面硬度が高まり、擦れにくくなる。使うほどに艶が出て、経年変化が楽しめるところも魅力ですね」

■木地師と塗師の仕事をつぶさ知る工房見学

作業風景
作業風景
作業風景
作業風景

桐本さんに案内されて、スタジオから工房へ。そこには、洗練されたスタジオ風景から一転、職人さんたちがカンナや小刀や刷毛を手に黙々と作業に打ち込む、昔ながらのものづくりの光景が広がっていた。

「輪島塗は伝統的に分業制で、工程ごとに専門職人も工房も分かれているのが普通です。キリモトは漆の製造販売と木工製作の両方を生業にしてきた歴史があるので、今でも木地師と塗師が同じ工房の中で仕事をしている。全国でも類を見ない環境で、それがメーカーとしての強みにもなっています」

作業風景
作業風景
豆カンナ
豆カンナ
豆カンナ
豆カンナ

木地づくりの作業場では、“指物”と呼ばれる重箱の板を張り合わせる工程や、指先サイズの豆カンナで名刺入れに造形する“刳物”の仕事風景を見せていただく。職人さんが手にする工具には、“大正元年”の文字が入った100歳超えの現役選手も含まれていた。

道具
道具
箱
乾燥中の椀
乾燥中の椀

塗りの工房では、輪島塗の基本的な技法に沿って、生漆を塗って乾かす“木地固め”、傷みやすい部分に布を貼って補強する“布着せ”、その段差をならすための“惣身付け”など、めったに見る機会のない下地塗りの工程を目の当たりにできる。しかし、120といわれる輪島塗の工程のうち、これらはほんの一部にすぎないのだ。

「日常使いの器としては割高に感じられるかもしれませんが、その理由と裏付けが見えない中身の部分にあるということ。そこをしっかり伝えながら、“使える器”としての輪島漆器のよさを打ち出していきたいですね」

文:堀越典子 撮影:赤澤昂宥

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