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【黒柳徹子】NHKの連続ドラマ小説でも話題!“ブギの女王”笠置シヅ子さんとのエピソード

  • 2023.11.26
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黒柳徹子さん
©Kazuyoshi Shimomura

私が出会った美しい人

【第20回】歌手 笠置シヅ子さん

今放送されている、NHKの連続テレビ小説の主人公は、「ブギの女王」と呼ばれた、笠置シヅ子さんがモデルだそうですね。10月に、『続 窓ぎわのトットちゃん』という本を刊行してから、テレビや新聞や雑誌の取材を受ける中で、本の中に出てくる笠置さんのエピソードについて聞かれたことが何度かありました。笠置さんとは、私がNHK専属のテレビ女優になってすぐに、まさに出来立てほやほやの、放送が始まったばかりのテレビで共演しているんです!

今から70年前の春のことです。私は、1年間の養成期間を経て、「NHK東京放送劇団第五期生」として、NHKに正式に採用されました。NHK劇団の新人に、最初にあてがわれた仕事は、「ガヤガヤ」──つまり、主人公たちの周りで、いかにもその人たちが存在する街っぽい、またはお店っぽい雰囲気を生み出すための、その他大勢の人。今でいうエキストラのことです。最初は、ラジオドラマのガヤガヤに始まって、それも、いかにも通行人らしい「ヒソヒソ」が言えなくて失敗。仕事もしないうちに、演出家から、「もう帰っていいよ。伝票はつけておくから」と言われてしまう有り様でした。

すると今度は、テレビのガヤガヤをすることになりました。スタジオに設置された、商店街のセットの真ん中には、「わてほんまによう言わんわ」と、「買い物ブギー」を歌っている女性がいます。それが、当時「戦後復興の原動力」といわれた笠置シヅ子さんでした。腰から下がふんわり広がったパラシュートスカートを穿いて、明るく、潑剌と歌っています。それを見て私も思わず「うわー」と胸がときめきました。

でも、それからが大変でした。今回のガヤガヤは、完全な通行人役で、歌っている笠置さんの後ろを、笠置さんには目もくれず、でも楽しそうに、すーっと通らなければいけません。でも、「私なら、こんなに面白くて素敵な人が、商店街の真ん中で歌って踊っていたら、絶対ジロジロ見ずにはいられないわ」と思って、最初は、ジロジロ見ながら通り過ぎると、スタジオの上から、「ジロジロ見ない、スーッと行く、スーッと」と注意されました。それで、今度はスーッと早足で通り過ぎると、「早すぎる! 黒い影が通ったみたいだ!」とまたダメ出し……。しょうがないから、パントマイムの人みたいに、スローモーションで通り過ぎると、「忍者じゃないんだから!」とどなられてしまいました。

そんな私を見て、笠置さんは、明るい声で、「大変でんなぁ!」と私を労ってくださったのです。私がうまくできないせいで、何度も同じ歌を歌う羽目になっているのに、少しも私を責めずに、ずっとニコニコ笑っていてくださったのでした。笠置さんの明るさと優しさが、強く印象に残りました。

ずっと後になってから、私は笠置さんのご自宅に伺ったことがあります。世田谷の弦巻にあったご自宅は、近所で「笠置ガーデン」と呼ばれるほど、敷地がうんと広くて、手入れの行き届いたお庭には、色とりどりの花が咲き乱れていました。明るくて賑やかな笠置さん生命力そのものが映し出されているようでした。そこに瀟洒な平屋の一軒家が建っていたのですが、あの時代に車で入ると門が自動的に開くしかけになっていて、びっくりしました。お家に入ると、お洋服がズラリとかけてあるお部屋があり、いくつもいくつもドアがあり、全部開けて見せてくださいました。

あの頃の日本で、絶対に見る事の出来ない風景でした。笠置さんは、お嬢さんと二人でその家にお住まいでした。もしかしたら今は、笠置さんのような朗らかでユーモアに溢れた女性が、必要とされている時代なのかもしれません。私が、『窓ぎわのトットちゃん』の続編を書いた理由には、約3年前のパンデミックで、それまで当たり前だと思っていた自由が奪われたこと、ロシアがウクライナを侵攻したというニュースを聞いたとき、ウクライナにいる子どもたちに思いを馳せたことなどが挙げられます。何もせずに起こったことを眺めるのではなく、自分の中のやる気を奮い立たせて、幸せを自分で摑みにいかなければならない。もしかしたら、今はそんな時代なのかもしれないと思ったりします。笠置さんは、50代のときに、雑誌「婦人公論」のインタビューで、「ブギの女王」と謳われた時代をこう振り返っています。

「ブギに再起をかけた私は、全身のエネルギーをふりしぼり、声帯のエンジンをフル回転させて、歌い、踊り、咆え、叫んで、客席と一体化した熱気のうちに、自分自身の新しく生きる力をヒシと確かめようとしました。(中略)その意味で、『東京ブギウギ』は私自身の復興ソングだったのです」

笠置シヅ子さん

歌手

笠置シヅ子さん(1914-1985)

直立不動で歌うソロ歌手しか存在しなかった戦後の邦楽界に、躍動感あるリズム楽曲と、派手なダンスパフォーマンスを導入した革命的な歌手。戦後まもなく授かった一人娘を抱えて舞台に立つ姿は、当時「パンパン」と呼ばれた街娼たちから絶大なる支持を得た。「買い物ブギー」のヒット以降は、「ブギの女王」と呼ばれたが、ブギが下火になった頃に女優に転向。そのとき、「どうぞ、ギャラを下げてください」と申し出たエピソードは有名。享年70。

─ 今月の審美言 ─

「よく手入れされたお庭は、明るくて賑やかな笠置さんの生命力そのものが、映し出されているようでした」

写真提供/時事通信フォト 取材・文/菊地陽子

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