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「もっと気楽に生きていいんだ」南沢奈央さんを救った"居場所"とは 【好きってなんなん?】

  • 2023.11.19

「推し活」ブームの今、「好き」にまっすぐ生きる人たちは、どんな熱いハートを持っているのか? 「好き」をとことん掘り下げる連載「好きってなんなん?」第1回目は、大の落語好きとして知られる俳優の南沢奈央さんにお話を伺った。

2023年11月1日、落語愛をたっぷりと語ったエッセイ『今日も寄席に行きたくなって』(新潮社)を上梓した南沢さん。本書でも「もはや生活の一部」「人生観が変わった」と書いているが、落語がそこまで大きな存在となった理由とは。目をきらきらと輝かせて語ってくれた。

悩んでいた頃の出合い

落語との出合いは高校時代。読書感想文の課題で読んだ、佐藤多佳子さんの小説『しゃべれども しゃべれども』(新潮社)がきっかけだった。くすぶっている若手落語家のもとに、ひょんなことから「しゃべる」ことにコンプレックスを持つ4人が集まり、落語指南を通して成長していく物語だ。

「私ももともと人見知りで、登場人物たちにすごく共感したんです。ちょうど高校1年生の時にこの仕事を始めたのもあって、大人の方とどう接したらいいんだろう、どう自分を表現したらいいんだろうと悩んでいた時期でした。そんな時にこの小説を読んで、『落語を聴いたら私も変われるかもしれない』と思ったんです」

図書館で落語のCDを借りて聴いてみたところ、言い回しが独特で全然聞き取れないのに、いつの間にか笑っていた。その日から落語のとりこになり、高校生の間は毎日、携帯音楽プレーヤーにダウンロードした音源を聴きながら登下校していたという。

大学生になってから初めて寄席へ。音だけでも大好きだったが、生で聴く面白さは「全然違いました」。昼の部の5時間弱の間、落語家や「色物」と呼ばれる芸人が入れ代わり立ち代わり登場し、寄席を出る時には「遊園地で一日遊んだ帰り」のような気分に。

「一生の趣味に出合っちゃった、と思いました」

「推し落語家」はどんな人?

今やどんなジャンルでも「推し活」が盛り上がっているが、落語ファンも推しの落語家がいる人が多い。東京と大阪の寄席のほか、全国のホールで落語会も開催されるので、追いかけて回っている熱心なファンもいるそうだ。

南沢さんは、「落語家さんは声で好きになることが多い」とのこと。

「以前稽古をつけてくださったことがある、柳亭市馬(りゅうてい・いちば)師匠の声がすごくいいんです。つやのある声というか、発声が美しくて、まるで浪曲みたい。ご本人も歌がすごくお好きな方なんですよ」

確かに、話芸では声の存在感も重要だ。美しい声はもちろん、しゃがれ声や高い声など、個性的な声を持つ落語家も多い。「推し落語家さんはいっぱいいます」とはにかむ南沢さん。

同年代の落語ファンの友達との交流もある。本書では、立川志の輔さんが東京都下北沢・本多劇場で上演した「怪談牡丹灯籠」を2人で観に行き、「やばい!」「やばかった!」と興奮を分かち合ったという、微笑ましいエピソードが語られている。その友達も同じく俳優で、舞台で共演した際に意気投合したのだそうだ。

「私はそんなに友達が多いほうじゃないんですけど、落語好きの友達は増えました。俳優の友達は、この職業だからこその目線で落語を語れるのも楽しくて。『あそこの表情よかったよね』とか『あの言い回し最高だったよね』みたいな話で盛り上がってます」

さらに、年の離れた人とも共有できるのが落語のよさだ。共演した先輩俳優と一緒に寄席に行くこともあれば、南沢さんだからこそのこんな縁もある。

「友達と言ったら失礼ですけど、立川談春師匠は一番よくご飯に行く仲です。全友達の中で一番です(笑)。親のようでもあり兄のようでもあり、すごく可愛がっていただいています。仕事の相談をしたり、師匠が私の舞台を観てアドバイスをくださったりすることもあります」

落語ファンはどんな人が多いのか聞いてみると、「人見知りの人はけっこう多い気がします。私がそうだからそう思うのかな」。

「役者の友達もわりと人見知りなほうです。内気なんだけど、落語を聞くとすごく大きく笑うんですよ」

ダメな自分も愛せるように

「自分に自信がない人や悩んでいる人は、ぜひ落語を聴いてみてほしい」と南沢さんは言う。

「私は人見知りですし、ずっと完璧主義で、失敗することが恥ずかしいと思うタイプでした。でも、落語にはダメダメな人物がいっぱい出てきます。そんな人たちの話を聴いていると、『私の弱さとか失敗とか、どうでもいいな!』と思えてきちゃうんです」

とことん商売に向いていない旦那や素直になれないおかみさんなど、落語にはチャーミングな欠点・弱点のある登場人物がたくさん出てくる。彼らのダメダメな部分が、ストーリーの中で笑いや愛おしさに変わっていく。

さらに、落語家自身もまるで落語のようなエピソードを持っている人が多い。南沢さんとも親交がある女流落語家・蝶花楼桃花(ちょうかろう・ももか)さんは、かつて初めて高座に上がった時に緊張でストーリーが飛んでしまい、なんとお客さんに「この後どうなるんでしたっけ?」と聞いたのだそう。

「私だったら『もうだめだ』と思ってしまうような場面で、自分なりの笑いに変えて成長していくのがすごく素敵だなって。このお話を聞いて、失敗も経験しないと私も変わっていけないなという気持ちになれました」

寄席に遅刻してくる落語家も時にいるという。そんな時でも、お客さんは面白いハプニングとして喜んでいる。「きちんとすることが全てじゃない。何でもアリ、何でも面白い」という寄席のおおらかな雰囲気が、南沢さんの心をほっとほぐしてくれる。

「『しゃべれども しゃべれども』もそんな物語なんですが、落語を聴くと肩の力が抜けて、もっと気楽に生きていいんだなという気持ちにさせられます。私はそうやって落語に救われてきました」

寄席は、一番自分らしくいられる場所

もし人生に落語がなかったら? とたずねると、「想像つかないな......」と悩みながら、「誰かと何かを共有する喜びを知れなかったかもしれないですね」とぽつり。

「もともと読書が好きだったので、落語に出合っていなかったら、一人で本を読んで満足するだけだったような気がします。寄席に行くようになって初めて、知らない人たちと同じ芸で一緒に笑う楽しさを知りました」

寄席では、落語家がお客さんとキャッチボールをしたり、リアクションを受けてアドリブをしたりと、その日限りの生の芸が繰り広げられる。広すぎないのも一体感が生まれるのにちょうどいい。「寄席ならではの空気感があるんです」と南沢さんは語る。

本書の中で、コロナ禍中の寄席支援クラウドファンディングに寄せられたファンのコメントが紹介されている。「寄席はこの世の楽園です」「寄席は心のオアシス」......南沢さんもこんなふうに思いますか? と聞き終わらないうちに、「思います!」と元気のいい返事が。

「寄席に入った人は、みんなニコニコして出てくるんです。『楽しくなかった』と思って帰る人は一人もいない、みんなが幸せになれる場所。まさにオアシスだと思います」

「寄席にはディズニーランドみたいな感覚で行ってます」「毎日でも行けます」。出てくる言葉から、寄席にいる南沢さんがどんなにわくわくした顔で楽しんでいるかが想像できる。

「寄席は、居場所と言ったら大げさですけど、一番自分らしくいられる場所だなと思います。何の気も遣わずに、リラックスして好きなだけ笑える場所です。

一人で寄席に行くと、つい隣にいる人に話しかけたくなっちゃいます。全然知らない隣の人と、同じものが好き、同じことで笑ってる、という感覚を共有できるだけで、すごくハッピーになれるんです」

さらに、ファン同士だけでなく、落語を知らない人とのコミュニケーションでも落語が背中を押してくれるという。

「誰かに『自分はこういう人間だ』と説明する時に、落語があるから話せているなと思います。『これなら自信を持って話せます』と言えるものです。読書も好きですが、他の人にはあまりないような自分だけのエッセンスなら、やっぱり落語ですね」

「落語は私のアイデンティティ。私を形成する一部です」とほがらかな顔で言う南沢さん。まっすぐな「好き」が、自分に自信をつけ、知らない人ともつながれる場所へと連れ出してくれたのだろう。

■南沢奈央さんプロフィール
みなみさわ・なお/1990年埼玉県生まれ。俳優。立教大学現代心理学部映像身体学科卒。2006年、スカウトをきっかけに連続ドラマで主演デビュー。2008年、連続ドラマ/映画『赤い糸』で主演。以降、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』など、現在に至るまで多くのドラマ作品に出演し、映画、舞台、ラジオ、CMと幅広く活動している。書評やエッセイの連載など執筆活動も精力的に行っており、読売新聞読書委員も務めた。落語好きとしても知られ、「南亭市にゃお」の高座名を持つ。本書が自身初の書籍となる。

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