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DIYで意識革命。川内有緒さんに聞く、「自由になる」ということ【50歳から見つける新しいわたし 2】

  • 2023.11.18

おしゃれな服や手ごろな家具、便利な家電。スマホでポチっと決済すれば、たいていのものは自宅に届く。子どもが生まれてからは、とくに時短・効率重視で、自分の手を動かすより、ものやサービスに頼ることが増えた。お金さえ出せば、自由な時間も手に入る。けれどそれは、わたしだけでなく子どもからも、本当の自由を奪っていたのかもしれない。

人生折り返し地点で自分を見つめ直し、好きなことをやってみよう!という連載企画「50歳から見つける新しいわたし」。第2回のテーマは「DIY」だ。お話を伺ったのは、ノンフィクション作家の川内有緒さん。子育てをきっかけにDIYに目覚め、小さな机づくりから実家のリフォームを経て、4年がかりで山梨県に小屋までつくってしまった人である。その一部始終をまとめたのが10月に発売された著書、『自由の丘に、小屋をつくる』(新潮社)だ。

東日本大震災を機に、「消費者」としての生き方しか知らない自分の無力さを実感した川内さん。娘が生まれたことで、漠然とした不安は深まっていく。この困難な時代を娘が生き抜くために、自分にできることは何なのか。そう考えた末にたどり着いたのが、小屋をつくることだった。

小屋づくりの過程でさまざまなトラブルに見舞われるも、完成に向けて仲間たちと一つひとつ壁を乗り越えていく。その中で川内さんは、「お金で買えるものの価値」や「効率主義」、「本当の自由とは」を考える。本書は、川内さんと夫の"イオくん"、娘の"ナナ"ちゃんにとって、人生で一度きりの「不確かな未来を生きるための旅」を記したドキュメンタリーだ。

「買う」以外の選択肢を持つ

子どものころから不器用で、家庭科の成績は「1」だったという川内さん。最初の作品は7年ほど前、当時1歳だった娘のナナちゃんのためにつくった小さな机だった。子ども用の机なんてそこらへんで買えるし、なんなら買ったほうが安上がりだ。そう思う一方で、「自分でつくる」ということに、どうしようもなく惹かれるのはどうしてだろう――?

――1歳児を育てながらDIY教室に通うだなんて、とてもたいへんそうです。なぜ、机をつくろうと思ったのでしょう?

川内さん(以下略):ネットで買えば済むものを、何時間もかけてつくるなんて、って思いますよね。でもたぶん、それによって得られるものがあるんじゃないかっていう予感があったんです。今思えば、買う以外の選択肢を持つことで、「買わなくてもいい自由」っていうのを得たかったんじゃないかなって思います。
それに、自分がコントロールできる領域をなにかしら持っておくことで、自分そのものになる時間がほしかったというのもあります。

――ママや作家ではなく、自分になれる場がDIYだったということでしょうか。

それもあります。結婚してからも、夫とはお互い何をしているのかあまり気にせず、独特な距離感で暮らしていたので、以前は自分の時間がたっぷりあったんですよね。それが、娘が生まれて突然、夫もわたしも家族中心の生活に変わりました。仕事をしているか、家族といるかのどちらかしかなくて、自分だけの世界がほしいなっていう思いはありました。
その半面、娘と一緒に何かをしたいという気持ちもあったんです。それに、子育てにはたくさんのものが必要で、あれもこれも買わなきゃいけないの?っていうもどかしさもありました。そうしたいろいろが重なって、自分でものをつくってみようと思ったんです。

――DIY教室はネットで探されたんですよね。通ってみて、いかがでしたか?

楽しかったですよ! 最初は設計図を書いて木を切る練習をするだけだったんですけど、スパーンって切れるのが気持ちよくて。同じ長さのものが4本できたら机の脚になるんだ、すごい!って、それだけで感動しました。
教室に通ってきている方たちも、額縁とかゴミ箱とか、暮らしに合わせてそれぞれのペースでつくっていました。わたしのことを母でも作家でもなく、単に「ものづくりに熱中してる人」と思ってくれていたのも心地よくて、机ができた後も長く通い続けました。

プロセス自体を楽しむ"決意"

――木を切る練習から始めて小屋づくりまでたどり着くには、かなりの意志の強さが要りそうです。自分で決めた目標は、絶対にかなえるんだっていう。

わたし、大きな目標を思いつくのは得意なんです。実際にやるのは小さなことの積み重ねなんですけど、最終的にはここにたどり着きたいっていうものが必ずあるんですよね。ただ、強い意志を持って目標をかなえようというわけでもなくて、プロセスのほうが重要なんです。
未来のために今を犠牲にするっていうのは、本当にやりたくないんですよ。わたしたちの世代って、小さいころから今我慢してがんばれば、もっといい学校に入れる、いい会社に入れるって、未来のためにずっと我慢することが当たり前だという教育を受けさせられてきたんですよね。

――わかります。無理してがんばる大人たちを見て育ったから、がまんしたらいいことがあるんだって思っていました。

そうですよね。それで役に立ったこともあるかもしれないけれど、いい思い出ではなかった。だから人生、楽しいほう、本当にやりたいと思う方に行けばいいんだと思うんですよね。やりたいから続くし、もっと深めたいなっていうモチベーションが湧くじゃないですか。そうじゃないものの方がたぶん、すごくリスクが高いんですよ。無理してやりたくない仕事を続けるとか、嫌いな人と付き合うとか。すると、ストレスが溜まったり病気になったり、その先にいいことってあんまりないと思うんですよね。
未来の目標を達成するためだけに、我慢して歯を食いしばるなんて嫌。わたしにとっては途中の過程を楽しむことのほうが重要なんです。ただしそこから起こる結果は自分で引き受ける覚悟は必要ですが。

――じゃあ、たとえ小屋ができなかったとしても、つくる過程が楽しかったらOKでした?

そうそう。完成しなかったらもちろん残念だけど、途中楽しくなくて、あげく、できなかったら悲惨でしかないですよね。「楽しかったから良かったよね」って言えたらそれでいい。あの人にも出会えたし、あんなにおいしいごはんも食べられたし、あの風景も見られたしって思えたら、満足じゃないですか。プロセス自体を楽しむっていう決意に近いものがあれば、できた日もできなかった日も「いい日」なんです。

――川内さんの周りにいろんな人が集まってくる理由が、分かる気がします。

本当にたくさんの人の力を借りました。それぞれ違う人たちが一緒にいることが面白いなって、いつも思うんですよね。まったく違う考え方とか、違う人生を歩んできた人たちがその場に一緒にいる時間っていうのが、わたしは好きなんだと思います。
でも、もともと誰かと一緒にいることが極めて苦手なんですよ。昔から内向的で、教室のすみっこでひとり本を読んでいるような子どもでした。だから、誰かにこうしてもらいたいっていう気持ちも少なくて。みんなそれぞれ楽しんでくれたらいいよね、みたいな。

自分の中に自由な領域を持つ

――小屋をつくることで、川内さんの中でなにか変化はありましたか?

いちばん大きな変化は、自分の手で自分たちの暮らしを楽しく、豊かにしていくことができるっていう意識革命だったと思います。私たちはいつでも新しいことを始められる。やりたかったらやり通すこともできるし、やめることもできる。自分の手でなんでもつくることができるっていう自信もつきました。

――自分でつくれるって、自由が広がる気がします。DIYとかアウトドアって「あえて不自由を楽しむ」っていうイメージがあったのですが、逆なんですね。

「自由」ってなんだろうってことは、わたしもずっと考えていました。時間や組織に縛られないってイメージがあるけれど、小屋をつくったことで、それだけじゃないんだな、たくさんの種類があるんだなって実感しました。たとえば、不便なことを不便とも思わず楽しめれば、その分、心に余裕ができて、自由になれる気がします。
心が自由であれば、ほかの人からはたとえそうは見えなくても、その人は自由だと思うし、人によってそのかたちは違う。小屋づくりかもしれないし、山歩きかもしれないし、旅をすることかもしれません。どんなかたちでも、自分の中に自由な領域を持っていることが、「自由になる」ってことなのかなって思います。

なにもせずとも興味のあるコンテンツが次から次へと流れてくる今、わたしたちは楽しませてもらうことに慣れすぎている。そんな中で、「自分で楽しみを生み出せる人って、最強だなと思うんですよね」と川内さんは言う。

実は、記者にも前々からつくりたいと思っているものがある。出窓の下にピタリとはまる本棚がほしいのだけれど、市販品ではサイズが合うものが見つからないのだ。うまくできるか自信はないし、完成さえしないかもしれないけれど、プロセスを楽しむ決意があればきっと大丈夫。自分の手で、わたしの中の自由の領域を少しずつ広げていこうと思う。

■川内有緒さんプロフィール
かわうち・ありお/ノンフィクション作家。1972年東京都生まれ。
映画監督を目指して日本大学芸術学部へ進学したものの、あっさりとその道を断念。行き当たりばったりに渡米したあと、中南米のカルチャーに魅せられ、米国ジョージタウン大学大学院で中南米地域研究学修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』(集英社)で開高健ノンフィクション賞、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)でYahoo!ニュース本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞。ドキュメンタリー映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』の共同監督も務める。

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