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放送作家・町山広美の映画レビュー 『VORTEX ヴォルテックス』『リアリティ』

  • 2023.11.17

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

消え去るは悪夢か 終わりの向こう側

自分が死んだら、誰も自分について話さなくなるなんて思うと…ぞっとする。好きに生きていいんじゃんと解放される。どちらに思い至るか、男性の場合は前者が圧倒的だろう。
 『VORTEX ヴォルテックス』を見ながら、そんなことを考えた。認知症に蝕まれる妻とその夫、老いた二人の死へ、タイトルが示すように「渦巻いて流れ込む」日々を描く。陰鬱な題材、監督自ら「泣けるよ」宣言をしたとも聞き及び、気落ちする構えで見たが、後味はいっそ清々しい。
二分割画面、逆回転する物語、剝き出しの暴力。ギャスパー・ノエ監督のそういう嫌がらせじみた挑発は、映画の終わりを意識してのことでもあるだろう。大勢の観客がひとつの画面に集中し従順に見守る。そんな見られ方の終わりを心得る彼も、今や還暦間近。本作では老夫婦の日常を淡々と描く。
ただし、夫カメラと妻カメラの2分割画面で。妻は精神科医だったが、早々に意識が定かでなくなるから、片側の画面は不穏で平穏だ。
死ぬ時は誰もが一人なのだし、夫婦の間の断絶なんぞは平時から、妻の当然で夫の恐怖よね、と冷やかに見ることもできる。夫は実際、大いに恐怖するが、愛人がいて、まだ仕事の成果も挙げられる気でいる。夫婦の一人息子は幼な子を抱え、心は弱く生活は不安定だ。これは男二人が、求めた分だけ多くを「失っていく」物語とも言えるし、彼らは喪失への恐怖という根源的な動力で「生かされ」てもいる。
本作は「エンド」クレジットを冒頭に流す監督お得意のやり口に加え、キャストの生年をテロップで出し、「心臓より先に脳が壊れていく人たちへ」の献辞が続き、人体もそこに宿る意識も、やがて排水口へ運ばれると強く意識させて始まる。けれども、消え去ることは悪夢だろうか。
ラジオから専門家が「記憶は過去そのものではなく、現在からの描写」と解説するのが聴こえてくる。夫は映画評論家でしかもホラー映画の伝説的な監督が演じ、彼は映画と夢の 関係に魅入られていて、息子も映画の編集者という設定。全編に「映画」が横たわり、記憶についての解説は映画を語っていたとも思えてくる。映画、記憶、夢。描かれ、やがて消え去る。もしかすると長く問題児と称されてきた監督からの、恐ろしくねじくれた、映画への愛がここには告白されているかもしれない。ラストの美しさにそう思う。
 『リアリティ』はFBI捜査官による尋問の音声データを、完全再現する。時間や視点を自在に操るという映画の可能性を手放しての82分。
アメリカ国防総省の情報機関に勤める25歳の女性を、国家機密漏洩の罪で逮捕。トランプが選出された前年の大統領選にロシアのハッカーが介入した疑惑について、重要な報告書をメディアにリークしていた2017年の事件。
買い物帰りの自宅で声をかけられてから、罪を認めるまで。小さな違和感を逃さず、追い詰めていく尋問の巧妙さがなんとも恐ろしい。
本作のタイトルは逮捕された女性の実名だが、記録を忠実に再現する手法それ自体を宣言するだけでなく、リアリティに徹してこそ見えてくるものについての、問いかけにもなっていると思う。軍人を志したことはあるものの、部屋にアニメグッズを飾り犬猫を飼う若い女性の日常というリアリティを、捜査官が重々しく持ち出す「敵」というワードが切り裂く瞬間。国家だの国家間の敵対だのそういうフィクションが、日常を破壊することの異様さ。
舞台からの映画化となった本作を率いるのは女性のクリエイターだ。これまでの物語や語り方が終わる向こう側から、新たな何かが立ち上がろうとしているのかもしれない。

『VORTEX ヴォルテックス』

2021年フランス 148分 監督・脚本:ギャスパー・ノエ 出演:ダリオ・アルジェント、フランソワーズ・ルブラン、アレックス・ルッツ 12月8日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国公開

©2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE - KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

『リアリティ』

23年 アメリカ 82分 監督:ティナ・サッター 出演:シドニー・スウィーニー、ジョシュ・ハミルトン、マーチャント・デイヴィス 11月18日(土)シアター・イメージフォーラム、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

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文=町山広美

放送作家。「有吉ゼミ」「マツコの知らない世界」「MUSIC STATION」を担当。江東区森下で、新刊も古書も雑貨も扱う書店「BSE」を運営。

イラスト=小迎裕美子

※InRed2023年12月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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