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伸びやかなたくましさに憧れる。ローマに暮らす人生の先輩との出会い【ローマで居候】

  • 2023.11.17

イラストレーターのなかざわともさんが「ちょっとだけローマ暮らし」をつづる連載『ローマで居候』。今回は、なかざわさんが現地で出会った、ローマに移住した女性たちのエピソードを紹介します。

学校が終わり、イタリアを発つ日が迫ってきた。燃えるような太陽が照らす古代遺跡の数々、1秒も無駄にすまいと目を光らせる観光客の活気、厳かなバチカンからヤンチャな壁の落書きまで、私はローマの街が大好きになっていた。居候生活は不思議な体験だ。観光とは違う時間の流れで、ゆったりと街を眺めることができる。愛着は増すばかりで、ローマに住んでみたいな!と単純に何度も夢みた。外国人としてローマに暮らす先輩女性との出会いが、私の憧れをさらに駆り立てる。

ガイドとして訪れたイタリアで結婚

「韓国人の女性が会いたがっている」と日本マニアのイタリア人ルイージさんに紹介され、2人で会うことになった。私のイラスト冊子を見て、興味を持ってくれたらしい。韓国料理屋の前で待ち合わせ、到着すると満面の笑顔で手を振る人がいる。カチューシャで前髪をあげたオデコが若々しい印象を与える40代のミハさんだ。韓国訛りの英語は、明瞭で聞き取りやすい。

ミハさんはイタリアに住んで18年ほどになるという。ツアーガイドとして訪れ、現地のイタリア人の運転手と出会い結婚。あれよあれよという間にイタリア生活が始まったと振り返る。今はローマ郊外で思春期の一人息子と3人で暮らしている。韓国で放送作家やライターの仕事もしていた彼女は、イタリアでガイドとして勤めながら、韓国国内でこれまでに3冊の本を出している。最初の1冊はイタリアでの暮らしで感じた韓国とのギャップを書いたエッセイだ。韓国の出版社に自ら送り、出版が決まったのだという。「自分の名前で本が出ると思うと、本当に嬉しかった。これで人生が変わるかもしれない!とドキドキしたけれど実際はそんなことないの。1冊目は売れたものの、2冊、3冊目はイマイチ」とミハさんはお茶目な表情で言う。

「でも今は4冊目を書いていて、そのことで頭がいっぱい」。新作は、カトリックのシスターをテーマにした小説だという。レストランで隣の席に座る韓国人の中年シスターたちが少女のように楽しげに話している様子を、ミハさんは親しみのこもった表情でじっと見ていた。執筆活動は彼女の喜びなんだと、そのときわかったような気がする。

出国の日が近づいた頃、ミハさんともう一度食事をした。別れ際、ミハさんは「きっとまた会いましょう。今度は私の街においで」と言ってハグをする。その力加減が心地良く、私は目を閉じて感覚を味わった。

オペラに導かれてイタリアへ

これまたルイージさんの紹介で、ルイージさんの日本語の先生であるナホさんと出会った。バチカンの最寄り駅の一駅手前、Lepanto駅の閑静な住宅街に住んでいる。ドアが手動の小さなエレベーターに運ばれ、趣のある大きなアパートメントの一室にお邪魔すると、長い黒髪を一つにまとめて肩にかけるナホさんが出迎えてくれた。ナホさんの瞳は、髪同様に黒く輝いて力強い。節がついたような話し方は優雅で、うっとりするような響きであった。

天井の高い部屋には、こだわりを感じさせる温かみのある家具が並び、生活を包む美意識を感じる。ナホさんをイタリアに導いたのは、オペラである。東京で歌手の仕事をしながら、3ヶ月間ビザの期限ギリギリまでイタリアで声楽を学び、日本に帰国するという生活を数年続けていたという。40代を目前に区切りをつけ、イタリアに移住。今は音楽院に通いながら、日本語教師の仕事、イタリア人パートナーと共にアグリツーリズモに携わり、イタリア人向け日本旅行の企画など様々な事業に励んでいる。ルイージさんと出会ったのも、ベビーシッターを請け負う広告を出したことがきっかけだった。

日本の常識が通用しないイタリアでの出来事をナホさんはサラリと語るが、外国で暮らすということは、自分からアクティブに動き続けるための強いエネルギーが必要なのだと思う。彼女の黒い瞳にはそんな説得力があった。

出してもらった温かいお茶をすすりながら話をする。私がローマの街が大好きになったことを伝えると、ナホさんは嬉しそうに「この近所に住めばいいよ」と微笑んだ。

もう一生イタリアにいるつもり

Tさんの元で暮らす2ヶ月半は、お世話になりっぱなしの日々であった。大きな家をひとりで切り盛りする小さなTさんは、とにかく常に動いている。早朝に目を覚まして薄暗い時間帯に窓を開けると、長靴をはいたTさんが広い庭の植物に水やりをする後ろ姿が見える。旦那さんの遺品の整理をしたり、壊れたシャッターの修理を業者に頼んだり、家のために必要な仕事はたくさんある。

親族のいない異国の地でも、Tさんは孤独には見えない。Tさんの周辺には、頼れるイタリア人の友がいるのだ。週1回、60代くらいの真面目で穏やかな男性が、力仕事や買い出しの手伝いに来る。近所に住む50代の女性は仲の良い友人で、スマホの使い方やネット関係の質問は彼女を頼りにしているらしい。毎日18時になるとTさんのスマホが鳴るのは、遠方に住む90代の友人女性とお喋りの約束をしているからだ。

「私はもう一生イタリアにいるつもり。いつ何があっても良いように、手配してあるの」とTさんは笑いながら言った。

人生の先輩である彼女たちから感じた伸びやかなたくましさは、異国に暮らす経験をした人ならではのものなのだろうか。こちらの心をほぐす朗らかな笑顔は、イタリアの空気がそうさせるのだろうか。彼女たちの話をもっと聞きたい、ローマの街をもっと知りたい、イタリアに暮らす人々ともっと出会いたいと強く思ったところで、出国の日が来てしまった。Tさんは「私が元気なうちはいつでも遊びにおいで」と言い、そのおおらかな優しさに、すでに甘えたくなっている自分がいる。

9月下旬、爽やかな風が吹きローマは少しずつ秋の気配を滲ませている。秋が来たら、この街はまた新たな表情をみせるだろう。滞在期間は驚くべき速さで過ぎて、のんびり屋の私には何かを理解したり掴み取ったりするにはとても時間が足りなかった。いつかまた必ず、ローマに戻ってきたい。

Ci vediamo!

最後に、サヨナラするときに使うフレーズを紹介しよう。

Ci vediamo!(チベディアーモ!)→また会いましょう!

「また会いましょう!」という意味のカジュアルな挨拶。飛行機の窓を覗きこみながら、ローマの街並みやそこで暮らす人々に、声をかけたい気持ちになった。Arrivederci, ci vediamo Roma! さようなら、また会いましょうローマ!

■なかざわ ともさんプロフィール
1994年生まれ、東京在住のイラストレーター。学習院大学文学部卒。セツモードセミナーを経て、桑沢デザイン研究所に入学。卒業後、イラストレーターとして活動を開始。

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