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知能も運もはじめから決まっている? 遺伝学の新常識

  • 2023.11.16

人間の知能や性格、運までもが遺伝する――そう聞いたら、あなたは「優生思想」につながる危険な考え方だと思うだろうか。

ベストセラー『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮社)で「努力しても遺伝には勝てない」と書いた橘玲(あきら)さんと、行動遺伝学を専門とする慶應義塾大学名誉教授の安藤寿康(じゅこう)さんが、遺伝にまつわる新常識を紹介する本を出した。『運は遺伝する 行動遺伝学が教える「成功法則」』(NHK出版)だ。

行動遺伝学は、人の性質の個人差に遺伝子がどれだけ影響しているかを研究する学問。2人は行動遺伝学の知見を通して、人以外の生物については当たり前のように遺伝で説明するのに、対象が人になった途端に「優生思想だ」と批判する風潮に疑問を投げかけている。

「偶然」も遺伝が背後に

親に顔が似たり、特定の地域にお酒に強い人が多かったりと、明らかに遺伝していることがわかる人の特徴はたくさんある。脳も、顔や肝臓と同じ体の一部だ。だから、知能も遺伝する。

遺伝子からその人の知能がわかることを裏づける研究が、心理学者キャスリン・ペイジ・ハーデンさん著『遺伝と平等』(新潮社)で紹介されている。子どもたちの遺伝子の情報のみで「将来大学を卒業するかどうか」を予測し、実際に大学を卒業した割合を出した。すると、スコア上位4分の1と下位4分の1の差が、アメリカの世帯収入上位4分の1と下位4分の1の子どもの大学卒業率の差とほとんど同じになった(この時、遺伝子スコア上位・下位の子どもたちと、世帯収入上位・下位の子どもたちが一致するわけではない)。

豊かな家庭の子どもほど学歴が高くなりやすいという事実は、経済格差問題の一つとしてよく知られている。遺伝子の情報も、この格差と同程度の予測力を持つのだ。

また、本のタイトルの通り、運にも遺伝子が影響しているという。安藤さんが紹介する研究では、ある出来事を遺伝子で説明できる割合は、離婚や解雇など本人にも責任がある出来事では30%なのに対して、強盗に遭う・近しい人が亡くなるなど、本人に責任がなく「運が悪かった」とされる出来事の場合は26%。4%しか違わない。

偶然に見える出来事でも、たとえば、強盗に遭いやすい危険な場所に行った、早死にしやすい体質の人とよく付き合う傾向があるというように、本人の選択が背景にある可能性がある。この選択に遺伝的素質がかかわってくるのだ。

育て方の影響は小さい

また、知能に関しては、20歳頃までは年齢とともに遺伝子の影響が大きくなっていくそう。幼児期は親の育て方の影響を大きく受けるものの、思春期頃からは本人の性質や能力に合わせて、自ら環境を選んだり周りが接したりするようになるため、遺伝的素質が前面に出るようになる。

安藤さんの研究では、学業成績への影響が、遺伝は50%なのに対して、しつけは5%しかないことがわかった。これは、ある親にとっては無力さを感じさせる話かもしれないが、一方である親にとっては、「育て方のせいではないんだ」と肩の荷を軽くしてくれる情報だろう。

「遺伝で知能が決まるだなんて、かわいそうで差別的だ。努力すれば誰でも変われる」という主張は、「できないのは本人の努力不足」「育て方が悪い」という考え方に結びついてしまう。橘さんと安藤さんは、こうした「環境決定論」の危険性を語り合っている。

(安藤さん)「能力が遺伝するなんて優生学だ!」という批判に対しても、「そういうあなたが優生思想に加担しているんですよ」ときちんと論駁(ろんばく)できると思っています。

(橘さん)心強いお言葉です。この社会には遺伝的な多様性があるけれど、誰もが平等な権利をもっているという当たり前のことを前提として議論ができる世の中になるといいですよね。

橘さんが『言ってはいけない』で行動遺伝学を紹介した時も、編集者からは難色を示された一方で、読者からは「救われた」という反応があったという。

また、知能が遺伝すると言っても、「この遺伝子を持っていれば必ず頭がよくなる」というような単純なものではない。いくつもの遺伝子が複雑に影響し合って効果が決まるうえに、両親から受け継がれる遺伝子はランダムだ。だからこそきょうだいでも知能や性格が違ってくるし、「トンビがタカを生む」ということもあり得る。「親の頭が悪いせいで......」などと思う必要もない。

橘さんと安藤さんは、このような行動遺伝学の知見を踏まえ、よりよい社会を作っていくにはどうしたらよいかを語り合っている。今はまだ一般的な考え方ではないが、数年後には、本書のように常識が変わっているかもしれない。

【目次】
まえがき――誰も「遺伝」から逃れることはできない
第1章 運すら遺伝している――DNA革命とゲノムワイド関連解析
第2章 知能はいかに遺伝するのか
第3章 遺伝と環境のあいだ
第4章 パーソナリティの正体
第5章 遺伝的な適性の見つけ方
第6章 遺伝と日本人――どこから来て、どこへ行くのか
あとがき――遺伝を取り巻く「闇」と「光」

■橘 玲さんプロフィール
たちばな・あきら/1959年生まれ。作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部超のベストセラーに。『永遠の旅行者』は第19回山本周五郎賞候補となり、『言ってはいけない――残酷すぎる真実』で2017新書大賞を受賞。著書多数。

■安藤寿康さんプロフィール
あんどう・じゅこう/1958年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。『能力はどのように遺伝するのか』『教育は遺伝に勝てるか?』『「心は遺伝する」とどうして言えるのか』など、著書多数。

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