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真夜中の歌舞伎町で乗った女性、彼女が語った“意外な夢”【東京タクシー百景】

  • 2023.11.6

タクシー運転手にとっての乗客たち

東京の街を行くタクシーのイメージ
東京の街を行くタクシーのイメージ

常に変わりゆく時代の群像を一番間近に見続けてきた職業、それはもしかしたら、タクシー運転手かもしれません。小さな車内で交わされる、ほんのいっときの人間模様。喜怒哀楽や幸不幸を乗せて、昭和から平成、令和へと都会を駆けたドライバーの筆者が、その一端をお話しします。

※ ※ ※

2015年の調査にはなりますが、国土交通省が行った「タクシーに関するアンケート調査」によると、タクシーのサービス水準についてどう感じるかという問いに対して、50.6%の人が「ふつう」と答えたそうです。

「良い」は37.7%、「悪い」は4.9%だったとのこと。これは運転手としては、まずまずの結果と受け取って良いものでしょうか。接客態度について、業界では当時よりさらに厳しく指導する向きがあるので、2023年現在はもう少し「良い」の割合が増えていることを願います。

タクシードライバーの接客態度はしばしば世間の話題になりますが、逆に乗客側の振る舞いもドライバーたちの間で話に上ることはあります。「若い人ほどマナーが大きい」「派手な服装の客には気を付けろ」――。それぞれの経験則で言うのですから、大した根拠はありません。あまり真に受けられるものでもないでしょう。

若い人ほど態度が大きい。これは果たして本当か。筆者自身、それに該当する乗客に出会ったことはありますが、やはり一概には言えません。思いも掛けない人柄に触れた経験も数多くあります。

深夜3時の女性客

東京の街を行くタクシーのイメージ
東京の街を行くタクシーのイメージ

2010年代半ば、東京は新宿・歌舞伎町での出来事です。筆者の運転するタクシーは、熱帯夜の未明3時過ぎ、職安通りで派手な身なりの若い女性を乗せました。

肌があらわなシースルーの衣装で、この街の夜を体現したようないでたち。筆者は都内の会社に帰庫する時間でしたが、女性が歩いていた様子から近場だろうと踏み「もう一本稼ごうか」と、回送板を解除して乗せたのです。すると

「ごめんなさい、少し遠いんですけど、埼玉の川口までお願いします。私、寝ませんから」

と指示されます。

筆者の帰る方向と逆でしたので、ちょっと遠いな、どうしたもんかと一瞬逡巡(しゅんじゅん)したものの、「寝ませんから」の言葉に何か気遣いを感じて営業を続行することにしました。

走って間もなく、「運転手さん、私、どんな仕事しているか分かりますか?」。女性が声を掛けてきます。

「いえ。えーっと、飲食業か何かですか?」「いいえ、夜のお店で働いてます。こんな格好ですから、きっとお気づきでしたよね。ストレスが多くて、とても厳しい仕事です。長くは続けられない」「それはそれは、大変ですね」

都会のネオンを車窓に眺めながら、彼女は問わず語りを続けます。

「私、シングルマザーで二人の子どもがいます。私が働いている間は、同居の母が見てくれてます。母には感謝しかありません。母も亡くなった父のことですごく苦労をした人で……」

「……世の中は思うようにいきませんね」

「父は、人当たりはいいけど、ギャンブル好きで酒乱で、愛人がいました。サラ金からたくさん借金をして、めちゃくちゃな生き方をしていました。だから私は母に親孝行したいし、家族が楽しく暮らせるようにと頑張ってます。今日は久しぶりに友達とカラオケへ行って発散してきました」

「それは良かった。でも、ご自宅まで少し遠いですから交通費が大変ですね」

「いつも早出や日勤だし、電車通勤だしね、ときどき遅番のとき帰りにタクシー使うくらいで、そうでもないんですよ。地元ではこの仕事をするのは抵抗があるし。私、こう見えてもお店のナンバーワンなんです。そんな美人でもないのに、おかしいですね」

「ナンバーワンですか。それはすごいですね」

思いがけず堅実な将来の夢

豊島区、北区、景色が変わるにつれて彼女の表情はさらに和らぎ、「私、夢があるんですよ」と、バックミラー越しにこちらをのぞき込みました。

「何だと思います?山盛りてんこ盛りの弁当屋さんです。名前は『ここにしかない愛情弁当』っていうの考えています。カレーライスを看板メニューにすれば、常連さんも増えそうじゃないですか?私も母も料理が得意だから、たぶんうまくやれると思うんだけどなあ。常連さんがたくさんできたら私、お客さんにとってのお姉さん役・お母さん役になれたらなって思ってるんですよ」

「癒やしの店、癒やしの味ですか。人気が出そうだ」「そうそう、そうでしょ。楽しいでしょ」

川口まで一航海(タクシー業界用語です)、車内は弁当の話で盛り上がりました。

彼女からすると、いろいろな事情があって夜の店で働くことになったのでしょうが、貯金ができつつあって夢の実現まであと一歩と話していました。

もう10年近くも前の話です。今頃どうなっているでしょう。彼女が額に汗しながら「いらっしゃいませー!」と声を張る姿をときどき想像しています。

乗客の誰もが運転手との会話を望むわけではもちろんありませんが、自身の身の上をぽつりぽつりと開陳してくれる人からは、思いがけない人柄や人生の一端を垣間見せてもらうことがあります。

(橋本英男)

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