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「また起きてしまうんじゃないか」と夜が怖い…激務の末に睡眠障害になった名物編集長を救った趣味とは

  • 2023.10.27

夜が怖くなるほど不眠が深刻なときはどうすればよいのか。エッセイストの松浦弥太郎さんは「走っている、その瞬間だけは、いろんな心配事が頭から消え、無心になることができた。この『無心になれる』ということが、僕にとってすごく救いとなった」という――。

※本稿は、松浦弥太郎『眠れないあなたに おだやかな心をつくる処方箋』(小学館)の一部を再編集したものです。

生まれてはじめての睡眠障害

四〇歳で『暮しの手帖てちょう』編集長の就任後、僕は生まれてはじめて睡眠障害を経験しました。

それまでは、フリーランスの立場でしたから、時間は自由にコントロールし、決まった職場に行く必要もありません。たった一人でとても自由に仕事をしていたのです。

しかし、『暮しの手帖』の立て直しを任されてからは、毎日朝八時に会社に行くようになりました。定時は九時半スタートでしたが、誰よりも早く僕は会社に向かいました。それは、「会社というところでの働き方」とか、「雑誌のつくり方」、いわゆる「組織」の中で、自分を機能させていくということが初めての経験だったからです。焦りの気持ちが出勤時間を早めさせていたのです。

毎朝、職場の掃除をし、仕事の準備をしながら社員のみんなが来るのを待っているあいだ、僕はずっとプレッシャーを感じていました。

これからは会社組織の一員です。役員であり編集長である自分の失敗は、会社にも社員にも迷惑がかかります。経営から編集、人事に関する、考えること、行動に移すこと、判断や計画することなど、やるべきことは多く、当然、不安な要素も多い。あらゆることに自分が関与し、先頭に立って自分が手を動かさないと、雑誌を新しく変えることはできません。弱音を吐く余裕もなく、毎日フルに働いて、みんなが帰ってから戸締りをして帰る日々を送っていました。

何とかリニューアルを成功させなければいけない。『暮しの手帖』には、古くからの読者だけでなく、雑誌を支える先輩たちや関係者も多く、そういうプレッシャーも感じていました。

テーブルの上に積み重ねられた雑誌
※写真はイメージです
不眠からはじまった心身不調

昼間はめちゃくちゃ忙しく、夜はクタクタになって帰り、倒れるような感じで床に就く。ところが、一時間半、二時間ですぐに目が覚めてしまう。そして、それ以降、眠れなくなる。ようやくウトウトする感じになると朝が来る――。そんな日々がずっと続きました。

眠れないと、夜が怖くなってしまう。「また起きてしまうのではないか」と、不安になる。休日であっても朝までぐっすり、なんて一度もなくなってしまいました。

夜、眠れなければ、昼間の作業効率はみるみる下がっていきます。まったく気の休まらない状態が続き、いつも不安感に襲われていました。動悸どうきが静まらなくなり、しまいには、電車に乗れなくなってしまいました。ひとが多いところが苦痛になり、朝になると身体が動かなくなってしまったのです。

そのうち、他人の声さえも聞こえづらくなってきて、「これはいけない」と心療内科に駆け込むと、たくさんの薬が処方されました。

無心になれる瞬間

「何とかしなければ」そう思って歩いていた、ある日のこと。

ふと何げなく歩くスピードを速めて、走り出しました。

当時、満足に運動もしていなかったから、もちろん速くは走ることができない。足がもつれそうになります。けれど、ハアハアと息を荒らげ、じんわりと汗をかき始めたころから、ちょっとだけ気分が軽くなるのを感じたのです。

走っている、その瞬間だけは、いろんな心配事が頭から消えていました。

その日は一〇分、一五分、走っただけでしたが、たしかにその瞬間、無心になることができたのです。この「無心になれる」ということが、僕にとってすごく救いになりました。

なぜ、走ってみようと思ったのか、僕にもわかりません。走り慣れてないから、長い距離を走ることはできない。でも、無心になれることを見つけられたことは、僕にとって大きな収穫だったのです。

ランニングをする男性
※写真はイメージです
マラソンが気持ちを前向きに

「マラソンを始めてみよう」

こんどは着替えて、三〇分ぐらい、歩いて、走って、歩いて走ってみました。すると、心地良い疲労感に包まれ、その日はぐっすり眠ることができたのです。

「これはもしかすると良いのかもしれない」

それから現在に至るまで、僕は天気の悪い日を除き毎日、走り続けています。

無理のない範囲で走ることを習慣にすると、心身がリフレッシュされているのを感じます。言葉で言い表すとすれば、「気が流れていく感じ」。

そんな日々を続けていくと、少しずつ「眠れない」ということ自体に対して、前向きな興味が湧いてくるようになりました。

走っているときは、仕事上のストレスも忘れ、無心になれる。もちろん、問題がそれで解決するわけではないけれども、走っていれば、少なくとも今までよりは眠りやすくなった。

少しずつ、少しずつ、良くしていこう。

気持ちが前向きに転じてくると、こんどは、「眠れない自分」の状況を良くしていくことに対し、「どんな工夫をしようかな」と考えるようになっていきました。薬に頼るのではなく、工夫すればきっと眠れるようになるはず。

そう僕は思うようになったのです。

眠れないのは、僕一人じゃない

眠れない理由は、仕事上のいろいろなストレスにある。でも、仕事を辞めてしまったら、はたしてラクになって眠れるのだろうか。きっと、そうではないはず。仕事上の問題や、人間関係は、僕自身の力ではどうにもなりません。ならば、新しい習慣を取り入れたり、ライフスタイルの見直しなど、自分自身で解決できることから取り組んでいけば、改善に結びつくはずです。

そしてこんなことも考えました。

「眠れないのは、僕一人じゃない」

世の中のひとのほとんどが、眠れないような悩みを抱えて生きています。

べつに、僕だけが悲しむ必要はないのです。「まあ、眠れない日があってもいいか」と、開き直りもときには必要です。気楽になりましょう。

睡眠は、「眠ること」自体が目的ではなくて、「心と身体を休めること」が目的。そう思うだけでもいい。横になっているだけでも身体は安まるのです。

芝生の上に横になっている男性
※写真はイメージです
「他人を許す」のは自分のため

いつもたいせつにしているのは、「物事を肯定的に受け止める」ということです。あらゆる物事に対して、しっかりと受け入れて、心から感謝をする。

そして、ひとには親切を心がける。何があっても他人のせいにはしない。

この先、自分はどういう人間になりたいのか、どういう生き方をしたいのか。

それを考えるうえで、決して忘れたくないことがあります。それは人間関係において、「他人を許す」ということです。

松浦弥太郎『眠れないあなたに おだやかな心をつくる処方箋』(小学館)
松浦弥太郎『眠れないあなたに おだやかな心をつくる処方箋』(小学館)

それは、なにもひとのためではない。僕自身が学ぶため、前へ進んでいくための方法です。物事を肯定的に捉え直す。何が起きても否定しない。感謝する。許す自分でいる。

怒りの感情を覚えたとき、すぐに許すという心境に至るのはむつかしい。

けれども、この怒りは一体何の役に立つのだろうか、と考えてみましょう。

すると、怒りはすっとおさまります。

怒りや苛立ちを態度に表すことで、さらにマイナスな方向に向かったり、問題の解決を遅らせたり、別の新たな問題を生じさせたりする場合だってあります。

学びに対してありがとうと感謝する

自分に起こることや、自分を攻撃すること、傷つけることの数々はみな、自分にとって、いつか必要なときが来る学びである、と考える。

つらい、悲しいと感じることも、違う角度から見れば、それが自分にとっての「学び」や「新しい気づき」なのです。学びをありがとうと思うのです。

自分が怒ってしまうような出来事は、そこにも相手や状況に「よほどの理由」があるはず。いちいちこだわらずに許せるようになりたいものです。

松浦 弥太郎(まつうら・やたろう)
エッセイスト、クリエーティブディレクター
2002年セレクトブック書店の先駆けとなる「COWBOOKS」を中目黒にオープン。2006年から9年間『暮しの手帖』編集長を務め、その後、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。ユニクロの「LifeWear Story 100」責任編集。Dean & Delucaマガジン編集長。他、様々な企業のアドバイザーを務める。著書に『人生を豊かにしてくれる「お金」と「仕事」の育て方』『僕が考える投資について』(ともに祥伝社)、『伝わるちから』『いちからはじめる』(ともに小学館文庫)など多数。

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