1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 澤村伊智が手繰り寄せる、活字に宿る怪異

澤村伊智が手繰り寄せる、活字に宿る怪異

  • 2023.10.27
『ししりばの家』『予言の島』澤村伊智/著

ホラーミステリー

2つの世界の融合が新しい恐怖の扉を開く

謎めいた恐怖を描くホラーと、合理精神に端を発するミステリー。一見水と油のように見える2つのジャンルだが、実は血を分けた兄弟の関係にある。『モルグ街の殺人』でミステリーを創始したポオが、恐怖小説の巨匠であったというのは象徴的な事実だろう。ホラーとミステリーは時に接近し、時に反発しながら、怪奇幻想の歴史を築き上げてきた。

近年我が国では両ジャンルの融合がさらに進み、「ホラーミステリー」と呼ばれる作品群がトレンドとなっている。例えば『緋色の囁き』などでいち早くホラーミステリーに取り組んできた綾辻行人の『Another』は、ホラーとしてもミステリーとしても抜群の完成度を誇る傑作だ。

澤村伊智もミステリーの手法を意識的に取り入れている作家の一人。トリッキーな叙述でラストのどんでん返しを演出するテクニックは、ミステリー読みからも高く評価されている。横溝正史にオマージュを捧げた『予言の島』などはその好例だ。

そんな卓越したミステリーセンスはデビュー作『ぼぎわんが、来る』にもはっきりと表れている。章が変わるごとに事件の見え方が変化するツイストの効いた構成は、ロバート・ブロックの名作『サイコ』を思わせる大胆さ。予定調和を排除した油断のならない展開で、衝撃的なストーリーを生み出している。

象徴的な作品

『ポオ小説全集3』エドガー・アラン・ポオ/著
『ポオ小説全集3』エドガー・アラン・ポオ/著ミステリーの創始者ポオは、『赤死病の仮面』などホラーも数多く残した。論理性と非合理が共存する世界は、ホラーミステリーの源流とも言える。田中西二郎ほか訳。創元推理文庫。
『サイコ』ロバート・ブロック/著
『サイコ』ロバート・ブロック/著不動産屋で働くメアリーは、大金を持って逃走。婚約者と妹が行方を追う。犯罪小説風に幕を開けた物語が二転三転、油断ならない構成は今なお衝撃的。福島正実訳。ハヤカワ文庫NV。
『Another』綾辻行人/著
『Another』綾辻行人/著転校生の榊原恒一はクラスを覆う雰囲気に違和感を覚える。クラスで浮いている女子生徒・見崎鳴の正体とは。ホラーとミステリーが高いレベルで融合した学園小説。上下巻。角川文庫。

澤村伊智の作品

『ぼぎわんが、来る』澤村伊智/著

Information

『ぼぎわんが、来る』

幸せな新婚生活を送っていた秀樹。しかし勤務先に奇妙な客がやってきたのをきっかけに、異変が起こり始める。祖父が恐れていた“ぼぎわん”がやってきたのか。トリッキーな構成と怪異描写に唸る。日本ホラー小説大賞受賞、澤村伊智のデビュー作。角川ホラー文庫。

感染

ウイルスのように拡散する感染系ホラーという悪夢

ホラークイーン・貞子を生み出した鈴木光司の『リング』には、ウイルスのように拡大していく呪いを扱ったホラー──感染系ホラーのパターンを確立したという功績もある。超自然的な災厄が文章や動画などを介して無差別的に広がる感染系ホラーは、『リング』以降、それこそパンデミックのように流行した。呪いの伝播を扱った小松左京の『くだんのはは』のような先例はあるものの、感染系ホラーをメジャーにしたのは、間違いなく『リング』だろう。

このパターンが広く受け入れられたのは、謎解きへの興味やサスペンス性の強さに加え、読者もまた呪いの当事者になるかもしれないという身近な怖さ(“不幸の手紙”に似た怖さといってもいい)があるからだろう。『リング』フォロワーの中にはパターンをなぞっただけの安易な作品もあるが、『のぞきめ』の作者である三津田信三はメディアを介し広がる呪いを繰り返し取り上げ、感染系ホラーの可能性を探究している。

澤村伊智の『ずうのめ人形』は、この流れを強く意識した作品だ。都市伝説の呪いに感染したある登場人物が、『リング』をなぞった行動を取るという展開からもそれは明らか。作者はあえて手の内を明かすことで、「『リング』とは違うことをやってみせる」と宣言しているのだ。受け手と書き手の成熟を感じさせる挑戦だ。

象徴的な作品

「くだんのはは」小松左京/著
「くだんのはは」小松左京/著太平洋戦争の末期、家を失った主人公が間借りしている屋敷には禁忌があった。感染系の元祖的作品と呼べる、傑作短編。角川ホラー文庫『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』所収。
『リング』鈴木光司/著
『リング』鈴木光司/著4人の男女が同日同時刻に死亡した。記者の浅川は、その死が一本のビデオと関わっていることに気づく。感染系の型を確立し、ホラーの歴史を変えた重要な一冊。角川ホラー文庫。
『のぞきめ』三津田信三/著
『のぞきめ』三津田信三/著廃村に立ち入った大学生が恐るべき怪異に見舞われる前半。民俗学者がいわくつきの屋敷に滞在する後半。2つの“手記”を読んだ者にも災いが訪れる、邪悪な長編。角川ホラー文庫。

澤村伊智の作品

『ずうのめ人形』澤村伊智/著

Information

『ずうのめ人形』

オカルト誌スタッフの藤間は、変死したライターの部屋で発見した原稿によって呪われる。拡散する「ずうのめ人形」の呪いから逃れるため、藤間は霊能者・比嘉真琴を頼る。澤村伊智が『リング』パターンに、正面から挑んでみせた野心作。角川ホラー文庫。

幽霊屋敷

最も近くて、怖い場所。進化する幽霊屋敷小説

近年のホラー界における最大のトピックといえば“事故物件”だろう。特に、事故物件住みます芸人・松原タニシや、事故物件サイト・大島てるの人気により、“怖い家”がかつてない注目を浴びている。

が、そもそも物件ホラーは近代ホラー小説の源流となった18世紀のゴシックロマンス以来、脈々と書かれ続けてきたもの。中でも革新的だったのが、スティーヴン・キングが1977年に発表した『シャイニング』だ。

呪われたホテルを舞台としたこの長編は、クラシカルな幽霊屋敷が現代的なテーマ(ここでは家族の危機)を盛るのにふさわしい器であることを世界に示した。以来、各国のホラー作家が独自性のある幽霊屋敷ものを発表。小池真理子『墓地を見おろす家』、加門七海『203号室』が国産作品では代表的だろう。

霊能者姉妹が活躍する人気シリーズ第3作『ししりばの家』において、澤村伊智もこの伝統ある題材を取り上げている。登場するのは関わった人を操り、虜(とりこ)にしていく、砂の積もった一軒家だ。ザリザリという砂の描写は、安部公房の『砂の女』を彷彿とさせるような不快感。ありふれた住宅街に立つ家がなぜ閉ざされた異界になったのかという部分にも工夫が凝らされ、着想の妙が光っている。令和モデルの幽霊屋敷に、ぜひ足を踏み入れてみてほしい。

象徴的な作品

『シャイニング』スティーヴン・キング/著
『シャイニング』スティーヴン・キング/著大型ホテルに管理人として住み込んだ家族。少年ダニーは、ホテル内で怪異を目の当たりにする。映画版が有名だが、原作とはやや結末が異なる。深町眞理子訳。上下巻。文春文庫。
『墓地を見おろす家』小池真理子/著
『墓地を見おろす家』小池真理子/著都内マンションを格安で購入した加納夫婦。幸せな新居には不気味な影が忍び入る。『シャイニング』の衝撃にいち早く応えてみせた、国産幽霊屋敷ものの先駆。角川ホラー文庫。
『203号室』加門七海/著
『203号室』加門七海/著念願の独り暮らしを始めた清美。そのアパートの一室は最初からおかしかった。多くの霊体験を持つことでも知られる著者だけに、怪異の描写が生々しい賃貸物件ホラー。光文社文庫。

澤村伊智の作品

『ししりばの家』澤村伊智/著

Information

『ししりばの家』

笹倉果歩は街で再会した幼馴染みの平岩敏明の家に招かれる。敏明が家族と暮らすその家の中には、なぜか砂が積もっていた。そして聞こえてくる、女の泣き声。ありふれた一軒家を覆う異常。生理的な恐怖たっぷりに描く建物ホラーの新機軸。角川ホラー文庫。

土俗

横溝正史がもたらした衝撃。日本で栄える土俗系ホラー

『ミッドサマー』がヒットし、いわゆるフォークホラーに世界的注目が集まった昨今。我が国でも『犬鳴村』など、土俗テイストの色濃いホラー映画が作られているが、こうした動きの背景を考えるうえで無視できないのは、『獄門島』に代表される横溝正史の金田一耕助ものだ。封建的な価値観の残る村を舞台に、奇怪な連続殺人を描いた金田一シリーズは、日本人の心に“怖い田舎”のイメージを焼き付け、以降小説やコミック、映画、ネット発祥の怪談にまで受け継がれていく。

岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』と三津田信三『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』は、どちらも現代作家によって書かれた土俗ホラーの重要作だ。明治期岡山の山村生まれの女性が味わった地獄を描く『ぼっけえ、きょうてえ』と、横溝ミステリー的世界観を一層おどろおどろしく描いた『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』。方向性こそ異なるものの、両者には横溝の遺伝子が受け継がれている。

澤村伊智の『予言の島』は『獄門島』などを念頭に置いて書かれた土俗ホラーミステリー。予言の舞台となった島の閉鎖的な集落で、相次いで奇怪な事件が起こるという展開はいかにも横溝風だが、読者を挑発するかのような展開が待ち受けている。土俗ホラーカルチャーの存在を前提に書かれた、作者らしい異色作だ。

象徴的な作品

『獄門島』横溝正史/著
『獄門島』横溝正史/著地方の旧家での連続殺人を扱った横溝の金田一シリーズは、“怖い田舎”イメージの形成に影響を与えた。瀬戸内海の島での、美しい3姉妹殺しを描いた本書はその代表。角川文庫。
『ぼっけえ、きょうてえ』岩井志麻子/著
『ぼっけえ、きょうてえ』岩井志麻子/著明治時代、岡山の遊郭で女郎が語った身の上話。近代化から取り残された地方の“地獄”を、岡山の方言を交えて描いた表題作は土俗ホラーの金字塔と言える。角川ホラー文庫。
『厭魅の如き憑くもの』三津田信三/著
『厭魅の如き憑くもの』三津田信三/著怪異に彩られた山深い土地にある村での怪死事件。民俗学者・刀城言耶がその謎を解き明かす長編ミステリー。現代の土俗ホラー人気において、三津田の存在は極めて大きい。講談社文庫。

澤村伊智の作品

『予言の島』澤村伊智/著

Information

『予言の島』

有名霊能者が最後の予言を遺した瀬戸内海の島。そこを訪れた主人公一行は、怨霊を理由に宿から宿泊を断られる。翌朝、メンバーが遺体となって発見され……。“いかにも”な設定に身を乗り出した土俗ホラー好きは、意外な真相に絶句するはず。角川ホラー文庫。

profile

朝宮運河(ライター、書評家)

あさみや・うんが/1977年北海道生まれ。“怪奇幻想ライター”として、ホラーや怪談、幻想文学に関する記事を執筆。『家が呼ぶ』『再生』など、ホラーアンソロジーの編纂(へんさん)も手がける。


X:@Unga_Asamiya

元記事で読む
の記事をもっとみる