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居間にいるのは泥棒かと思ったらクマだった…「人間とクマの陣取り合戦」に敗北し家に鉄格子をはめる日がくる

  • 2023.10.21

2023年、秋田県でクマに襲われた人の被害は10月19日現在、45件52人で前年比約9倍。秋田魁新報社でクマ被害の記事を統括する小松嘉和社会部長は「明らかにクマが人間の生活圏に出てくるようになり、しかもこれまでは入らなかった人家など建物に侵入するようになった。その背景には駆除のマンパワー不足と人口減少などの問題がある」という――。

クマが入ったおりをトラックに載せる警察や猟友会関係者ら=2023年10月5日午前7時半ごろ、秋田県美郷町
クマが入ったおりをトラックに載せる警察や猟友会関係者ら=2023年10月5日午前7時半ごろ、秋田県美郷町
夜中、自分が寝ている部屋の向かいにクマが入ってきた

魔物が跋扈ばっこする時分と恐れられてきた「草木も眠る丑三つ時」、漆黒の闇に紛れてある生き物が民家に現れた。午前2時半すぎ、1階寝室にいた住人の女性が不気味な物音に気づき、目を覚ました。廊下を挟んで向かいにある居間からガタガタ、ゴソゴソ。フガフガと荒い鼻息も聞こえてくる。ただならぬ気配を感じ、恐る恐る忍び寄ってドアを少し開けて中をのぞき込むと、数歩先に真っ黒な塊が……。そこにいたのは泥棒ではなく、体長1メートルほどのクマだった。

8月30日、秋田県潟上市で家人の就寝中にクマが家の中を物色するという侵入盗さながらの事案があった。窓を閉めきっていない場所を見つけて網戸を破って踏み入り、食べ物を探した後、再び網戸から去って行った。女性は居間のドアをそっと閉めて夫と共に2階へ避難し、おびえながらやりすごした。居間の床にはテーブルに置いてあった調味料が落ちていたという。

これまでクマが建物に入り込むことはめったになかった。ところが今年は違う。枚挙にいとまがない。しかも執拗しつようかつ大胆だ。

車庫でクマと鉢合わせし尻を引っかかれたという事件も

秋田名物きりたんぽの本場として知られる大館市では、住宅街の小屋のシャッターがこじ開けられ、保管していた玄米が食い荒らされた。少し離れた場所にある倉庫でも、チェーンを巻いて施錠していたのに鍵が壊されて玄米やもち米が食べられた。「マタギ発祥の地」と言われる北秋田市の民家では、住人の女性が車庫に入った際にクマと鉢合わせし、手にかみつかれて尻を引っかかれた。美郷町では畳店にクマ3頭が入り込み、丸一日とどまった。

ちまたではクマの話題で持ちきりだ。いまや玄関から一歩外へ出るにもクマがいないか警戒しなければならず、かつてない異常事態に直面している。佐竹敬久知事は10月16日に記者会見で「いつでも、どこでも、誰でもクマに遭遇するリスクがある」と警鐘を鳴らしたものの、クマに襲われて負傷する事故は後を絶たず、騒動は当分収まりそうにない。

秋田県によると、県内で発生したクマによる人身被害は10月19日現在、45件52人に上り、記録の残る年度以降で最多を更新し続けている。一昨年の12件12人、昨年の6件6人と比べると、いかに急増したかが分かる。

クマの目撃件数が2000を超えたが実際はもっと多い

秋田県警に寄せられたクマの目撃件数は、今月15日時点で2144件となり、記録の残る2009年以降で初めて2000件を超えた。これでも一部に過ぎない。なぜなら山間部ではクマを見ない日がないほど頻繁に出没するため、多くの地域住民が見慣れてしまい、警察に通報しなくなっているからだ。秋田魁新報の社会面は連日、クマによる人身被害や食害などに関する記事や写真であふれ、多くのスペースを割かざるを得なくなっている。時には丸々1ページが埋まったり、1面トップに据えたりすることだってある。

秋田県内には2020年春時点で4400頭のクマがいると推定されている。本来は山林を生息域とするため、従来はキノコ採りや山菜採りで山に入った人が襲われるケースが多かった。ところがここ数年で状況は一変した。クマの方から人間の暮らすエリアに侵入し、鉢合わせした人を襲うようになったのだ。実際、今年の人身被害の8~9割は山中ではなく人間の生活圏で起きている。

県都・秋田市の住宅密集地にもクマが現れ、市民は震撼

中でも衝撃的だったのは、今月9日に県都の秋田市で発生した事故だ。住宅密集地にクマが現れ、立て続けに4人に飛びかかったのだ。現場は県庁からわずか3キロ。日本海と雄物川と運河に囲まれた島のような地形の中にあり、クマが入り込むには橋を渡るか、川や運河を泳いでくるしかない。地域住民の誰もが「まさかこんな場所で……」と耳を疑い、「クマが出たという情報自体、初めて聞いた」と口をそろえた。

9日午前9時すぎ、自宅の庭でテレビアンテナを修繕していた男性(80)は、一息つこうと椅子に腰かけた。その瞬間、背後から足音もうなり声も発せず突進してきたクマの体当たりを受け、突き飛ばされた。左腕を打撲し、頭をひっかかれて数針縫うけがを負った。ほぼ同じ時間帯、向かいの家に回覧板を届けに行く途中の女性(78)も襲撃された。頭や腕から血を流して倒れ、救助される際、「クマ、クマ」と訴えていたという。他にも散歩中の男性2人が相次いで襲われ、一帯は騒然となった。

「みちのくの小京都」として名をはせる仙北市角館町。黒塀の武家屋敷が連なり、春は桜、秋は紅葉で彩られる。2キロにわたって桜並木が続く桧木内川堤も有名だ。東北を代表するこの観光地にも今月、クマが現れた。しかも日によっては数頭が同時に。人や食料の被害だけでなく、観光までもが打撃を被る事態になってしまった。

木の上に登ったクマ=2023年10月13日午前11時34分、秋田県仙北市角館
木の上に登ったクマ=2023年10月13日午前11時34分、秋田県仙北市角館
クマに遭遇するのは農山村エリアとは限らなくなっている

10日深夜、巡回中の警察官が武家屋敷通りを歩くクマを目撃した。翌11日午後には2頭が桧木内川を泳いで対岸に渡り、郵便局前など町中心部をうろつき回った。13日朝には診療所の敷地内で、体長50センチほどの2頭が高さ30メートル超の木に登り、何時間も上り下りを繰り返した。吹き矢や銃で麻酔を打って眠らせるにも、高い場所にいるので狙うのは困難。しかも周りには住宅やホテルがあるため追い回して捕獲することもできない。暴れず静かに山林へ逃げて行くのを祈り、ただ見守るしかなかった。

町中心部は緊迫した物々しい雰囲気に包まれた。警察が何台ものパトカーで巡回し、「近くにクマがいます。建物の中に入ってください」と連呼。事情をよくのみ込めない観光客はおののくばかり。翌日、工芸品の販売イベントを予定していた団体は急遽、爆竹やホイッスル、クマ撃退スプレーなどを用意し、厳戒態勢を敷いて臨んだ。

北秋田市の中心部では10月19日朝、通学のためバスを待っていた女子高生がクマにかまれるなど計5人が相次いで襲われた。登下校時の児童生徒に被害が及ぶ事態を恐れていたが、ついに現実となってしまった。クマとの遭遇は農山村エリアに限らず、市街地でも常態化しつつある。

秋田魁新報、10月20日付の紙面
秋田魁新報、10月20日付の紙面
記者生活25年で初めての「クマ異常事態」

私は入社以来、大半を社会部で過ごし、長らく環境分野も担当してきたが、25年の記者生活でこれほどの異変に直面したのは初めてだ。秋田県内の山間部で生まれ育ち、山菜採りやイワナ釣りで山に分け入る中でクマを何度も見てきたが、あらかじめ蚊取り線香や鈴などでこちらの存在を知らせれば、相手が先に気づき、そっと姿を消すのが常だった。クマは本来、人間を恐れて会うのを嫌う動物なのだと思う。

ところが近年はすっかり様相が変わってしまった。異常出没の背景には何があるのか。

一つの要因は過疎化、すなわち人口減少ではないかと考えている。人間と野生動物は互いの生息圏を広げるべく、長らく“陣取り合戦”を繰り広げてきた。人間社会はいま、劣勢に立たされているのではないか。

国内全体では明治以降、2004年まで人口増加が続き、森林開発も盛んに進められ、人間側が境界線を押し広げて優勢を保ってきた。一方、秋田県では半世紀ほど早い1956年から減少に転じ、一時持ち直しはしたものの、減少基調をたどっている。過疎化に加え、全国最速ペースで高齢化も進行。山林の手入れが滞り、耕作放棄地が至る所に点在するようになり、かつての田や畑はやぶや雑木で覆われた。クマにとっては陣地に入り込み、生息域を広げる絶好のチャンスが訪れたというわけだ。

人口減少でクマと人間の立場が逆転しつつあるのではないか

それでもこれまでは、一定数を駆除して増えすぎないよう管理してきたため深刻な事態にならずに済んだ。ところが最近は数少ないハンターが高齢となり、有害駆除に使う道具も不足しているため、捕獲が追いつかなくなっている。これが二つ目の要因だ。秋田県は捕獲数の上限を1000~1600頭ほどに設定しているが、過去5年の捕獲数は年間400~600頭台。年を追うごとにクマは増えていき、ついに人間の居住域のすぐ近くにすみ着き、繁殖までするようになった。

三つ目の要因は、クマが人里で食べ物を得るたやすさを覚えてしまったことだ。空き家に行けば収穫されずに放置されたクリやカキがある。畑に行けばトウモロコシ、果樹園に行けばブドウもリンゴもモモもある。大好きな甘い食べ物にいくらでもありつけるため、学習能力の高いクマは人里通いを始めた。そこで生まれた子グマは車の音にも光にも慣れて育つため、人間の生活圏に侵入することに抵抗がなくなってしまったように見える。

農産物が豊富なだけにクマがその味を覚えてしまった

人間は鈴やラジオを鳴らすだけで、攻撃を仕掛けてくる恐ろしい相手でも、手ごわい敵でもない。それを知った「新世代クマ」が陣取り合戦で優位に立ち、街を闊歩かっぽし始めたのではないか。クマの生態などに詳しい山岳ガイドの知人は「近い将来、家に鉄格子を取り付ける日が来るかもしれない」と話す。絵空事のように聞こえるかもしれないが、秋田県では現実味を帯びてきた。

秋田県自然保護課は「例年は出没がなかった住宅地でも、今年は目撃が報告されている。クマは臆病な性格で、人間の存在に気付けば向こうから遭遇を避ける。見通しの悪いやぶの近くや河川敷を歩くときは、鈴やラジオで音を鳴らして、遭遇を未然に防いでほしい」と呼びかけている。だが、このままクマが増え続けた場合、「音を鳴らす人間に近づけば食べ物がある」と学習する可能性も想定しなくてはなるまい。鈴がクマを呼び込むような事態にならないことを願うばかりだ。

災害級のクマ騒動は今年で終わりとは限らない

今年のクマ騒動は災害級といえる。来年以降も繰り返されることだって十分に考えられる。解決策を見いだすのは容易ではないが、人間と野生動物の領域を明確に分けるため、やぶの刈り払いは地道に積み重ねなくてはならない。そして何より、人里周辺で徹底して捕獲し、個体数を管理することが不可欠だ。

街に出るクマを駆除することへの批判もあるが、登下校の児童生徒が危害を加えられる事態を放置するわけにはいかない。生け捕りして山へ放ったとしても、農作物の味を覚えてしまったクマは人里へ再び現れる恐れがある。クマとの遭遇が日常化してしまった地域の実情を理解してもらいたい。

秋田県は始まりに過ぎず、全国で同様の事態になる可能性も

クマ騒動は過疎化が著しい秋田県特有の問題に受け止められるかもしれない。確かに秋田は人口減少が最速で進み、いち早くこの問題と向き合うことになった。だが他の県も過疎化は深刻だ。早晩、同様の事態に対処せざるを得なくなるだろう。

耕作放棄地が増える中、クマをはじめとする野生動物に農作物が食い荒らされ続ければ、農家の離農や日本農業の衰退に拍車がかかる。その意味で、クマを巡る問題は都会に暮らす人たちにとっても他人ごとでは済まされない。どう対処すべきか、国全体に問われている。

小松 嘉和(こまつ・よしかず)
秋田魁新報社社会部長
1998年入社。主に社会部畑を歩み、白神山地などの取材を担当。東京支社編集部長や本社の政治経済部長を経て今年4月から社会部長兼論説委員。著書に、漫画家矢口高雄さんの話を聞き書きした『マンガ万歳』がある。

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