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日常に寄り添う、普段使いの器。ガラス作家・奥平明子さんの工房へ 【コウケンテツのヒトワザ巡り・番外編】

  • 2023.10.24
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『リンネル』本誌で好評連載中の「コウケンテツのヒトワザ巡り」は、料理家のコウケンテツさんが、心引かれた器の作り手とじっくりと対話し、ものづくりへの思いやその道のりを尋ねるもの。第5回では、葉山の工房でガラスの器づくりに取り組む、奥平明子さんの自宅兼工房を訪ねました。誌面に書ききれなかった奥平さんの器づくりについて、さらに詳しくお伝えします。

【奥平明子さん】 2000年、東京ガラス工芸研究所卒業。ガラス工房スタッフを経て制作をスタート。出産・育児で作家活動をしばらく休止したのち、2016年に制作を再開する。2021年、神奈川県葉山町に自宅兼工房を設立 インスタグラム @okudaira_akiko 【コウケンテツさん】 料理研究家。旬の素材を活かした韓国料理をはじめ幅広いレパートリーを気軽に作れるレシピが人気。雑誌をはじめ、テレビ、SNS、YouTubeなど多方面で活躍中。 インスタグラム @kohkentetsu YouTube @kohkentetsukitchen  

後戻りや微調整ができない、ガラスならではの特性がおもしろい

奥平さんの代表作のひとつであるオーバル皿は、吹きガラスならではの揺らぎと透明感が魅力

高温でやわらかく溶けたガラスを巻き取ると、手早く形を整え、息を吹き込む。その工程を何度か繰り返したあと、勢いよく竿を回転させると、瞬く間に美しいオーバル皿の姿が。奥平さんの流れるような一連の動きは、まるで魔法を見ているようです。

「ぱっと形が変わるところが、私の性格に合ってるんだと思います。ものづくりの工程はそれぞれ違いますが、数か月かけてコツコツ形を作って……というのは、私には向いていない。ガラスはふうっと吹いて、膨らんだ空間が器になるところが、私は好きなんです」

いったん作業を始めたら後戻りや微調整ができないのも、ガラスならではの特性。そこが難しさでもあり、おもしろさでもあります。

「後から、ここをもうちょっと長くしたいのにな……というのはできない。作業中も迷えないから、集中できないときはぜんぜんダメです。何度作っても、全部曲がってしまうことも」

いったん形を整えたガラスは再び高温の炉に入れてやわらかくし、また吹いて形を整えて……。その作業が何度も繰り返されます

“思いつき”で、想像もつかなかったガラスの世界へ

奥平さんがガラス作家を目指したのは、大学生の頃。理工学部で学んでいたものの、「これを仕事にしよう」とは思えず、子どもの頃から好きだったものづくりの道に進もうと決めたそう。

「陶芸や木工などものづくりにもいろいろありますが、その中でもいちばん想像がつかなかったガラスをやってみよう、と。本当に思いつきでしたが、大学を辞めてガラスの専門学校へ行くことにしたんです。でも、当時ガラス工芸についてちゃんと調べていたら、やっていなかったかも。ガラスを吹く以外の工程も基本的には力仕事ですし、体力的にきついですから」

遠心力で竿を回転させると、オーバルの形に。最後に竿と切り離し、底を整えて完成します

コウさんが手に持っているのがオーバル皿の完成形。「サラダやフルーツだけでなく、温かい料理も盛りたくなる器ですね」とコウさん

卒業後はレンタル工房のスタッフとして働きながら、ガラス漬けの日々を送っていた奥平さんですが、結婚・出産を機に創作をお休みすることに。

「3人の子どもを育てるうちに、いつかは……と思いつつ、気づけば13年が経っていました。でも、長男が中学生、下の2人が小学生になって少し手が離れたので、やるなら今だ!と思い切って再開することに。しばらくレンタル工房で制作してから、自宅の隣に工房を建てて。今、再開して7年になりました」

息を吹き込むと先端が丸くふくらみ、少しずつ器の形に。「ガラスのやわらかさや工程に合わせて、強さや量を調整しながら空気を入れていきます」

シンプルなデザインに、手作りならではの特別感を加えて

13年のブランクを経て、作るものは以前とはがらりと変わったという奥平さん。

「大きなガラス工房で制作していると、どうしても自分の個性を出したくなるんです。でも私自身が日常で使うなら、少し物足りないくらいのシンプルな器がいい。盛ったときに初めて、器も料理も立ってくるような。ただ、シンプルでよい器は既製品にもたくさんあるので、手作りならではの特別感もちょっと加えたいと思って、ふちをギザギザにしたり、形をオーバルにしています」

奥平さんが手に持っているのは、グレーの粉ガラス。これをガラスが柔らかいうちに表面にまぶすことで、石のような色味に

気負わず、毎日の食卓で使える器を

暮らしにそっと寄り添い、使うたびに嬉しくなるような器を作りたい。そうした思いは、奥平さん自身が家事や育児に忙しい日々を送ってきたからこそ。

「日常に気に入った器があると、そこにトマトを盛っただけでも気持ちが上がりますよね。私もその中のひとつを作れればいいなと思っています。ガラスって繊細なイメージがあるのか、『どうやって使ったらいいのかわからない』『割ってしまいそうで怖い』と言われたこともあるんです。でも、私の器は自分の家でも使うことをイメージして作っているので、薄くは作っていないんですよね。うちでは子どもたちも毎日使っていますから、意外と頑丈だし、温かいものを入れても大丈夫。あくまでも、“普段使い”の器なんです」

自宅の食器棚にも、自身の作ったグラスがずらり。3人の子どもたちもこのグラスで育ったそう

photograph : chihaya kaminokawa text :Hanae Kudo
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