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ライフスタイリスト・大田由香梨さん。光と影のコントラストが美しい、 自然のサイクルとともに生きる家。

  • 2023.10.17

千葉・外房にある築190年の広い日本家屋を引き継ぎ、1年半かけて改修をしたライフスタイリストの大田由香梨さん。仕事のベースとなる東京と行き来をしながら、自然の循環へと身を置き、日々、感動が生まれる暮らしを実現した。

出典 andpremium.jp

日々を丁寧に過ごすことで、 エレガンスが形作られる。

深い軒から光が差し込み、外の明るさと対比するように家の中に濃い影を作り出す。陰影の美しさなど、自然が生み出す美をインテリアとして取り込んだ部屋は、物は少ないながら有機的な動きに満ちている。ライフスタイリストの大田由香梨さんが暮らす千葉の家は、築190年の日本家屋を改修したもの。約2年前に東京と行き来する拠点として手に入れた。立派な長屋門を持ち、竹林も擁する広い庭があり、敷地内にいると、聞こえるのは鳥や虫の声、木々を揺らす風の音だけ、という静けさ。

この家と出合ったタイミングは、もっと自然と向き合う暮らしがしたいと思い始めた時期でもあった。ファッションの世界から、衣食住に関わるスタイリストへ。サステナブルな方向にシフトしていた大田さんにとって、海や大地に近い生活は、必然でもあったのだ。

「この家は不動産情報に古家付き山林として掲載されていた物件。内見した当初はあまりに立派すぎて手に負えないと思い、いったんは諦めたんです。でも、どうしても気になってしまい、思い切って購入を決めました」

その後、縁あって建築家の隈研吾に改修を依頼することになり、様々なアイデアを共有。有形文化財ゆえ躯体は変えていないが、家の中にあった昭和時代の増築部分を取り除き、土間を広げて、閉じられていた北面に向けて大きなガラスの開口部を作った。それにより、風の流れがより鮮明になり、光も入るように。

「この家を改修しているとき、190年前の方々の暮らしが見えてきたり、心が伝わり、語りかけてくるように思えることが多々ありました。それは、私自身がどう生きるかを問われているような感覚。この家は、現代を生きる私に素晴らしい言葉や心を伝えてくれます。同じように私自身も100年後、200年後の方々を感動させられる人間になれるといいな、と思っています。この感覚は、これから先も大切にしたいし、私の核になっていくと感じています」

笑ったり、泣いたり、ケンカしたり、はしゃいだり。ここには確かに生活を営んできた人々がいた。そして、みなが大事に思ってきたからこそ、壊されることなく今も残り、190年後の大田さんの心に糧を与えている。

奥は玄関を入ったところにある畳間。午後になると光が入り、木々の影を部屋の中に落とす。家の照明はかなり少ないので夜は暗いが、そのぶん月や星の明かりを感じられる。
ここでは、近所の人や仲間と一緒に大勢で食卓を囲むことが多い。竈(かまど)もある大きなキッチンでみんなで料理を作ることも。近所の農家からいただいた野菜を中心とした、体に優しい食事をしながら、おしゃべりを弾ませる。
上/奥は玄関を入ったところにある畳間。午後になると光が入り、木々の影を部屋 の中に落とす。家の照明はかなり少ないので夜は暗いが、そのぶん月や星の明かり を感じられる。下/ここでは、近所の人や仲間と一緒に大勢で食卓を囲むことが多 い。竈 かまど もある大きなキッチンでみんなで料理を作ることも。近所の農家からいただ いた野菜を中心とした、体に優しい食事をしながら、おしゃべりを弾ませる。
上/奥は玄関を入ったところにある畳間。午後になると光が入り、木々の影を部屋 の中に落とす。家の照明はかなり少ないので夜は暗いが、そのぶん月や星の明かり を感じられる。下/ここでは、近所の人や仲間と一緒に大勢で食卓を囲むことが多 い。竈 かまど もある大きなキッチンでみんなで料理を作ることも。近所の農家からいただ いた野菜を中心とした、体に優しい食事をしながら、おしゃべりを弾ませる。

その先人の思いを受け継いでいくのは奥ゆかしい行為の一つである。改修にあたってもまるっきり新しくするのではなく、もともとあった柱や梁をそのまま残し、庭の松葉や樹皮を漉き込んだ和紙を製作してもらい壁に張るなど、家の記憶を残しながら紡いでいった。我を優先するのではなく、かつての人々と対話をし、尊重することで、このしつらえが出来上がったのだ。

エレガンスとはそういう日々の積み重ねから生まれるものだと、大田さんは考えている。

「暮らしや思考や言葉が、ふとしたときに溢れる。意識せずともそのような空気を醸すことのできる人に、いつかなりたいです」

また、東京と比べ、ここでは自然のリズムがそのまま生活になっている。

「季節や天候で過ごし方が変化します。晴れた日は早めに起床して海岸に朝日を見に行きます。夏は早朝に庭仕事をして、昼は室内でゆっくりと。西側へ日が傾き影ができると、また庭仕事の再開。日暮れとともに一日は終わりを迎え、食事やお風呂をすませたら早々に就寝します。食事は、さっきまで大地と繋がっていた野菜や海を泳いでいた魚をいただく。それができるのはこの土地の持つ風土のおかげです。解像度がとても高く、刻々と変化していく影や月明かり、植物の成長や鳥や虫たちの声に一つ一つ感動します。一方、東京の住まいは暮らしに対しての時間が簡素化されています。だからこそ、他者への配慮や仕事に集中ができる。両極のバランスが幅となり、私自身の中庸が定まってきていると感じます」

大田さんがこの建物の魅力を言葉にするなら「景観十年、風景百年、風土千年」だと言う。

「家と風景、風土が重なっている。ここに来ると、その豊かさをしみじみ感じます」

家や風土と同じく、暮らしも一朝一夕で出来上がるものではない。今の自分にとって何が大切で、どういう日々を送り、どういう未来を思い描くのか。その思考の繰り返しが、揺るぎないエレガンスを形作っていく。

庭にある大王松の葉を漉き込んだ和紙を富山の蛭谷和紙(びるだんわし)職人に作ってもらい、襖や壁に張った。他にも自分たちで作った竹炭を混ぜて漉いた和紙や、庭の槇やシュロの樹皮を漉き込んだ和紙を張った部屋も。
東京も含めて10年以上、家でのお香は〈松栄堂〉の白川をたいている。「この香りを嗅ぐと戻ってきたとほっとします」
敷地内にある竹林。ここの竹を使って炭を作ったり、春はタケノコ掘りをしたりなど、重宝している。
友人らと一緒に造っている自家製味噌。
右手前が大王松。立派な瓦屋根を持つ、有形文化財にもなっている平屋建て。庭に面した南と、北にも大きな開口部を作ったため、風が気持ちよく抜ける。
土間のキッチン。業務用の厨房機器を入れ、竈も新しく作った。竈に火を入れて煙を出すことで、防虫防カビ効果が生まれ、家が清潔に保たれる。
明治7 年に描かれた、この家の家相図。この頃からつくりはほぼ変わっていない。昔の名主の家だったので、大勢が暮らしていた痕跡が残る。
洗面台を支える脚には、北側の床下で朽ちかけていた地引丸太を切断して活用。もともとこの家にあったものや地元の材を使って改修を進めた。

PROFILE
Yukari Ota
1981年生まれ。ファッションスタイリストを経て、2009年より衣食住のスタイリングを行うライフスタイリストとして活動。ヴィーガンレストランのプロデュースやオフィスや店舗のデザインなどで、サステナブルな視点を提案。

この記事は、『アンドプレミアム』NO.119「エレガンス、であること。」に掲載されたものです。

 

photo : Koji Honda edit & text : Wakako Miyake

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