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もしジャニー喜多川氏を精神科に連れて行っていたら…「小児性愛障害」の犯罪者は治療で改善するのか

  • 2023.10.14
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ジャニーズ事務所が調査委託した再発防止特別チームは、ジャニー喜多川氏が「性嗜好異常(パラフィリア)」だったと報告した。性的問題行動に詳しい熊本大学の高岸幸弘さんは「性嗜好異常で加害してしまう人は精神疾患である可能性もあるが、精神科でも根本的な治療はできない。ただ、認知行動療法で犯罪を起こさないようには働きかけられる」という――。

ジャニー氏の嗜好は小児性愛(ペドフィリア)か

そもそも「性嗜好異常(パラフィリア)」とは、パラ=逸脱した、フィリア=性的や性愛、つまり限度をこえた性に対する嗜好しこう性を持つ人を総称した概念です。

小児性愛(ペドフィリア)は、性嗜好異常(パラフィリア)のひとつで、小学生以下の子供たちを対象にした性愛性を指します。また思春期前期(11歳から14歳)の子供を対象にした性愛性をヘベフィリア、思春期後期(15歳から19歳)の子供を対象にした性愛性をエフェボフィリアともいいます。

「調査報告書」によると、ジャニー喜多川氏(ジャニー氏)は8歳の子供から、多くは13~15歳の思春期の子供に危害を加えていますから、ペドフィリア、またはヘベフィリアに該当する人物であろうといえるでしょう。

私が初めてこのニュースを知ったときは、とても衝撃を受けました。加害行為を行う小児性愛障害を抱える人は現実に存在しますし、男児を含む子供の性被害も残念ながら毎年少なからぬ件数で起きています。また、そういった事件の経緯や発生率などの研究もありますが、この規模はやはり前代未聞でしょう。被害人数の多さゆえに、特殊さを感じました。

通常グルーミング(子供をわいせつ目的で懐柔する行為)とは、一人の大人が一人の子供を手なずけてやっていく。つまり二者の関係ですが、今回の事件の場合、個人レベルでなく、組織レベルでグルーミングを成立させていた。二者関係のグルーミングを芸能事務所という組織が実質的に運営していた点で、かなり特殊な状況を作り上げていたなという印象を受けました。海外に目を向けても、これほどの大組織で行われた事件は、まずないでしょうね。

【図表1】小児性愛とその対象年齢
メリー氏がジャニー氏を病院に連れて行っていたら……

なぜ、これほどの事件が起こってしまったのか。報告書には、ジャニー氏の姉のメリー氏は「ジャニー氏は病気だから」と言っていたと記載されています。ならばメリー氏がジャニー氏を病院に連れていき、治療をするべきではなかったのかという意見もあります。おそらく異常な性嗜好を治せということなのでしょう。しかし、性嗜好を変えようとすることは精神医学の治療が目指すものではないのです。ですから治療法があるとかないとかいう話でもありません。

特に性嗜好異常は、そもそも病理やメカニズムが解明されていませんし、性嗜好とは何かを考えると、「病的な性的嗜好」というものはないのです。それでも他者に害悪を与えうる性嗜好というものはありますので、それを仮に病的だと認定しても、その人の性格や価値観として根付いているものを「治せる」のかというと、それも疑問です。そもそも性嗜好異常は、本質的に生涯続く状態です。

問題を発生させない「予防的な治療」とは?

それではどうしようもないのか、放っておくしかないのか、というと、そういうわけでもありません。

自分の性嗜好ゆえに逸脱行動を働いたり行動を抑えたりすることに、本人が困っている、苦痛を感じている、生きづらさを感じているのであれば、そこには診断基準に基づいた診断名がありますし、「性嗜好異常(パラフィリア)ではあるけれど加害行為を抑制する」ことにアプローチする治療法があるのです。

つまり心身医学で用いられるような根本治療を目指すものではないけれど、問題を発生させないことを目指す「予防的な治療法(あるいは行動のコントロールを目指した介入法)」はあるということです。

手を伸ばす男
※写真はイメージです
再犯防止プログラムにも活用中の「認知行動療法」

予防的な治療法とは、いったいどういうものなのでしょうか。最も活用されているのが「認知行動療法」です。

認知行動療法とは、まずい結果につながりうる考え方や行動などを特定し、その認知や行動を修正したり避けたりする方法を考える、あるいはその方法を実行するためのソーシャルスキルをトレーニングするものです。性犯罪者の再犯防止プログラムにも用いられています。

とても単純化した例を挙げますと、たとえばイライラしているときに、インターネットでポルノ動画を見てムラムラする。スッキリしないまま混雑した電車に乗って女性を見つけて触ってしまう。ある性犯罪者にそういったパターンがあるとします。その場合はまず、どのような状況でイライラしてしまうのか分析することから始めます。

仕事がうまくいかなかったとか、同僚や上司に適切に相談ができなかったのならば、「人に相談するやり方を考えてみる」という方法もあるでしょう。イライラしたあとの対処法として、ポルノ動画を見るのが引き金となった可能性があるのなら、別のことをやってみるのも一つの方法です。スポーツやカラオケ、料理など、社会的に認められる対処法の中から自分に合うかどうかトライしてみるというやり方もあります。

いずれも自分の持つまずい行動パターンを特定したうえで、リスキーな場面を明確にし、それをどう回避するか、あるいはどう対処するかという練習をするというやり方です。

このときに常識的な考えからすると、加害者が被害者の苦しみを想像することができ、反省や後悔を促せば、次は同じことをしないだろうというイメージがあるかもしれません。つまり、「相手の気持ちを考えてみよう」と、加害者の共感性に訴えかける考え方です。

「被害者の気持ちを考えてみよう」と言っても効果がない?

しかし実は、性犯罪者に対して、被害者への共感を強化するように、「被害者がどれだけ苦しいか考えてみましょう」働きかけるのは、効果的ではないという研究エビデンスも複数あります。つまり性犯罪というのは、他者に対する共感だけで統制できる行動ではないということです。

性犯罪行為の背景にはさまざまな要因があります。そのため、性犯罪を性欲の高まりによって起こしてしまうものと理解するのは単純すぎる間違った捉え方ですが、それでも、食欲や睡眠欲といった根幹の衝動が理性だけでコントロールすることが困難な状況があるように、性欲が一定の役割を果たしているケースもあるでしょう。要するに「被害者が悲しむから、やらない」という共感的な考えだけでコントロールする・できるものではない行動ということなのです。

ベンチに座っている悲しそうな男性
※写真はイメージです
「反省なき更生」をスローガンにするべきだという議論

その点において、性犯罪の再犯防止プログラムにおいては「反省なき更生」をスローガンにするべきではないかという議論もあります。「悪かった、もうしません」と反省の言葉と態度を示しながら、また加害してしまうよりも、反省すること、させることに多くの時間やエネルギーを割くのではなく、二度とやらないための具体的な方法を考えたほうがいい。そのためには行動コントロールができるようになることを第一とし、そのための介入をするべきではないかという考え方です。

もちろんこの考え方は倫理上の議論があるところかもしれませんが、性犯罪者は人権について深い理解を求める働きかけより、どうすれば犯罪行為をせずにすむかを考えていく方が再犯防止には効果的であることも多いのは事実ですし、そのために「犯罪を起こしたら、自分の人生はまずいことになる」と利己的に認知していくことも、行動のコントロールには役に立つこともあるわけです。性犯罪や性犯罪者に対する一般感情からは納得のいかない考え方ではあるでしょうけど。

欧米ではどんな薬が治療に使われているのか

この予防的なアプローチの治療において、薬を用いるのか。これもよく聞かれますが、日本の現在の法制度の下では、パラフィリアの治療や性犯罪行為の抑止を目的とした薬の処方はできません。

一方、カナダやアメリカ、イギリスなど海外では既に実施されているところもあります。使用される代表的なものはSSRIという抗うつ薬です。SSRIの効果がみられないようなより深刻な場合は、抗うつ薬にプラスし、MPA(メドロキシプロゲステロン酢酸エステル)やCPA(酢酸シプロテロン)といったホルモン薬剤を、最重度のパラフィリアの人には、さらに黄体ホルモン放出作用剤(LHRHアゴニスト)が投与されます。

ただし治療に薬を使う国においても、使用する薬剤はばらつきがありますし、薬を使うべきか、使うべきではないか、有効性や副作用に関する見方など、いまなお専門家の意見はまとまっているわけではありません。さらに、薬物療法単体でこの問題の解決を目指す医療機関や施設はなく、どの施設においても認知行動療法など、その人の考え方や行動にアプローチする介入と併用して実施されています。

日本で薬物療法が始まっていない理由

そもそも日本で薬物療法が導入されていないのは、解決していない課題がいくつもあるからです。一つは薬物療法を行うことの有効性の評価が難しいということでしょう。薬物が性犯罪行為という行動に対する効果が十分にあるといえるかというと、研究エビデンスでも、専門の実践者の意見にもばらつきがあります。研究によって結果がばらついていて、薬が処方されている国でも議論がまだ残っているものを積極的に承認することはないのではないでしょうか。

また、パラフィリアや性犯罪行為に対する薬物療法の妥当性が十分に担保されていないという面もあります。薬には副作用もありますし侵襲性のあるものです。副作用や侵襲性を超える利益があるということを、医療だけでなく刑事司法制度の面からも保証できるのかというと、簡単には答えは出せません。当然倫理的な問題も生じます。

そういった課題を抱えている現状から、今の日本では薬物療法が導入されていないと考えられます。

ジャニー氏は本人が困っていない状態だったのでは

話をジャニー氏に戻しましょう。前述のとおり、性嗜好異常の治療は、本人がさまざまな意味で困っていることから始まります。しかしジャニー氏の場合は、事務所の人たちをはじめ、誰からも責められることはなかったでしょうから、本人は困っていなかった可能性はかなり高いのではないでしょうか。自分の性嗜好性について苦痛も生きづらさも感じていないという状態だった可能性があるわけです。

もしそうだとすれば、そこに治療を受けようというモチベーションは起きませんし、もちろん日本では法制度上、処方可能な薬もありませんから、仮にメリー氏が治療させようと考えたところで、どうしようもなかったでしょう。

性加害をさせないためには、少年たちをジャニー氏のいる場所に泊まらせないなど、物理的に性加害ができない状況にすることくらいしかなかったのではないかと思います。

構成=池田純子

高岸 幸弘(たかぎし・ゆきひろ)
熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授
1997年熊本大学教育学部卒業、1999年熊本大学大学院教育学研究科(心理学)修了。その後精神科病院勤務を経て,2001年より情緒障害児短期治療施設セラピストを務める。2011年熊本大学大学院医学教育部臨床行動科学分野博士課程単位取得退学。2012年4月より関西国際大学人間科学部人間心理学科講師を経て、現在に至る。医学博士。臨床心理士。

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