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“共感”のその先へ。歌人・伊藤紺がじっくり向き合った、展覧会『あ、共感とかじゃなくて。』

  • 2023.10.11
歌人・伊藤紺
渡辺篤(アイムヒア プロジェクト)《Your Moon》2021年

“シンパシーの時代”に、共感を脇に置いて考えてみる

5人の作家による合同展で一つ一つ見て回るとあっという間に時間が過ぎていきますね。気づけば2時間経ってた。いわゆる“あるある”な共感ができない時、作品とどう向き合うか。展示に行き慣れていない人に共感以外の鑑賞体験をくれる展覧会とも言えます。

有川滋男さんの作品たちは、実際には存在しない仕事風景の映像作品なのですが、いわゆる共感は皆無でした。でも逆に「なんなんだろう」って気持ちがどんどん湧いてくる。こういう時、私の場合は「信用できる友達」と話したくなる。「わからない」作品は、切実で面白い対話のきっかけを与えてくれるんですよね。

武田力さんの《朽木古屋六斎念仏踊り継承プロジェクト》は滋賀に実在する民俗芸能を次世代に伝える様子を捉えたドキュメンタリー映像。初めて見たその踊りが私の中に種として落ちてきたのを感じました。大学生の頃、教授が言っていた「人は一度見たものを決して忘れない」という言葉が好きでそれを信じているので、こうして全くの未知に触れると、新しい種をもらったようで嬉しいです。

特別感銘を受けたのが渡辺篤(アイムヒア プロジェクト)さんの《Your Moon》。各地の引きこもりの方やコロナ禍で孤独を感じる人たちが撮影した月を並べた作品です。写真を一斉に見ていたら、不思議な気持ちになりました。

実際、多くの人が一人で月を眺める経験をしたことがあるはず。きれいだなとか、嬉しいなとか、さみしいなとか、置かれた状況やその時の気分に沿った感情を感じながら。みなそれぞれに抱える思いがある、ということが改めて「救い」のように感じました。

言語化すると、至って普通のことに思われるけれど、作品を見ると、生の感情としてそう思う。言葉ってとても便利だけど、心に比べたら不完全なものですね。

歌人・伊藤紺
渡辺篤(アイムヒア プロジェクト)《Your Moon》2021年

共感のその先へ

歌人の穂村弘さんが以前から、表現にはシンパシーとワンダーがあるけれど、今は圧倒的にシンパシーの時代だと言っていて。つまり未知なる驚きよりも“あるある”な共感の方が歓迎されているということですね。

私も短歌を作る時に、「この言葉ではダメ」と何度も書き直しますが、それは単に共感してもらうため、「伝える」ためにしているわけではなくて、私の中で言いたいことを突き詰めているんです。そうして生まれたものには、たとえわからなくても、それだけで終わらない深さが備わると思っています。

共感しにくいものを面白がるのは難しいかもしれない。でも、興味が湧かない理由を探れば新しい視点を得られる。この展覧会を経て、改めて気づかされました。

5人の参加アーティストとその作品

中島伽耶子 《we are talking through the yellow wall》ほか
壁や境界線をモチーフに作品を制作。壁の向こう側にはこちらを照らすライトのスイッチが。
武田力 《教科書カフェ》ほか
演出家で、民俗芸能のアーキビストでもある。軽トラ内には寄贈された教科書がずらり。手に取って読むこともできる。
渡辺篤(アイムヒア プロジェクト) 《Your Moon》ほか
元ひきこもりで、当事者をケアする活動家でもある。当事者と協働で制作するものは「アイムヒア プロジェクト」名義に。
山本麻紀子 《巨人の歯》ほか
京都を拠点にするアーティスト。空間は山本さんのアトリエ兼自宅をイメージ。10年以上リサーチを続ける「巨人」の歯も。
有川滋男 《ゴールドタウン》ほか
映像作家。展示会のブースのようなスポットで、砂丘を掘り液体を注ぐ人をはじめ架空の仕事の様子を捉えた5作品。

Information

『あ、共感とかじゃなくて。』

5人のアーティストが制作した、見知らぬ誰かを想起させる作品が並ぶ。展覧会公式図録(1,400円)には、各作品の紹介を収録。東京・清澄白河の東京都現代美術館で11月5日まで開催中。
開館時間:10時〜18時(最終入場は閉館30分前)
休:月曜休(10月9日は開館、翌10日休)
HP:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/empathy/

profile

伊藤 紺

いとう・こん/1993年生まれ。歌人。歌集に『肌に流れる透明な気持ち』『満ちる腕』(共に短歌研究社)、『hologram』(CPCenter)。共著に『現代短歌パスポート シュガーしらしら号』(書肆侃侃房)など。写真内の文字は展覧会鑑賞後に伊藤さんが書いた言葉。展示の最後には一般の鑑賞者が書いたものも一望できる。

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