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健康の秘訣は「自分の仕事を好き」でいること?

  • 2023.10.9
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心身共に健やかな毎日を過ごすには、“ワーク・エンゲージメント” が高いこと、が重要だそう。イギリス版ウィメンズヘルスから詳しく見ていこう。

28歳のジェマ・サンダース*は会社で泣くことに慣れていた。でも、通勤中に涙がこみ上げてくるのを感じた瞬間、これは絶対おかしいと思った。不安の原因は仕事量というよりむしろ身動きが取れない感覚。広報の仕事は4年目になるけれど、この9カ月はどん詰まり。昇進の兆しが見えず、やりがいを感じなくなっていた。

「あの頃の私は精神的に追い詰められて身動きが取れず、不安で、やる気が出ませんでした」と語るジェマ。モチベーションが下がるにつれて、仕事に対する不満が自尊心にまで影響を与え始めた。「自意識過剰になってきて、自分の体に自信も持てなくなりました」

自分の外見を変えたいとう気持ちからジェマが極端なダイエットに手を出すと、周囲の友達は彼女のメンタルヘルスを心配し、転職を促した。

仕事で辛い思いをすることには慣れている。しかし、仕事量も労働時間もストレスも度を超えればイヤになり、夜中の2時にグーグルで“バーンアウトの症状”を調べる羽目になってしまう。でも、ジェマのようなケースにはバーンアウト以外の何か―ワーク・エンゲージメント―が絡んでいる。

“ワーク・エンゲージメント”は、仕事に対する満足度という“ソフト”な指標から、科学的に裏付けされたウェルネス分野のコンセプトに変わりつつある。毎年世界160か国で最大規模の従業員エンゲージメント調査を行う米世論調査会社ギャラップによると、ワーク・エンゲージメントは「仕事と組織に対して強い愛着と熱意を持っている状態」。

エンゲージしている従業員には貢献・学習・成長の機会と帰属感がある。そして、エンゲージしている従業員は自分の仕事に没頭し、周囲の同僚とよい影響を与え合い、クリエイティブな雰囲気を楽しんでいる。そうでなければ直属の上司に幻滅し、無関心になる一方。会社に愛着を感じなくなり、仕事に対する不満が溜まり、その不満が恨みつらみに発展していく。

エンゲージメント不足の影響

2022年6月に発表されたギャラップ社の世界職場環境調査の結果によると、英国のワーク・エンゲージメントはわずか9%で、世界的に見ても底辺に近い(しかも、これは景気後退前の数字)。

職場におけるモチベーションや充実感の不足は、生産性の低下、静かな退職(Quiet Quitting)、上司への反感ばかりか、心と体の健康に影響する生理学的な反応も引き起こす。最新の調査によって、エンゲージメント不足は栄養管理やセルフケアに関する判断も鈍らせることが分かった。まさにジェマのケースと言える。

女性の健康に関する学術誌『BMC Women’s Health』に掲載された2021年の論文は、ワーク・エンゲージメントと摂食障害の関係性を初めて調べた調査の結果をまとめたもの。26~36歳の女性701名が参加したこの調査では、摂食障害のグループのワーク・エンゲージメントが健康的な食生活を送っているグループに比べて著しく低かった。

この調査を率いたイェブレ大学(スウェーデン)の医学講師で公認管理栄養士のミカエラ・ウィルマー博士によると、ワーク・エンゲージメントの低下が摂食障害を引き起こすかどうかは分からない。でも、これ以前の研究結果は、ワーク・エンゲージメントの低下と摂食障害が双方向の関係にある可能性を示している。

米シンシナティ大学の調査でも、仕事で大きなストレスを感じている看護師は摂食障害のリスクが高かった。「問題のある職場環境が既存の摂食障害を悪化させることも十分に考えられます」とウィルマー博士は補足する。

著書に『Your Mental Health Workout』を持つ心理療法士のゾーイ・アストンによると、ワーク・エンゲージメントが低い場合は、食べ物そのものというよりも自分の仕事、能力、自身に対する気持ちが問題になる。「私たちは自分が抑えつけている気持ちを紛らわせたり、仕事で得られない満足感を補ったりするために食べ物を使います」

37歳のソフィー・スミス*もその1人。自分は広報という人が憧れるような仕事をしていると頭では分かっていても、彼女自身は言いようのない行き詰まりを感じていた。「何年も進歩せず、自分がその仕事に合っているとも思わずに過ごしていたので、自分に自信が持てなくなってしまいました」

「パターン化された仕事に飽き飽きしている一方で、楽しそうなことに挑戦するだけのモチベーションもありません。その嫌な気分を紛らわすために食べてしまう状態です。何も考えずに大食いしては食事制限をする、の繰り返しです」。アストンも、仕事で満たされない感覚を溜め込むと、それが不安やパニック、うつ病や摂食障害を引き起こすことがあると言う。

ワーク・エンゲージメントと脳の関係

研究者たちは、その理由を脳に求めた。意外かもしれないけれど、私たちの脳にとって退屈な仕事や恩知らずの経営陣は、長時間労働に匹敵する敵。神経科学ベースのコンサルティング会社NeuroLeadership Instituteの共同創設者デイヴィッド・ロックと神経科学教授のイーユァン・タン博士は、数年に及ぶ研究の末、従業員がエンゲージしているときは脳の報酬系が活発になり、エンゲージしていないときは脳の報酬系が不活発になることを突き止めた。

仕事が楽しくて、もっとよい結果を出すための方法を探したりしていると、ドーパミンが分泌される。同僚から「あなたのおかげ」と感謝されると、セロトニンが分泌される。

そして、自分が評価されているという感覚に浸っていると、オキシトシンが分泌される。「この3つの脳内化学物質は、どれも前頭前野(脳の思考領域)の活動を活発にします」と説明するのは、神経科学の原則を企業向け従業員エンゲージメント・コーチングに応用するメリッサ・ヒューズ博士。「前頭前野は計画、問題解決、意思決定、創造力、(食べ物の話に戻って)衝動の抑制をつかさどります」

でも、私たちがスランプに陥ると、脳はドーパミン、セロトニン、オキシトシンの産生を直ちに停止。すると、扁桃体を中心とした恐怖系回路の活動が活発になり、脳のリソースを大量に消費して注意力を低下させ、神経系がコルチゾールを分泌する。

ロックとタン博士は、スランプがデフォルトになって前頭前野(衝動を抑制する領域)の活動が低下すると、従業員の行動が変わることも突き止めた。そもそも変化は耐え難く、アイディアは尽きており、プレッシャーの下で平静を保つのも大変なので、反復的なタスクを好むようになるというのだ(だからソフィーは、どん詰まりを感じながらも新しいタスクに飛びつけなかった)。その結果、同僚に距離を置かれることもある。

これは脳がサバイバルモード(とりあえず生き延びられればいいモード)に入っている状態。このモードは、ストレスだけでなく、専門家が言うところの“回避反応”を引き起こす物事(例:悲しみ、不安、心がさまよっている状態)によってもオンになる。しかも、やる気のなさには伝染力があるから厄介。

「他者が苦しんでいるのを見ると、その人も同じように苦しくなります」とヒューズ博士。「職場の人は、神経レベルであなたの自意識と複雑に絡み合っているため、彼らの不安や恐怖はあなたのものに、あなたの不安や恐怖は彼らのものになります」

そう考えると、ワーク・エンゲージメントがかつてないほど低下しているのも納得がいく。2022年はコロナ禍の恐怖、リモートワークに伴う混乱、景気後退による経済的な不安感が全部一緒に来たわけだから。

ワーク・エンゲージメントの現状

仕事におけるエンゲージメントは、恋愛におけるエンゲージメント(婚約)同様の安心感をくれるもの。実際、ワーク・エンゲージメントと健康およびパフォーマンスの指標は“正の相関関係”にある。

エンゲージしている従業員は病欠が少なく、より革新的かつクリエイティブで生産性が高いため、企業の利益に直結する。また、脳がエンゲージされているということは、気分の落ち込みや不安が少なく、よく眠れるということになる。

でも、従業員のエンゲージメントには、当然ながら組織のサポートが必要になる。アストンいわく組織にとって重要なのは、モチベーションと充足感を高めるような施策を導入して、従業員が大切にされていると感じ、より満足できるようにすること。昨今のビジネス界では“職場のウェルビーイング”がキャッチフレーズになっているけれど、思いやりのKPI(重要業績評価指標)を実際にクリアしている企業は一体どれだけあるだろう?

2022年12月、グローバルHR企業Reward Gatewayが委託した従業員エンゲージメントに関する報告書では、雇用主と従業員の認識に重大な乖離が見られた。雇用主の大半は自分たちが従業員エンゲージメントに長けていると答えたのに対し、雇用主から受けるウェルビーイングサポートが「よい」または「素晴らしい」と答えた従業員は少数だったのだ。

しかも、職場のウェルビーイングを向上させる要素として従業員が一番に挙げたのは、昇給でも仕事量の削減でもない。従業員の72%は「自分たちの努力に対する感謝の気持ち」を求めていた。

職場で労われることはなかったものの、ソフィーは人事と話し合い、部署の移動を取り付けた。その移動をきっかけに彼女は前向きな気持ちを取り戻す。「いまのチームは理解力があり、社員の育成に力を入れているので、新しい環境を楽観的に捉えています」

でも、大半の人はソフィーほどラッキーじゃない。英Business In The Communityの報告書によると、従業員の半数は、直属の上司や人事部と自分のメンタルヘルスに関する話をすることに抵抗を感じている。

それもそのはず、うつや不安といったメンタルヘルスの問題を打ち明けた従業員の12%は否定的な扱い(解雇、強制退去、降格など)を受け、約半数は何の変化も見ることがない。

チームよりまずは自分のために

ジェマの場合はエンゲージできない理由が直属の上司にあったので、仕事を辞めるしかなさそうだった。「通勤中に泣きながら、これ以上こんな気持ちでいられないと思いました」

その後、思い切って金融業界に飛び込むと、そこには刺激的な環境と成長の可能性があった。新しい仕事にエンゲージできたことで、メンタルヘルスの状態も改善した。「いまは自分の人生を自分でコントロールできている気がします。そのおかげで、自分の体に対するネガティブな考えもだいぶ消えました」

もちろん、みんながみんな転職をする余裕があるわけじゃない。でも、従業員のメンタルヘルスをサポートするためのセミナーを実施する団体Employees MatterおよびThis Can Happenを創設したゾーイ・シンクレアによれば、仕事を変えずに自分の力を取り戻すことも可能。

「大量離職時代の到来で、従業員の力は大きくなっています。雇用契約は双方向のものであるという認識も高まってきています。これを機に上司や人事部と自分の役割に関する交渉をして、自分に合う仕事と合わない仕事を見極めるのもいいでしょう」

ロックはワーク・エンゲージメントに影響を与える5つのエリアを特定し、それぞれの頭文字をとってSCARFモデルと呼んでいる。

1.Status(ステータス)-自分の行動に対してポジティブなフィードバックがもらえる。あるいは、問題が起きたときに自分の意見を求められる。

2.Certainty(確実性)-明確な目標があり、あやふやなコミュニケーションで脳を脅かしていない。

3.Autonomy(自主性)-信頼されているがゆえに仕事を任せてもらえている。

4.Relatedness(関係性)-自分のチームや上司と真の人間関係を築いており、その人たちを恐れる代わりに信頼している。

5.Fairness(公平性)-えこひいきがなく、誰もが平等に扱われ、必要とされている。

このどれかが欠けているなら、おそらくそれが行き詰まりの原因であり、あなたがエンゲージされない理由。職場におけるメンタルヘルスの問題を後回しにしても仕事や上司に対する幻滅感は消えないので、その原因を特定するのは前向きな一歩と言える。

「私たちは仕事が人生に及ぼす影響をもっと意識するべきです」とアストン。「何らかの行動(摂食障害的な行動など)で感情を抑え込んでも、結局は家でイライラしたり、友達から孤立したり、涙もろくなったりするものです。アルコール依存症やエクササイズ中毒、人間関係の問題に発展することもあります」

景気の先行きが不安なときに仕事を変えるのは難しいかもしれないけれど、仕事に対するモチベーションが下がった理由を探し、もう一度やる気を出すために少しずつ動いてみるのは、決して無駄なことじゃない。もちろん、自分が本当に愛せる仕事を見つけるのは難しい。でも、仕事にエンゲージすることでいまよりもっと健康になりたいのなら、勇気を出してみることも必要。

*登場人物の名前は仮名です。

ワーク・エンゲージメントの4原則

神経科学で従業員エンゲージメントを向上させる方法をヒューズ博士が教えてくれた。

1.ゴルディロックスの仕事を探す

ゴルディロックスの仕事とは、難しすぎることも簡単すぎることもない仕事(英国の童話『3匹のくま』に登場する少女のゴルディロックスが熱くも冷たくもない適温のスープを飲んだことから)。人間のモチベーションがもっとも高くなるのは、現在の能力ギリギリのタスクに取り組んでいるとき。難しすぎればイライラするし、簡単すぎれば飽きてしまう。

2.仕事を自分好みにする

自分の仕事の中で一番好きな部分、あるいは一番楽しめる“であろう”部分を考えて、そこにフォーカスすることが自分の成長と貢献につながるというプレゼンを上司にしてみるといい。大抵の上司は、このような取り組みや熱意を会社の“資産”として見てくれる。

3.毎日ヘルシーな目標を立てる

脳は勝つことが大好きなので、目標を立てて達成するとドーパミンが分泌される。健康的な行いや運動を1日の目標に加えてみよう。オフィスの周りを歩いたり同僚と話したりするだけで、考え方や心の状態が大きく変わる。

4.1日1個、好きなところを見つける

脳には、ネガティブなことをいつまでも考える癖がある。それをポジティブなことで上書きするため、自分の仕事の好きなところをポストイットやジャーナルに書いて、毎日更新していこう。

※この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: Amy Abrahams And Gemma Askham Translation: Ai Igamoto

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