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青春映画の名匠・岩井俊二が考える、恋のカタチ。

  • 2023.10.8

世代問わず共感されるラブストーリーの名匠、岩井俊二。時代とともに変わりゆく恋愛を彼はどう捉えているのだろうか。

Shunji Iwai/1963年、宮城県仙台市生まれ。映画監督、脚本家、小説家、音楽家として活動。主な映画作品には、『スワロウテイル』(96年)、『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)など。

日本のみならずアジアでも大ヒットした劇場用長編デビュー作『Love Letter』(1995年)を筆頭に、その時代ごとに若者たちの心を捉えてきた岩井俊二。ベテランの域に達した今日も、青春映画の名匠としての鮮度は変わらない。

最新作の『キリエのうた』は、歌うことでしか声を出すことができない路上ミュージシャンのキリエの歌によって繋がる男と女の軌跡を描く珠玉の青春映画だ。

「舞台となる石巻は、僕にとってはものすごくなじみのある土地。というのも学生時代に一緒に映画を作っていた友人が石巻出身で、医者の倅で、仙台に越境して高校に通っていて、優雅にマンション暮らしをしていた。夏彦のためにこのプロフィールを使いたい放題使いました。夏彦の恋は段階を経たものではなく、それらを一気に飛び越えてしまったようなものでした。レーモン・ラディゲの小説『肉体の悪魔』のように。その結果、キャリアや人生の計画は崩れ、大きく軌道がずれてしまい、彼は何もかもわからなくなってしまう。彼は計算高くもあるので、熱が冷めてくれば、自ずと自分の本来の道に戻ろうとしたり、別れたりという選択肢も考えたりする。もちろん葛藤はありながら。小説ではキリエの家族たちが住む家をこっそり覗きに行く場面があり、本気でキリエを受け止めなければならない、という思いにいたる。それが、震災によって封印されてしまい、十字架を背負うことになります」

岩井は自らの世代を「粗削りの時代」と呼ぶ。良くも悪くも尖って、失敗を恐れずに進むことで、個性を打ち出した型破りなアーティストも現れた。それに比べて情報があふれるSNS世代は一見均一化され大人しくなってしまったように思える、と言う。しかしながら、興味深いのは、そうした岩井俊二の世界が世代を問わず、多くの若者たちに絶大な支持を得ていることだ。『キリエのうた』に主演したアイナ・ジ・エンドは、『PiCNiC』を見て衝撃を受け、岩井俊二に傾倒した。松村は『リップヴァンウィンクルの花嫁』を見て、初めて映画監督の名前を調べたという。

「『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、マッチングアプリを使用している女性がいろいろな目に遭うという話だったのですが、あの作品を手伝ってくれたスタッフが、その後、マッチングアプリで出会った人と結婚したんです。身近でも実際にそんなふうに結婚までいっちゃう人も結構いるのですから、時代は変わったなと思います。ただ僕は、時代を意識するというより、常に自分の幼少期や思春期の体験をベースに物語を描いている気がしますね。身体がどんどん成長してすべてが変わっていく。その経験は自分の中で大きかったし、多かれ少なかれ皆同じような体験をしている。僕の中には、人一倍平凡な部分があって、それが多くの人と分かち合える理由じゃないかな、とも思いますね。もし、僕の物語が普遍的であるとすれば、そうした共感性が影響しているような気がします。“非凡な才能”という言葉がありますが、僕の場合は“平凡な”才能といえるかもしれません。でも、それは自分の中では大切にしたい部分なんです」

“平凡な才能”を開花させるにいたる創作の小部屋があるという。

「映画や音楽、小説、絵画などに触れた時に、自分にビビッと刺さるものとそうでないものとがある。同じ作家でも刺さるものとそうでないものがあって、完全にその作品ごとなんです。『あ、この歌が好き』といった感じで自分の中に好きなものコレクションが溜まってきている。それらと対話しながら、自分らしいものを作っているんです。こだわりというよりも、無意識のうちにできてしまった小部屋のようなもの。もっと激しいものを作ったり、宇宙規模の物語を作れたりする人には、リスペクトもあり憧れもありますが、自分自身はそのやり方からは変えられない。最近、大学を卒業後に書いた短編小説の原稿を読んだのですが、やりたがっていたことはいまもあまり変わっていなくて、良くも悪くも同じ世界線でやっているんだなとあらためて感じました」

岩井俊二の小部屋に入っている映画作品の一部を挙げてもらった。『ルパン三世 カリオストロの城』『ヒポクラテスたち』『ツィゴイネルワイゼン』『はなれ瞽ご女ぜおりん』、洋画だとテレンス・マリックの『地獄の逃避行』、ベルトルッチの『暗殺の森』、コッポラの『カンバセーション…盗聴…』など一見、脈絡のない多様なタイトルがずらりと並ぶが、これこそが岩井ワールドの肝なのだ。

「『はなれ瞽女おりん』は『キリエのうた』に多大な影響を与えています。視力のない歌うたいの話なんですが、キリエが言葉をほとんど話さない歌うたいという設定の元になっています。恋愛でいうと、いちばん影響を受けたのは『機動戦士ガンダム』。主人公のアムロは、幼なじみのガールフレンドがいるにもかかわらず、年上のお姉さんを好きになってしまったり、人妻に可愛がられたり……最後はセイラさんというナビゲーターを助けるんですが、恋愛未満のところで終わる。高校時代に、これだけの人間関係を見ちゃった影響は大きかったですね。面と向かって“好き”とかいう恋愛ごっこが、なんだか小さく見えちゃって。僕が型にはまった恋愛じゃないところに惹かれるのは、潜在的にこの作品の影響が大きい。皆そうだと思いますが、形をなす前の状態、受粉する前の花みたいな時期に触れたものがその人に与える影響は大きいです」

青春時代の恋とは、ある種の「乱暴さ」が内在すると言う。

「好きだと思うと、寝ても覚めても好きだろうし、逆に好きになられるとものすごく恐怖心を感じたりする。中学生の頃、ラブレターをもらった相手に廊下で遭遇すると思うと、怖くて廊下を歩けなかったり。大人になると、好意を持たれることはそう滅多にないことであり、ありがたいことだと思い知りますが、あの頃は何も知らないからただ怖い。可愛いですよね。でも、誰も教えてくれない。誰も教えてくれないっていうのも、醍醐味で、またいいことなんだと思います」

『キリエのうた』石巻、大阪、帯広、東京と、岩井俊二にゆかりのある地を舞台に繰り広げられる、愛と音楽の物語。音楽家、小林武史とアイナ・ジ・エンドがタッグを組み制作した劇中歌にも注目だ。●原作・監督・脚本/岩井俊二●出演/アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木 華、広瀬すずほか●2023年、日本映画●179分●配給/東映 ●10月13日より全国公開https://kyrie-movie.com

*「フィガロジャポン」2023年11月号より抜粋

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