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年収が低いからではない…日本では「ヒラのまま出世できない」男性の結婚が極めて難しい本当の理由

  • 2023.10.6

ポジションが低い男性が結婚相手に選ばれにくいのはなぜか。雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんは「女性が正社員で働くことが当たり前となった今、夫側が仕事をそこそこにとどめる夫婦の組み合わせが増えてもおかしくない。しかし現状の日本の人事制度では、ヒラ社員でも年齢とともに給料が上がる。これでは、男性は50代になるまで昇給昇進の可能性をあきらめきれず、家庭重視の決断をしにくい」という――。

婚約届に記入する手元
※写真はイメージです
相手が見つかるかどうかという切実な問題

前回は、子育て世代の育児負担が減り、自由時間が増えるような変革を考えました。こんな方向に社会が変われば、「結婚してもいいな」「子どもも欲しい」と考える人が増えていくでしょう。

ただ、それでも大きな問題が一つ残ります。それは、「ふさわしい相手が見つかるか否か」という切実な話です。この時に、大きな障害となっているのが「昭和の結婚観」だと第10回目に書きました。

女性は「学歴や収入、役職などが自分と同等以上」の男性を求めがちです。それは、独身者調査などでも明らかになっています。かつての「女は短大、4大は行くな」「女は一般職、男は総合職」という社会であれば、世の中のそこかしこに「自分より学歴も収入も上」の男性がいたでしょう。

現在は女性の大学進学率が男性と同等になり、大手企業での採用数でもほぼ半数まで上がっています。必然、「自分より同等以上の男性」は減っている。当然、基準に適う確率は下がり、パートナーが成立しなくなっています。

学歴・仕事が男女平等に近づく中、本来なら結婚観も今流にアップデートしなければならないのですが、この点が遅れている。結果、生涯未婚率では、女性は高年収者が著しく高く、逆に男性は低年収者が著しく高いという非対称が起きています。

男女間の見えない格差

でも、短絡的に「女の人も、相手の学歴や収入、職業、役職、企業レベルにこだわらずにパートナーを探せ」なんて言うべきではありません。昭和の結婚観がなくならないのは、今でも多くの面で、男女間には見えない格差(アンコンシャス・バイアス)が残っているからなのです。ならば、こうした見えない格差を一つずつ、取り除くことが、本当の解決策でしょう。

そう、これもアンコンシャス・バイアスという、やはり「心の問題」です。これから2回にわたりその処方箋を書いていきますが、初回は「仕事場面」での格差是正を考えます。人事制度の実務を詳細に書くので、専門外の方には戸惑いもあるかと思われますが、平易な説明を心掛けますので、ぜひともお付き合いいただきたいところです。

ヒラ社員のままでも昇給を続ける不思議な仕組み

なぜ、「男のほうが収入も役職も上」という常識が壊れないか。それは、日本企業がいまだに緩やかな年功制を敷いていることもその一因です。世界各国の雇用に詳しい人だと、「欧米とて、給与を見れば明らかに年功カーブが存在するので、日本と変わらない」というかもしれません。確かに平均給与を見ればそうでしょう。

ただ、欧米の場合は、「昇進していくエリート」が給与をどんどん上げ、それ以外の大多数は、それほど昇進も昇給もしていません。だから「年上」といっても、一概に偉い・高給だなどという常識ははびこらないのです。

一方日本は、加齢にしたがい、今でも半数程度の人が課長になり、それがかなわなかった人でも、昇給を続けます。賃金構造基本統計調査から役職別に各年代の年収を試算していくと、ヒラ社員でも従業員1000人以上の大手企業だと、大卒者なら50代前半で、年収が950万円にもなり、それは30代前半のヒラ社員より150万円も多くなっています。

木製ブロックで表現している右肩上がりの昇給のようす
※写真はイメージです

同様な比較をすると、従業員500~999人の準大手企業でも109万円、100~499人の中堅企業でも131万円も多くなります。

こうした状況を見ていれば、「年長者の多くは管理職となり」「なれなくても高給」といういわゆる年功主義が常識となっていくでしょう。さらに、その年代はかつての「男性偏重」採用期にあたり、在籍者は男ばかりになっている。そう、偉いor高給な人は男、という常識が増幅される構造です。

そろそろ、ここにメスを入れることが必要でしょう。

なぜ、同じヒラなのに50代は30代より高年収なのか?

少し考えてください。

30代前半のヒラ社員には、将来、役員や経営者に育っていく超優秀者の卵も含まれています。一方、50代前半のヒラ社員は、課長にもなれなかった人ばかりです。当然、ポテンシャルで言えば、前者のほうが高い。なのに、なぜ、年収は後者のほうが150万円も高いのでしょう

これ、理不尽ではありませんか。

【図表】共働き時代に賃金の年功カーブは必要ない
図表=筆者作成

「50代のヒラ社員は、経験豊富で蓄積された能力も高いから、ヒラとて、課長のサポートなど重要な職務に就いている。だから高い」

こんな説明をする人も見かけます。本当でしょうか?

もしそうなら、なんで、課長になれなかったのでしょう。

私が企業を見てきて言えるのは、30代前半の大卒10年選手は、相当鍛えられており、新人・若手の育成や課長のサポートなどもう既にできている人が多数です。50代前半の平社員のほうが優秀ということは断じてありません。

とすると、この年収差はなぜ生まれるのか?

これ、人事に詳しい人ならすぐわかるはずです。古株の人事部長に聞けば、異口同音にこう答えるでしょう。

「そりゃ、昇給させてあげなきゃ、家族を食わせられないだろう」

そう、能力や職務内容ではなく、家族扶養のために昇給をしている状態なのです。

「家族扶養のための昇給」にメスを入れる時

こうした「家族扶養のための年功昇給」って本当に正しいでしょうか?

「扶養家族が多くなった人」のみ昇給するならまだわかりますが、定期査定ごとの昇給を重ねて誰でも高給になっていくのです。とすると、独身者でもDINKsでも30代より50代の方が150万円も年収が多くなってしまう。家族の多さと関係ありません。まず、これが一つ目の問題でしょう。

次に問題となるのは、「かつては夫のみ働き、妻は専業主婦という家庭が多かったが、今は共働きが増えてきた」ということです。それも、つい最近までは、「夫が正社員、妻がパート社員」というケースが主でしたが、徐々に「夫も妻も正社員」が増えてきました。今後はそれが主流になっていくでしょう。

そうした場合、結婚した瞬間に、世帯年収は正社員二人分、すなわち一挙に2倍となるのです。これは、かつての「夫一人」で昇給を重ねた世帯年収をも上回るのではありませんか?

そう、妻も辞めずに正社員を続ける社会になれば、もはや、「家族を食べさせるための」年功昇給など不要になります。

そろそろ、「長く勤めた男性が、高給」になるという常識は壊すべき時でしょう。

逆に言えば、昇給しない社員は、「給与相応」に働けばよく、上も目指さず、会社に滅私奉公もしない勤め方を認めるべきです。仕事を終えたらさっさと帰る。そうして、家事育児も分担する。会社を生きがいに働いた挙句、課長にもなれずにすり減るよりも、そのほうがよほど健全なのではありませんか。

赤ちゃんの世話をしながら在宅勤務をしている父親
※写真はイメージです
等級をいくらいじっても年功給が残り続けた理由

こうした脱年功型の働き方をするためには、人事制度をどのように変えればよいか。

バブル崩壊後30年以上、日本企業はこの「年功昇給」をどうすべきか悩み続けてきました。職務給、役割給、職責給、そしてジョブ・グレード給と等級制度を多々改変しましたが、一向に年功昇給はなくなりません。それは、欧米のようにポストに等級を紐づけ、ポストが変わらなければ給与は変わらないという仕組みにできていないからです。

日本の場合、等級制度の名前は変われども、それは「ポスト」ではなく「人」につけるものであり続けました。人に等級をつける限り、同じポストにいたとしても、等級は上がり続けてしまいます。だから役職者に昇進しなくとも(=同じポストでも)昇給が続くことになります。

とはいえ、欧米のように仕事はポストで決まる仕組みにして、ポストが同じなら大きな昇給などしないという「ポスト主導給」の導入は、難しいでしょう。ここにメスが入らなかったために、いろいろ等級制度をいじっても、結局、年功昇給は残り続けたのです。

さあどうするか。

実は、本当に簡単な方法があるのです。

査定を繰り返せば必ず給与は増え続けるという大問題

人に等級をつけると、なぜ、年功的になるか。それは運用の細部を見るとよくわかります。

等級はその中が細かくノッチ(刻み)に分かれており、たとえば、1等級が12階段とかになっているのです。そうして、毎年、査定のたびに、その階段を1つ、もしくは2つと上っていく。

こうして、等級の最上位ノッチまで来ると、しばらくそこで留まって、次の等級に行けるかどうか、昇級審査を待つことになるわけです。

【図表2】能力が低くても等級が上がる「温情昇級のしくみ」

あまり評価が芳しくない人でも、長い時間をかければ必ず、ノッチの上限にまでたどり着きます。そこで、昇級できずに留まり続けると、長期滞留者として目につくようになります。昇級審査の度にこうした滞留者は俎上そじょうに上げられ、何度も同じ顔触れを見ていると、「そろそろ上げてもいいのではないか」と温情が働いてしまいます。

つまり、同一等級内のノッチアップ→温情昇級→再びノッチアップと続き、年功昇給が止まらないことになるわけです。

経営の意思次第で、日本の悪しき常識は払拭できる

現状は、毎回の査定でノッチが必ず上がり続ける「積み上げ方式」をとっています。これを、「洗い替え方式」に変えたらどうなるでしょうか。

洗い替え方式とは、考査期間の評価が標準であれば、中位(12階段であれば6ノッチ)となり、業績に応じて高低するというものです。その評価は文字通り洗い替えなので、前期のノッチなど考慮されず、また、次の期間の評価により上下動することになります。たとえば、良い業績を残した翌期は一気に11ノッチまで上がるけれど、その次が駄目なら3ノッチまで下がるといった具合です。

【図表3】年功を打破する新しい仕組み

こうした洗い替え方式となれば、できる社員は年齢に関係なく、一気に上位ノッチに位置し、それを維持し続けるでしょう。そうした上位ノッチの常連者は、当然、昇級審査の対象となるべきです。そこで、スピード昇進が起きる。

一方、評価の芳しくない社員は、どんなに年功を積んでも、下位ノッチに滞留し、決して昇級審査の俎上に上ることはありません。

そう、たったこれだけの「運用変更」で、社内にはびこる年功主義は一掃できるのです。

これを続ければ、年長者(主に男性)は偉い・高給という歪んだ常識は減じていくでしょう。

この人事運用の変更は、得をする人、損をする人が半々となります。なので、社員をしっかり説得すれば、導入は可能でしょう。ただし、滞留し続ける年輩社員には、新たな働き方=仕事はほどほどにして、家庭を大切にするという変更を促すことが必要となりますが。

30代で“あきらめがつく”ことのメリット

多くの企業がこの方向に人事制度を変えると、男女の意識にどんな変化が起きるでしょうか。

現状なら、査定のたびに小さな昇給を重ね続けます。そうすると、うだつの上がらない人も、多少遅れながら、給与や等級を上げていくことになります。そして、役職定年になるころ、「俺は課長になれなかったんだ」と初めて気づくでしょう。

これでは男性たちは、出世を諦めきれず仕事にしがみつき、家事育児を主にする決心がつきません。洗い替え型の査定であれば、評価が低い人は昇給せず、当然、等級アップもしません。それが続けば、30代後半あたりには、会社での将来は見えてきます。

そうした場合、パートナー間で、可能性があるほうに道を譲り、もう一方は家事・育児を主にするという決断がしやすくなるでしょう。

スケールの上で均衡がとれているお金と結婚
※写真はイメージです

こんな変革が進めば、「うだつが上がらなくとも家事育児はしっかりやる男性」が増えます。彼らなら、自分より“偉く”はなくとも、女性はパートナーとして見なすようになるのではないでしょうか。

「自分と同等か上でなければ」から、自分との比較ではなく、二人合わせてこれくらい収入があればいい、家事分担はこうすればうまくいきそう……と現実的な考え方になっていく。そうすることで、ポジションや給料については自分より少し下のあたりまでウイングを広げることができそうです。

海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト
1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。

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