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45歳の高齢ポスドクは10年後の自分? 『転職の魔王様』原作者が描く「青春の終い方」

  • 2023.9.28

「夢の諦め方は、誰も教えてくれない」

額賀澪さんの『青春をクビになって』(文藝春秋)は、「青春」や「夢」という言葉がしっくりこなくなった世代の「青春の終(しま)い方」を描いた小説。

今夏ドラマ化された『転職の魔王様』などお仕事小説のほか、数々の青春小説を書いてきた額賀さん。いま興味を持っているのは、輝かしい日々を送ったように見える人たちのセカンドキャリアなのだそうだ。

タイトルに一瞬で心をつかまれた。青春はとうの昔に終わった身ながら、いざ「クビ」と言われると、ちょっと待って......という気持ちになる。「もう○歳」と「まだ○歳」のはざまで、ゆらゆらしているのだ。

本作の主人公もそうだ。瀬川朝彦(あさひこ)は、研究を愛する35歳のポストドクター。ある日「雇い止め」を言い渡され、厳しい現実を突きつけられる。このまま研究を続けるべきか、それとも――。微妙に揺れ動く30代、40代の心情がリアルに描かれている。

35歳と45歳のポスドク

ポストドクター(通称・ポスドク)は、大学院で博士号を取得した後に大学などで任期つきの研究職についている人のこと。有期雇用で不安定な立場にある。朝彦は大学の非常勤講師をしているが、来年度の契約更新を断られて「大学院まで出たのに将来が見えない」と嘆く。

大学の同期の栗山は、33歳でアカデミックの世界から足を洗い、レンタルフレンド(友達代行)の派遣会社を起業した。「雇い止めと隣り合わせの毎日よりはマシ」と言う。同じポスドクだったのに、栗山の選択は成功しているように見えて焦りが募る。

講師の口を探して大学時代の恩師を訪ねると、研究室に小柳先輩が住み着いていた。研究者としても大学教授としても立場を確立できない、45歳の「高齢ポスドク」。非常勤で教えていた大学を雇い止めになり、母校で研究させてもらっているという。

「上手く行っている人間と小柳の違いは、一体何だというのだ。それはそっくりそのまま、自分自身へ向けた問いでもあった。」

「未来が見えないですよ」「でも、今が踏ん張り時ですよね」とこぼす朝彦に、小柳は言った。「お前は気をつけろよ」――。その1週間後、小柳は大学所蔵の貴重な資料とともに行方をくらました。

乗り込んだ電車から、いつ降りるか

<慶安大学所蔵の貴重資料が窃盗被害 元院生の男性失踪>。小柳の失踪は事件として報道された。

たとえどんなに困窮していたとしても、窃盗などする人ではない。どうしてこんなことになってしまったのか――。学生のころから、朝彦は小柳に「10年後の自分」を見ていた。いま、その未来に影が射している。一方の小柳は朝彦に「10年前の自分」を見て、「気をつけろ」と忠告したのかもしれなかった。

同じように人生を捧げても、偉業を残せる人もいれば、なにも残せない人もいる。世の中には、非常勤講師の給料と同じ額を効率的に稼げるバイトがある。ものごとの意味、価値、自分はなんのために研究を続けているのかが、わからなくなってくる。朝彦は人生の分岐点に立っていた。

「最初はいい。楽しさや面白さ、やり甲斐といった目に見えないものをエネルギーに生きられるうちは。そうではない段階に入ったときに、踏ん張れるか。いつまで踏ん張るか、いつどんなタイミングで乗り込んだ電車から降りるか。」

35歳の朝彦のなかに「研究者として生きた十数年分の自分」がいて、「もう少し頑張っていたら」と、わずかな可能性に賭けて踏ん張ってきた。では、45歳の小柳はどうだろう。「もう踏ん張れない」と思って、「乗り込んだ電車」から降りたのだろうか。

夢に向かう後輩、夢を諦めた同期、夢を追い続ける先輩。彼らを間近に見て、朝彦は身の振り方を考える。そして、ある決断を下す。

夢と現実の折り合いをどうつけたらいいのか。朝彦の苦悩は他人事ではない。ただ、朝彦を見ていて思ったのは、そもそも夢の引き際に悩んで苦しんでいるのは、それだけ打ち込んできたからで、挫折感はがんばってきた人の勲章なんだ、ということ。

「何を抱えて、代わりに何を捨てて生きていくかって選択は、下した直後はしんどいはずだ。でも」――。シビアな現実のなかに、うっすらと希望が見えてくる。とりわけ同世代の人は、共感必至の1冊だ。

■額賀澪さんプロフィール
ぬかが・みお/1990年、茨城県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、広告代理店に勤務。2015年『ヒトリコ』で小学館文庫小説賞を、『ウインドノーツ』(単行本改題『屋上のウインドノーツ』)で松本清張賞を受賞。その他の著書に『さよならクリームソーダ』『風に恋う』『拝啓、本が売れません』『転職の魔王様』『モノクロの夏に帰る』『タスキメシ 五輪』など多数。

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