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井浦新さん「全てはコンプレックスから始まった」

  • 2023.9.25

井浦新さんは俳優として活動する一方、ファッションブランドのディレクターを務めたり、映画館を応援する活動を行ったりと、多方面で活躍中です。昨年、サステナブル・コスメブランドのローンチも話題に。そんな井浦さんに、夫婦のあり方やご自身の興味関心の向きなどについて伺いました。

意見の違いとは、相手を知るきっかけ

――ビジネスも生活も夫婦で共にする上で大切にされていることはありますか?

井浦新さん(以下、井浦): 「これを大切にしている」という風に考えたことはあまりないですが、夫婦のあり方の変化は感じています。昨年の9月にサステナブル・コスメブランド「Kruhi」をローンチしたのですが、力仕事も取引先とのやり取りなど、全ての業務を二人だけでやっているんです。そうすると、いいところも悪いところも二人で見ていかないといけないので、表も裏もちゃんと受け止めながらやっていこうという意識が芽生えました。

朝日新聞telling,(テリング)

――夫婦でひとつの目標に向かって進む過程で、意見が合わなかった時はどう対処しましたか?

井浦: 一緒に仕事をする上で意見が分かれることや、それぞれ違う選択をした時に「じゃあどうする?」という局面もあると思います。僕らが持っているのは、一緒に仕事をしているから夫婦関係が悪くなるという着地はしたくはない、という共通認識です。

そもそも人は結婚する前からそれぞれ違うし、お互いが全く同じものを持っていて共感したから結婚したわけじゃない。違うところが面白いから結婚したというところもあるので、 それを最大限に活かせているのが今の状態と考えると、意見の違いで悩んだりケンカの理由になったりはならないです。

――意見が違うからといって相手を否定したり、揉め事の原因にしたりしないのはすてきな考え方ですね。

井浦: もちろん仕事で議論することはありますが、それは子育てで意見の違いがあって議論し合うこととあまり変わらないんです。それに、意見が違うということはお互いのことをもっと知ることになります。自分ができることとできないことを知ってもらう機会にもなるし、僕も彼女の知らなかった一面を知ることができるので、まだまだ新しい発見があるんです。

実践していることを一つ上げるとしたら、今まで以上に感謝の気持ちを倍くらい伝えることですかね。彼女は元々それができる人なので、ちゃんと相手に感謝の気持ちを伝えるということは本当に大切だなと実感しています。

朝日新聞telling,(テリング)

「カルチャーオタク」だった日々

――役者以外にも様々なことにチャレンジされています。ご自身が心動かされるものや興味の種はどうやって見つけていらっしゃるのでしょうか。

井浦: 実は新しいことってそんなになくて、昔からあるものが続いて今に至るという感じです。僕は10代、20代の頃、自分の特技といえるものが何もなくて、言ってみればただのカルチャーオタクでした。その頃は俳優になりたかったわけでもなく、ただ自分には会社勤めはできないだろうとだけは漠然と思っていました。それがずっとコンプレックスだったんです。

でも、ファッションや音楽、歴史やカルチャーには興味があったので、10代の有り余る時間はそこに情熱を注ぎました。だけどまだまだ知識が全然足りないから、仲間が一人、二人と増えても会話に追いつけなかった。それが刺激になって「これじゃいけない」と思い、もっと深いところを掘り下げてみようとどんどん追求していった感じです。

――追求したことを、形にしているところが素晴らしいです。

井浦: 最初はそれが何に活かされるのか、仕事になるのかさえも分からず、気づいたら好きなものが無限に広がっていたんです。最初はコンプレックスから「もっと人よりも深く知っていないといけない」とか、「もっとちゃんと学ばないと」と思っていました。知識がないからこその知識が欲しくてしょうがなかったんです。美術にも興味を持っていたのですが、そのうち「自分が描けるわけじゃないし」と、それもまたコンプレックスになってしまって。

きっと、いろいろなことの根底にコンプレックスがあったんです。それを乗り越えたくて、学んで追求していくのですが、周りが言うにはその情熱の度合いが「異常」だそうです(笑)。逆に興味を持ったこと以外は全く知らなくて、社会性もないので本当にダメなんです。でも、興味を持ったことに対してはすごく執着するので、それが僕の場合はカルチャーだったんです。

朝日新聞telling,(テリング)

――日本の伝統工芸の分野を支援したり、自身で製品を作ったりする活動は、いつ頃から考え始めたのでしょうか。

井浦: 日本の手仕事をしている人たちを応援できるチームを立ち上げたことや、環境に負荷をかけずに地球にも人にも優しいライフスタイルを過ごせるようなプロダクトを作ることは、僕にとっては突然のことではないんです。例えば、手仕事って都会では生まれないんです。水や土、木といった豊かな自然がある環境に必ず手仕事はあるんです。僕はどちらも好きだったので、自然を求めて行くと、そこには必ず手仕事がある。そんな風に、僕の中では全部が緩やかにつながっているんです。製品を分類するとそれぞれ違うのですが、大枠で考えるとそれらはカルチャーであり、意外とちゃんとつながるんです。

同時に複数の活動を進めるには仲間が必要です。僕がいま手掛けている全ての活動には、パートナーや信頼できる仲間たちがいるからこそできている。みんなの力がないと色々なところに無理が生じてしまうので、周りの人たちへの感謝の気持ちをこれからも忘れずにいたいです。

まずは興味の種を育ててみて

――telling,読者の中には「本当に好きなことや、やりたいことが見つからない」という人もいるのですが、アドバイスを頂けますか。

井浦: 少しでも興味がある分野で知らないことは、時間をかけてでも一度体に入れてみるといいと思います。それは音楽でも美術でも何でもいいのですが、入れ続けていくうちに「自分はこれが好き」とか「こちらを優先する分、他のことはちょっとスローにしていこう」と、自分の中でどんどん精査されていくと思います。それが30代、40代になった時に、意外なところで活かされることもあると思います。

僕はたまたま20代の時に俳優という仕事に出会え、もの作りの仕事も始めることができました。そうやってアウトプットしていく場があったから、今こうしていられるのだと実感しています。知らないことや分からないことはたくさんありますが、自分が興味を持って時間をかけてやってきたことには力を注ぐことができる。それが僕の場合はたまたまカルチャーだっただけで、その始まりが何かというと、やっぱりコンプレックスなんです。

朝日新聞telling,(テリング)

――そういう経験を経て、今の井浦さんの活動があるのですね。

井浦: 今までは入れるだけだったのが、表現を通して、得たものを栄養として使って出していく場があったことは幸運だったと思います。それが流れ始めると、自分の中でも周りも、ちゃんと循環していくんです。滞って溜まっていたものが外に出ていく分、新しいものが入る余裕もあるので、それを消化していって、自分だけのものを出していけたらいいですよね。僕も「自分のオリジナルって何なんだろう?」と追求したり、「オリジナルなんかないよ」と禅問答したりしながらやってきたので、みなさんもまずは「興味の種」を育ててみてください。

・スタイリスト:KENTARO UENO
・ヘアメイク:NEMOTO(HITOME)

■根津香菜子のプロフィール
ライター。雑誌編集部のアシスタントや新聞記事の編集・執筆を経て、フリーランスに。学生時代、入院中に読んだインタビュー記事に胸が震え、ライターを志す。幼いころから美味しそうな食べものの本を読んでは「これはどんな味がするんだろう?」と想像するのが好き。

■家老芳美のプロフィール
カメラマン。1981年新潟生まれ。大学で社会学を学んだのち、写真の道へ。出版社の写真部勤務を経て2009年からフリーランス活動開始。

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