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女形と鳥屋が「化け者」を暴く時代小説ミステリ 歌舞伎界の闇を映す

  • 2023.9.24

デビュー作で日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞し、これまでに5冠の文学賞に輝く新人作家、蝉谷めぐ実さんの書きおろし『化け者手本』がKADOKAWAから上梓された。デビュー作の『化け者心中』の続編の体裁で、主役たちも健在。今後もシリーズ化される可能性が高い。

今回も文政の世の江戸の鳥屋の藤九郎(ふじくろう)は、ひいきの客に足を切られ、歩けなくなった歌舞伎の元女形、田村魚之助(ととのすけ)を背中にかついで、芝居小屋で起きる奇怪な事件を解決する役回りだ。歌舞伎の役者の格付けや「見立て」など、歌舞伎にはなじみの薄い読者には難しい言葉も出てくるが、そこは同じく素人に毛が生えた程度の藤九郎の疑問とも重なって、読者を歌舞伎の世界に引き込んでいく。

仮名手本忠臣蔵の演目中に殺しが

事件は芝居小屋中村座で『仮名手本忠臣蔵』の芝居がはねたあと、首の骨が折られ、両耳から棒が突き出た男の屍体が見つかった。座元の中村勘三郎から真相解明を頼まれたのが魚之助なのだが、大坂生まれで、当代切っての女形だったこともあり、今も女形姿で関西訛りの女言葉で、事件について語っていく様は、まるで芝居のなかの台詞のようでもある。

実際、本作は、地の文と登場人物の言葉と芝居の台詞が混然一体となって進んでいくため、読んでいるうちに、芝居小屋の中で演じられている歌舞伎の世界に没入したような気持ちになっていく。

肝心の事件は、殺しが重なり、その殺されようも怪奇の度を増していく。魚之助は、これは人の仕業ではなく、化け者の所業だと見ていくが、そこには芝居という世界が持つ底知れぬ力が潜んでいることも徐々に明らかになる。

芝居の持つ力の闇が招き寄せるもの

歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』の筋立てを知らない読者でも、本書を読めば、実際の赤穂浪士の事件を題材にして架空の創作が作られた理由がわかるし、有名な「お軽勘平」の物語も頭に入る。さらには、「曽我兄弟」の仇討ちの物語もからんできて、事件の「真相」とのかかわりは込み入ったものになってくる。

男女の恋と忠義の仇討ちの板挟みだけでなく、魚之助以外にも女形が複数登場しては重要な役回りを演じる。人間同士が分かり合うことは可能なのかと、繰り返し問いかけてくるようだ。主役である藤九郎と魚之助の間にも火花が散り、また、熱い息が交わされるのだが、そこは本書で確かめてもらいたい。

さらに、男の体で女を演じ続ける歌舞伎の「女形」という世界の凄みが描かれているのも、本書の魅力のひとつだ。中村座と張り合う市村座の新進の女形、円蝶が、檜舞台から遠ざかりつつある魚之助と繰り広げる女形の芸と意地のぶつかり合いは、女言葉による応酬や、ときに義足をつけて舞台に上がる魚之助の姿とあいまって、歌舞伎の芸にかける役者たちの執念を感じさせる。

物語も終わりに差しかかり、殺しの下手人はあれだろうと、読者があたりをつけ始めたころ、本書のタイトルの意味も、多くの歌舞伎の筋立ても意味を持ち、芝居の力が招き寄せた化け者の正体が浮かび上がってくる。「時代物ミステリ」と呼ぶにふさわしい結末と言える。

歌舞伎界をめぐる事件が相次いでいる昨今だ。本作を読んでいると、江戸の歌舞伎の舞台で芸と芝居の闇に取り込まれた男と女は、時を超えて同じようなことを繰り返しているのだな、としみじみ思ってしまった。

■蝉谷めぐ実さんプロフィール
せみたに・めぐみ/1992年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部で演劇映像コースを専攻、化政期の歌舞伎をテーマに卒論を書く。広告代理店勤務を経て、現在は大学職員。2020年、『化け者心中』で第11回小説 野性時代 新人賞を受賞し、デビュー。21年に同作で第10回日本歴史時代作家協会賞新人賞、第27回中山義秀文学賞を受賞。22年に刊行した『おんなの女房』で第44回吉川英治文学新人賞、第10回野村胡堂文学賞を受賞。

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