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ジャニー喜多川氏の「好み」と女性ファンの「好み」は恐ろしいほど一致していた…本当にファンに罪はないのか

  • 2023.9.14

ジャニーズ事務所が9月7日に記者会見を開き、故ジャニー喜多川氏の性加害を認めて社長交代を発表した。コラムニストの河崎環さんは「『ファンに罪はない』という声には違和感がある。性加害を60年以上も放置したのは、マスコミや芸能の世界だけでなく、一般の視聴者でありファンであり、社会全体だ。日本社会の価値観の歪み、女性観や男性観が複雑に入り組んで、みんなでなんとなく知りながら黙殺し、暗に被害者を黙らせてきた積み重ねだ」という――。

会見で記者の質問を受けるジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子氏(右)と東山紀之氏=2023年9月7日
会見で記者の質問を受けるジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子氏(右)と東山紀之氏=2023年9月7日
「芸能史に残る」瞬間

2023年9月7日14時。誰もが、いよいよ「帝国」と呼ばれた男性アイドル事務所が瓦解がかいする瞬間を、日本の戦後最大の「芸能史に残る」瞬間を待ち構えていた。

BBCのドキュメンタリー番組放送から約半年。『週刊文春』による大々的なジャニーズ事務所の性加害告発キャンペーンからは四半世紀近く。これで日本の罪深く後ろ暗い風習に満ちた「芸能」が変わり、華やかな光の強さゆえにその影も濃いエンターテインメントのあり方が変わるのだろう、2023年はすごい年になりますね、と誰もが事前に噂した。

直前に発表された「外部専門家による再発防止特別チーム」の報告書では、「ジャニーズ事務所は、性加害の事実を正面から受け止め、その責任の重大さを痛感し、被害者に対して十分な救済を行うとともに、ジュリー氏の代表取締役社長からの辞任を含む解体的出直しを図らなければ、社会からの信頼を回復することは到底期待することができないことを覚悟しなければならない」とまで厳しく断じられたばかりである。

その「解体的出直し」を期待し、見守るつもりでいた報道陣が、視聴者が、記者会見場の4つの席を凝視していた。

芸能界の乖離を露呈した記者会見

果たしてそこに居並んだのは、藤島ジュリー景子氏、東山紀之氏、井ノ原快彦氏、弁護士の木目田裕氏と、黒スーツにメガネという揃いのいでたちで頭を下げた4人。ジャニーズ事務所がジャニー氏による性加害事件についてようやく開いた初めての会見を中継で見ながら、人々はむしろ芸能事務所や「芸能人」と呼ばれる人々の社会からの乖離かいり――世間知のなさ――を知り、さらにはジャニーズ事務所における「洗脳」の深さを知った。

「解体的出直し、って言われてたよね? なのにジャニーズ事務所の名前から変えないって、どこが解体なの?」

「自分たちの思いがどうこうより、加害者であるジャニー氏の名前を掲げる時点で何のイメージの漂白にもならないし、組織内の反省や再生の意思も伝わらないってすぐに理解できてないのが……重症って感じ」

「いや多分、あれだけ利益を上げて影響力を持ってても、自分たちが組織だという自覚はないんだよ、ファミリーってやつでしょう。会見の言葉の選び方も、やっぱりタレントさんなんだな、実社会経験がないんだなと、ちょっとがっかりした。本当に世間を知らないんだね……」

「ヒガシの覚悟」でいけると思ったのか

「『あのヒガシが引退してまで社長に就任して責任を取ります。主要な大物タレントたちで話し合って合意も取り付けました。さあこれがジャニーズ再生です』って。世間からすればヒガシが引退しようが大物タレントが合意しようがそんなの知らんよ、けど内部の本人たちにとってはそれすら重大事件。それで世の中にも通せる、いけると思ったんだな。これは他業界からの反発必至」

「せめて自分も被害者でありその組織文化の中で育ってきてしまったと認めた立場の人が内側から再生するという図式であったならね。いま事務所に残っている人たちは被害者だと言えないまま活動を続けて、事務所の利益を上げるわけだから」

「代表取締役がジュリー氏のまま、株も手放さないまま、タレントたちの活動の受益者でありながら、“かろうじて声を上げることのできた”被害者を個別に救済するという歪み……。事件が大々的にセンセーショナルだったからみんなでメンタルに打撃を受けましたってだけで、事務所内の構造は大きくは変わらなかったってことだよ」

「世界(視野)が狭すぎる。国内だけじゃなくて世界にもニュース配信されて、国連人権理事会まで乗り出した件なのに。これが一種、ジャニーさんの洗脳の成果でもあるんだね、きっと」

東山氏の弁の中には、一部のファンからの「ジャニーズの名前は残してほしい」との希望や、自分たちがこれまで培ってきたエネルギーやプライドの表現が、ジャニーズという言葉を社名に残すこと、つまり性加害者の名を社会に残すことの根拠だとあり、疑問の声が噴出した。

また、ジュリー氏があくまでも叔父の性加害を知らなかった、母親でもあるメリー喜多川氏ともそのような話を腹を割ってできるような関係性ではなく、同族経営企業に属しながらも異様と呼べるほど疎遠で緊張感のある関係にあったとの弁は、一般の感覚から大きく離れたものだとの印象も残した。

再発防止特別チームの報告書の中身

2023年8月29日、ジャニーズ事務所が設置した「外部専門家による再発防止特別チーム」が発表した調査結果および会見は、それまで国内外で報じられ議論されてきた全ての論点を第三者的客観性から押さえ、十分にわれわれの疑念に答えてくれた、納得感のある素晴らしいものだった。

ジャニー氏による性加害を事実と認め、「20歳頃から80歳代半ばまでの間、性加害を間断なく頻繁かつ常習的に繰り返した」彼の性嗜好異常(パラフィリア)を遠慮容赦なく言明した。

脚注の中では、日本での文献にしてようやく「小児性愛(ペドフィリア)」の言葉を用いてくれた。被害者数を、思春期少年を中心に「少なく見積もっても数百」と推計し、そのような異常行動に至った原因の一つとも考えられる、ジャニー氏の幼少時の被性虐待体験についても触れた。これは、おそらくそうではないかと考えていた人々の疑念に明確に答えるものでもあった。

報告書が指摘したマスメディアの責任

調査結果の功績は、ジャニー氏とメリー氏が絶大な権力を掌握し続けた、典型的な同族経営によるガバナンスの脆弱ぜいじゃくさというよりも欠如を厳しく指摘するにとどまらない。被害者に自責の念や諦めを植え付けて状況を受容させ黙らせる、グルーミングと呼ばれる手なづけ行動が、全ての元凶たるジャニー氏だけでなく周囲の大人や社会によっても積極的あるいは消極的に行われてきたことにも、被害者への丹念なインタビューの成果として言及している。

これまでに告発されている1950年代の最古の件から数えれば、70年近くにわたってジャニー氏が周囲の疑惑の視線(あるいは黙殺)から隠れるように連綿と続けた少年たちへの性加害の事実が、いかに日本の芸能界で、いや社会全体で、隠蔽いんぺいされ温存され、黙殺されてきたか。その一端は「マスメディアが正面から取りあげてこなかった」ことにあり、「報道機関としてのマスメディアとしては極めて不自然な対応をしてきた」結果、「被害が拡大し、さらに多くの被害者を出すこととなった」片棒を担いだのだと、マスメディアの責任を強く糾弾するものでもあった。

児童性加害を放置したのは誰か

この件については、マスメディアの黙殺が早期からやり玉に挙がったこともあり、マスコミ各社がどのような報道対応を取るか、声明を出すかも注目され続けた。特に取引の歴史が長く事務所との関係が強いテレビ業界においては、今回も各局各様の声明が出されており、タレントの起用を今後も続けていくとあえて明言した局に対して強い批判も生まれている。

しかしテレビ業界は、これだけ重大で大規模な性加害事件を「陰で支え続けた」さまざまな利害関係者の中の、確かにかなり大きめではあるが、一つの極にすぎないとも思う。

性加害を60年以上も放置したのは他でもない、私たち全員だ。一般の視聴者だ。ファンだ。社会全体だ。マスコミや芸能の世界だけの問題ではない、そういう意識はあるだろうか。

年端もいかない、10代の未成年が、芸能界で売れるために大人から性的な行為を強要される。そんな「児童虐待」に枕営業などと別の名前を与えて呼んで、「通過儀礼」とぼんやり容認してきたのは誰だ。そうやってやっとの思いで出てきたタレントを画面で見て喜んでいたのは誰だ。私たちだ。

ジャニーズ事務所をめぐる報道への感想として「タレントとファンに罪はない」とする無邪気な声がある。私はそこに大きな違和感を感じる。

「ファンに罪はない」? 私が知る中には、「ジャニーさんのそういう噂」を知り、自分のジャニーズJr.の「推し」がそんな関係性の中で取り立てられてデビューしたりセンターに立つことに疑問を持たないどころか「頑張った」と評価してきた人は決して少なくなかった。男性同性愛の加害被害関係に「萌え」を感じてあれこれの思いを開陳する女性ファンも決して少なくはなかった。だが、性別が逆だったらそれどころじゃないはずだ。

コンサートで手拍子する観客
※写真はイメージです
ジャニーズ成功の本当の理由

思想誌『ひらく9号』にも論考「“青髭公”ジャニー喜多川の秘密の城」として文化論的側面から書いたが、日本の芸能やエンタメは海外から見たときに異様と映るほどの低年齢志向が強く、それは年端も行かない少年少女に大人が欲情し消費するという非常に特殊な構造を見せている。社会的には「まともである」と自認する男女が、少年少女に「可愛い」と普通に欲情し、「見たい」と欲し、それが承認される社会なのである。

あえて誰も口にしないが、アイドルという脱脂・脱臭された虚像に大人の女までもが人生を投入するのは(実際の男と生々しくどうこうするより遥かに)無害、可愛げがあると承認されてきた。ジャニーズで取り立てられるのは「ジャニーさんお気に入りの背の小さい(ツルッと中性的で可愛い)子」であるとの認識も、広く共有されていた。

そんなジャニー喜多川氏の「好み」のアンテナと、日本の女性ファンの「好み」とが恐ろしいほどに一致していたのが、帝国と呼ばれたジャニーズの成功の理由である。

そして、産業として成功し稼ぎを上げているサイクルに、男性は異論を唱えない。その一方で、「俺はそういうの関係ないけどね」というポーズを誇示しつつ、男性同士の性加害はからかいの対象だ。日本は、男も、女も、男性からの性加害を受ける男性を救う構造になかったのだ。

これは日本社会が歴史的に抱える慢性的な価値観の歪み、女性観や男性観が複雑に入り組んで、みんなでなんとなく知りながら黙殺し、暗に被害者を黙らせてきた積み重ねなのである。

壊れた永久機関

これまで数十年間、利益を生み続けていた永久機関たるジャニーズ事務所に、わざわざ疑問を差し挟む人間はいなかった。だがそれは永久機関などではなかった、大きく暗い問題を内包しながらいびつに動き続けていたシステムだったと、ようやく皆が気づいたのだ。

利益にへつらいがちな社会でこのシステムを壊していくには、「利益を与える立場」から離れていくしかない。ジャニーズ事務所の本収入はメディアの出演料ではなく、ファンクラブ収入やライブ収入、そしてCMなどの大口ギャランティーであることはよく知られている。

いま、スポンサー企業がジャニーズ事務所のコンプライアンスに異を唱えて徐々に離れていくのを「今さら」「また足並みを揃えて」と批判する向きもあるが、早くにCM契約の見直しを判断した企業がどう考えたか、その理屈は察せられる。国内外のステークホルダーを相手に、自分たちがコンプライアンス遵守を厳しく問われている企業経営の側からすれば、こんな危なっかしい感覚に芯から染まってグレーな日本の「芸能」は取引相手としてリスキーであり、適格ではないと考えて手を引くのである。

目を引いたファンの提言

今回の事務所会見後、さまざまに沸き起こった意見の中で、一部のファンの提言が最も建設的であったように感じた。

ジャニーズ事務所は名前を変えてタレント育成機能とマネジメント機能を他社へ放出し、事務所はこれまでの版権管理に専念して版権からの収入を被害者補償に充てるべき、との意見。見聞きした中で、最も現実的かつ、これこそまさに「解体」だろうと感じられるものだった。

繰り返す性被害の混乱の中で思春期を送り、中には精神を破壊されてしまった被害タレントの頑張りと心に、本当の意味で親身に寄り添う。タレントの「タレント(能力)」を心から愛し信じ、応援するファンは、このように考えることができるのだと沁みた。この声は、画面の向こうへと、あれほど大きな舞台の上へと、届くだろうか。

河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。

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