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心理学者が解説「トラウマ的な経験がギフトになることもある」

  • 2023.9.4
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臨床心理士のイーディス・シロ博士は、今日もマイアミのクリニックで、人々をトラウマ的な出来事から解放し、心の安らぎを取り戻す手助けをしている。でも、シロ博士がトラウマに興味を持ったのは極めて個人的な理由から。

シロ博士の祖父母のうちの2人はホロコーストで滅ぼされた一家の唯一のサバイバーだった。あとの2人はシリアでの迫害から逃れた難民だった。ベネズエラの「移民と難民のコミュニティで」育ったシロ博士は、そうした過去が新しい人生を歩もうとする人々に与える影響を見てきた。

興味深いことに、想像を絶するほど恐ろしい経験をした人のなかには、ただ生き延びただけの人と、そこから見事な成長を遂げた人の2種類がいた。「ヨーロッパ出身の祖母は大いに苦しみながら余生を生きた一方で、祖父は『ものすごく辛い経験をしたけれど、前を向いて残りの人生を楽しむぞ』という感じでした。その違いに興味が湧いたんです」

その後、米国に移り住み、難民を含め、暴力、テロ、強制退去などの過去を清算しようとしている人のカウンセリングをしていたときも、同じ現象を目の当たりにしたートラウマ的な出来事のサバイバー(トラウマサバイバー)は、悲しみや恐怖のなかで生きている人と、なんとか希望を見い出した人の2種類に分かれていたのだ。

シロ博士が出会ったトラウマサバイバーのなかには、ある種の自己変革を経験する人、つまり自分でも知らなかった新たな強みを発見したり、人間関係に新たな意義を見い出したり、スピリチュアルな変化を遂げたりする人もいた。これは“心的外傷後成長”と呼ばれる現象で、シロ博士も新著『The Unexpected Gift of Trauma: The Path to Posttraumatic Growth』のテーマにしている。

心的外傷後成長の理論は、トラウマ的な経験から来る苦悩を軽く見たり、目標達成の手段として見たりするものではない。むしろ、トラウマサバイバーのほとんどは、人生で最悪の出来事を自分の記憶から消せるなら、自己成長なんていらないと言うだろう。

それに、大切な人から切り離されたり、ヘルスケアが受けられなくなったり、トラウマ的な出来事が次々に起こったりしたときは、立ち直ること自体が不可能に思えるし、自己成長なんて考えられない。そんなときに心的外傷後成長の話をしたら、ただでさえ苦しんでいる人々に余計なプレッシャーを与える可能性もある。

その一方で、心的外傷後成長に希望を見い出し、それを道しるべにして不安定ないまを乗り切ろうとする人がいるのも確か。この理論の全貌をシロ博士が噛み砕いて話してくれた。

ウィメンズヘルス(以下WH):“トラウマ”という言葉にはさまざまな定義があるようですが、シロ博士はこの言葉をどのように定義しますか?

シロ博士:“トラウマ”という言葉はもともと“外傷”を意味する医学用語でしたが、のちに砲弾ショックのような心の傷にも使われるようになりました。近年は定義が拡大されていて、私の場合は、精神的に打ちのめされるような経験や、個人の信念体系を破壊するような経験、ツール不足で本人が対処できないネガティブな経験にもトラウマという言葉を使っています。

また、トラウマには、大きなトラウマ(戦争、虐待、大地震など)と小さなトラウマ(見捨てられた経験、拒絶、マイクロアグレッションなど)があります。

WH:要するに大事なのは、出来事そのものというよりも、その影響の大きさということですか?

シロ博士:トラウマは相関的です。トラウマの原因が出来事そのものにあるとは限りません。大事なのは、その出来事が起こったときに、その人のなかでなにが起こるか。例えば、子どもがいじめられているとしましょう。そのときに親が力を貸してくれなかったり相談できる人がいなかったりすると、いじめられた経験がトラウマとなり、自分や他人、社会との付き合い方が変わることも考えられます。

トラウマは主観的でもあります。あなたが離婚をトラウマと言うのなら、それを否定する権利は誰にもありません。世のなかには、周囲の理解やサポートを得て円満に離婚する人もいれば、離婚のせいで人間関係に対する考え方が変わり、恋愛に臆病になる人もいますから。

WH:心的外傷後成長とは、どのようなものですか?

シロ博士:心的外傷後成長は1990年代に心理学者のリチャード・テデスキ博士とローレンス・カルホーン博士が生み出したコンセプトですが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)ほど広く知られていません。

心的外傷後成長は、困難な状況を乗り越えたあとに訪れるポジティブな変化です。自己理解が進んだり、より有意義な人間関係が築けるようになったり、生きる目的が増えたり、よりスピリチュアルになったりというのは、この変化の数例です。

WH:シロ博士の著書のタイトル『The Unexpected Gift of Trauma(トラウマがくれる意外なギフト)』には驚く人もいそうですね。

シロ博士:“トラウマ”という言葉と“ギフト”という言葉を同じ文章のなかで使うことに疑問を感じる人は多いかもしれません。一般的にトラウマは終身刑と見なされていますから。この本には希望のメッセージが込められています。痛くて苦しくてボロボロのいまこそ、悲惨な経験をバネにして自分の限界を打ち破り、成長する絶好の機会であるというメッセージです。

WH:トラウマを抱えた人の胸には響くかもしれませんね。みんな明日に怯えながら生きているかもしれませんから......。

シロ博士:恐怖に怯えている人や精神的に打ちのめされている人になにより伝えたいのは、そういった感情を筆者である私自身が全部認めて、正当化しているということです。私は、そのような感情を軽く扱ったりしませんし、トラウマ的な経験をした人に「心配しないで、大丈夫、最後にはギフトがもらえるはずだから」なんて言ったりしません。治療前の段階では、トンネルの先に光があることさえ信じられないはずですから。

私のクリニックでは、「いまは意味がよく分からないかもしれませんが、私はあなたのために希望を持ち続けます」と言っています。「ここでは自分の感情を好きなだけ出してくださいね。トラウマ治療は、たくさんの勇気を必要とする大変なプロセスなので、ここでは自分の気持ちに素直になっていいということだけでも分かってもらえれば十分です」と。

WH:トラウマ的な経験を乗り越えて成長する人たちに何らかの共通点はありますか?

シロ博士:あると言えればいいのですが、不確定要素が多すぎます。例えば、慢性的なトラウマなのかそうでないのか、何度も起こることなのか一度きりのことなのか、子どもの頃のことなのか大人になってからのことなのか、心が弱っているときに起きたことなのかそうでないのか。

でも、他者とのつながりには、心の傷を癒して立ち直るために必要ななにかがあるようですね。よって、コミュニティへの帰属感、他者に対する確かな愛着、自分を支えてくれる人の存在、良好な人間関係は保護因子(立ち直りを促す要素)です。これがあるかないかによって結果は大きく変わります。

WH:シロ博士が著書のなかで紹介している“心的外傷後成長に至るまでのステージ”は、簡単に言うと、どのようなものですか?

シロ博士:まずは自分の感情に気付く“認識”のステージ。次は自分の現状を把握して誰か(カウンセラー、家族、友人)に接触し、「私には助けが必要、少なくとも自分の気持ちが吐き出せる場所が必要」と言う“覚醒”のステージです。

その次は、心の壁を取り払って自分をさらけ出す“進化”のステージ。絶対にあってはならないことですが、仮にあなたが兄弟を亡くしたとします。そうすると、死や喪失についてもっと知りたいという気持ちが芽生えたり、死に対する考え方が変わったりするかもしれません。

その次がトラウマと進化を受け入れる“統合”のステージ。ここまで来ると、トラウマ的な出来事を振り返っても、嫌な感情が伴わないようになります。すべてを統合することができた状態です。

そして最後が“変革”あるいは英知のステージ。これぞ、まさに心的外傷後成長を遂げたと言えるステージでしょう。自分が優先するべきことを理解して、より有意義な人間関係を築き、宗教的というよりはスピリチュアルな意味で、自分は自分より大きなものの一部であるという感覚を抱きます。

このステージにいる人は、「私には自分の目的が分かっているし、その目的を達成する方法も分かっている。私には自分の使命が分かっている」と言うだけでなく、それによって自分と同じコミュニティにいる人を助けることもできるのです。 ※この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。Text: Claudia Canavan Translation: Ai Igamoto

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