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監督・齊藤工さんと脚本家・倉持裕さんが語る「理想の暮らし」に潜む危うさ 映画『スイート・マイホーム』

  • 2023.8.31

映画『スイート・マイホーム』が9月1日から公開されます。神津凛子さんの同名小説を実写化し、主演は窪田正孝さん。幸せな家族が「理想のマイホーム」を手に入れたことが発端となり、不可解なできごとに巻き込まれていくホラーミステリーです。本作を監督した齊藤工さんと、脚本の倉持裕さんに、家と家族の関係性、映像化にあたって工夫したことなどを伺いました。

家には“人格”がある

――お二人は映画『ゾッキ』(2021年。竹中直人さん、山田孝之さんと共に齊藤さんが共同監督を務めた)でも監督×脚本でタッグを組んでいます。お互いの印象はいかがですか。

齊藤工さん(以下、齊藤): 倉持さんは原作をとても深く理解される方で、その上でオリジナルな倉持さんのエッセンスを入れて執筆されている。『ゾッキ』のあと、映画『零落』(2023年)では主演と脚本家という関係でご一緒しました。どちらの作品も、いち読者として「実写化するのは難しいだろうな」と思うところを、倉持さんは見事に映像表現として、脚本に落とし込んでいかれた。今回、映画化のお話を受けて、神津先生の素晴らしい原作と、倉持さんのオリジナリティーがいかに融合されていくのか、単純に見てみたいという気持ちもあって脚本をお願いしました。絶大な信頼をおいています。

倉持裕さん(以下、倉持): 齊藤さんは、言葉ではなくいかに映像で表現するか、こだわりを持って深く考えている監督だと思います。僕は撮影現場に行かないので、主にホン打ち(脚本の打ち合わせ)で齊藤監督と一緒に脚本を練り上げていくのですが、伝えたいことを映像でどう表現するのがよいか、様々なディスカッションを交わしました。たとえば、登場人物が感じる恐怖をそのままセリフで伝えるのではなく、うなるように鳴るエアコンの室外機の描写を通じて伝えていく、とか。さまざまな手法を検討しましたね。

朝日新聞telling,(テリング)

――本作では、どこにでもいるような家族が、夢のマイホームを購入することで、思いもよらぬ恐怖の連鎖に陥っていきます。その重要な舞台となるのが「家」ですが、その家の演出にはどのようにこだわっていかれたのでしょうか。

齊藤: この作品は、ある意味で「家」がもう一人の主人公である、と思いながらロケハン(撮影場所探し)をしました。モデルルームなどたくさんの家を見たんですけど、そうするうちに家には人間でいう人格のようなものがあると思えてきたんですよね。
たとえば、納戸のような用途でつくられる小さな地下室は、以前から日本の家にも結構あるそうなんです。居室にできるような広さだと、かなりの費用がかかってしまう、という現実的な事情もあって、狭い地下室や半地下のスペースにするんですよね。そんな小さな地下室を有する家が、秘めたる何かを抱えた人間に見えるような瞬間がありました。どの家も、外観からは見えない顔を持っているんだな、と。
最終的には取り壊しが決まっているモデルハウスの物件を使用させていただくことになり、ストーリーを表現するために最適な環境が整いました。

倉持: 撮影に使う家が決まったことで、脚本にもリアリティが増しましたね。「この構造は法的に難しい」といったことも出てきましたが、実際の家を舞台にしたことで描写や展開を膨ませることができた部分もあります。

朝日新聞telling,(テリング)

家族は「小さく」壊れ始める

――マイホームを購入する賢二たち家族は、「理想の暮らし」を求めているようにも見えますが、本作ではそれが脅かされる不穏な展開が訪れます。理想の暮らしが、ある日突然、壊れるかもしれない。そんな恐怖や不安感に共感できる人もいるかもしれません。お二人には、本作の恐怖や不安感に通じる部分はありましたか。

倉持: 人はつい「もっと良い暮らしを」と欲張ってしまう。その背伸びや、身の丈に合わないものを求める気持ちが、それを失う恐怖や不安につながっていくというのは、よくあることだと思うんです。この作品では、極寒の地に住む賢二が、妻と子どものために温かい家を購入しようと決めますが、特に子どもがいると、つい、もっといい暮らしを、いい家を、と求めてしまいがち。僕もこの作品を書いているとき、上の子が5歳、下の子が生まれたばかりと賢二の家族に近い家族構成だったので、子どものためならいい家を買えるように頑張ろうと思ってしまう心理は、よく理解できます。

齊藤: 僕は独身なので、想像でしかないのですが、家族が大きく壊れていくときは、ささいなほころびから始まるのではないでしょうか。身近で何気ないできごとの中から、小さく壊れ始める。それはけっして他人事とは思えないな、と思いながら映画を制作していました。
家族のあり方について、つい典型的な理想像を描き、まるでそれが「正解」かのように思い込んで目指してしまう人もいるかもしれません。でも、それは本当にあなたの理想の家族のあり方なのか、誰にとっての理想なのか。目指した理想と現実に、けっして埋まらない溝のようなものを見つけたとき、どうするのか。この映画が、みなさんが「理想」とどのように向き合っているかを炙り出す、リトマス試験紙のようなものになってくれたら嬉しいです。

朝日新聞telling,(テリング)

●齊藤工(さいとう・たくみ)さんのプロフィール
1981年生まれ、東京都出身。モデルとして活動した後、映画『時の香り リメンバー・ミー』の主演として俳優デビュー(俳優として出演する際は、「斎藤工」名義で活動)。近年は映画『シン・ウルトラマン』『イチケイのカラス』『シン・仮面ライダー』など話題作に次々と出演。俳優業と並行して映画監督としても活動し、初の長編監督作『blank13』では、国内外の映画祭で8冠を獲得。

●倉持裕(くらもち・ゆたか)さんのプロフィール
1972年生まれ、神奈川県出身。2000年にペンギンプルペイルパイルズを旗揚げし、すべての作品の作・演出を務める。2004年に「ワンマン・ショー」で第48回岸田國士戯曲賞を受賞。本作以外に映画脚本は『十二人の死にたい子どもたち』『ゾッキ』『アイ・アムまきもと』『零落』。

■塚田智恵美のプロフィール
ライター・編集者。1988年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後ベネッセコーポレーションに入社し、編集者として勤務。2016年フリーランスに。雑誌やWEB、書籍で取材・執筆を手がける他に、子ども向けの教育コンテンツ企画・編集も行う。文京区在住。お酒と料理が好き。

■植田真紗美のプロフィール
出版社写真部、東京都広報課写真担当を経て独立。日本写真芸術専門学校講師。 第1回キヤノンフォトグラファーズセッション最優秀賞受賞 。第19回写真「1_WALL」ファイナリスト。 2013年より写真作品の発表場として写真誌『WOMB』を制作・発行。 2021年東京恵比寿にKoma galleryを共同設立。主な写真集に『海へ』(Trace)。

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