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外資系ITから日清食品に飛び込んだ女性部長がEC売上高を10倍にするまで壊し続けた伝統企業あるある

  • 2023.8.30

世界初のカップ麺「カップヌードル」でおなじみの日清食品。世界的企業でありながらドメスティックな社風の日清食品に外資系ITから転職を果たし、低迷していたEC事業の年商を10倍に伸ばした女性管理職がいる。入社当初「変わった人」と見られていた彼女が、崖っぷちから這い上がりEC事業になくてはならない人になるまでの猪突猛進の日々とは――。

カップヌードル
商品到着まで1週間もかかったEC事業

グローバル食品会社・日清食品のEC事業は、つい数年前まで超マイナーな存在だった。同社では流通業者を通じて店頭で売るという、伝統的な商いが主流だったからだ。そんな日陰の存在だった事業を刷新し、6年間で年商を10倍に伸ばした立役者が、ビヨンドフード事業部ダイレクトマーケティング部部長の佐藤真有美さん(46)だ。

「EC専門のマーケティングチームが立ち上がった2016年は、社内でも『そんなにうまくいかないだろう』と思われていたようです。もともとECの部署はありましたが、お客様から即席麺のオーダーが入ればケースで送り、到着は1週間後みたいなレベル。私としてはメーカーの通販としてちゃんと成り立つもの、世界的な大手ネット通販サイトなみのクオリティーのサービスレベルにまでできれば! と意気込んでいました」

日清食品 ビヨンドフード事業部ダイレクトマーケティング部部長の佐藤真有美さん
日清食品 ビヨンドフード事業部ダイレクトマーケティング部部長の佐藤真有美さん

佐藤さんの前職は外資系IT企業の日本支社で、入社以来プロダクトやECのマーケティングを専門に働いてきた。転職を決意したのは一人娘が小学校に入学したのがきっかけ。アメリカ本社と時差があるため昼夜逆転で働き、娘の学校の準備に時間を割けなかったり、日本で関わるのは販売戦略までで商品の誕生まで見届けることができなかったりといった不満があったからだ。そんな折にECに携わる優秀な人材を探していた日清食品とマッチングし、トントン拍子で採用された。

当初の意気込とは裏腹に…

転職した当初はアメリカ現地法人のECのプロジェクトリーダーに就任。

新卒プロパー社員の多い日清食品で、外資系ITからのキャリア採用組は当時ほとんどいなかった。“意見を言わないのなら会議に参加している意味がない”という前職の企業文化もあってか、臆することなく発言する佐藤さんは、最初異分子のように見られたところもあったそう。

「日清食品の会議はどちらかというと上席者が発言し、それを部下が聞いて勉強している感じでした。その中で私はズバズバとまではいかないけれど、自分の意見を結構言っていたところ、“少し変わった人”と捉えられていたみたいです」

とはいえ、ゴリゴリの外資体質ではなく、柔軟性のある佐藤さんは、徐々に社風になじみ、頭角を現していく。

その後、安藤徳隆社長直々に日本国内で展開する新たなEC事業のリーダーに抜擢された。

佐藤さんは前述のとおり「世界的なネット大手通販サイトなみのサービスを!」と気合十分だったが、人生はそうそう甘くない。

「従来のケース買いではなく、お客様の欲しい即席麺を1個ずつ、しかもすぐに届けられればベスト。でも、そのシステムをつくるには時間もコストもかかりすぎると思い込んでいたのです。そこであらかじめ即席麺の詰め合わせセットを用意して売ればいいと考え、タッグを組める配送業者さんやパートナー企業さんを探し、自分では最善のプランを練り上げました。そして満を持して社長にプレゼンしたのです」

社長には見透かされていた、低いハードル

しかし、返ってきた社長の言葉は「できることを積み上げていってはダメだ!」というもの。提案は一蹴された。

本来ならば、ユーザーが好きな麺を1個から買えるシステムが理想形なはず。どうしてそれを目標にしないのか。そこから逆算して、できることとできないことを考えるべきではないのかというのが社長の考えだった。

「手を抜いたつもりはありませんでしたが、社長の言うとおり、できることにしか目がいってなかったのです。そもそも低いハードルの目標だった。社長にはそれを見透かされていたわけで、本当にショックでした……」

そこから佐藤さんはアプローチを変えた。ユーザーの欲しい商品を欲しい数だけ買うシステムを構築するために、再度配送業者やパートナー企業と交渉したところ、結果的には詰め合わせセットと変わらない時間(即日配送も可能)とコストでの販売が実現できた。目標を最大の理想形において、そこから逆算するプロセスは、以来佐藤さんの仕事の基本となる。

一発目が大ヒット、しかし“二匹目のドジョウ”はいなかった

とにもかくにも、事業を語る時の佐藤さんは熱い。しかしその熱意が裏目にでることもあった。

「自分でも実行力はあると思うのですが、欠けていたのは、大胆さと慎重さのバランスでしょう」と、“痛い目”に遭ったエピソードを語る。

佐藤さんの部署では、数々の商品が有名アニメーションやゲームとタイアップした企画提案や販売を行っている。アニメやゲームのストーリーの中に入りシチュエーションにフィットする即席麺をつくるというもの。

「数年前にあるアニメとタイアップし、コラボ商品を弊社のオンライン限定で売り出したところ、SNSでバズってものすごく売れたのです。これは第2弾もいけるはずだと、有名ゲームとタイアップして、前回よりもインパクトのあるオリジナルデザインのカップヌードルをオンライン限定で発売しました」

“柳の下の2匹目のドジョウを狙え”とばかり、イケイケドンドンで大量のオリジナルカップヌードルをつくったのだが……。

「第1弾と違って最初から風向きが怪しかったですね。そのうち微風に変わっていって(苦笑)、売り上げが伸びない。結局半分近く在庫を抱えてしまいました」

もちろん、数字を見ていた営業部とも合意のうえでの生産だったので、佐藤さんだけに非があるわけではない。とはいえ彼女は事業の責任者。社長の決裁を仰ぐ際、恐る恐る書類を出したところ

「二度はないからね」と、社長から放たれたのは一言のみ。

同じ過ちは二度と起こすべからず、と釘を刺されたのだ。

「『できることを積み上げるな』と同様、これも相当こたえましたね。もちろん慎重すぎると機会損失になってしまいますが、アクセルを踏みっぱなしなのも良くない。ある程度予約数を確保してから生産するといった、リスクヘッジの大切さも学びました」

40歳のスッピンの変化を晒し続けた日々

佐藤さんの性格は猪突猛進型。「これぞ」と思ったこと、やりたいことをまっすぐに見据えて全力で成し遂げるタイプだ。

そのせいか、部下に「根回しするとか、もう少し政治的に動いたほうがいいですよ」と忠告されることもあるとか。

EC限定(一部のエステサロン等でも販売)の日清初の美容ドリンク「ヒアルモイスト」も、直球勝負で販売までこぎつけた。試作品を飲み続けたところ、佐藤さん自身の実感が強烈だったので「これは商品化するべきだ!」と固く決意する。

「そもそも私はEC独自の商品をつくりたかったんです。定番の即席麺はやはり店頭で買う人が多いですし、欲しいとなった場合、スーパーやコンビニの売り場で迷うことはありません。でも、美容ドリンクやサプリメントはどこで買っていいのかわからないこともあります。ECであれば、PCやスマホ上ですぐ探し出せ、クリックひとつで購入することができます。美容ドリンク市場の中ではだいぶ後発ですが、世界唯一のヒアルロン酸をつくらせる乳酸菌を贅沢に配合しているドリンクは、他社にはないので必ず勝機はあります」

日清初の美容ドリンクの効果を自身の肌で実証し、社長へプレゼンしたという。
日清食品初の美容ドリンクの威力を自分自身で実証し、社長へプレゼンしたという。

およそ日清食品っぽさがないパッケージのアイテムだが、クオリティーが高くて独自性があれば、美容ドリンクのカテゴリーNo.1もめざすことができる自信をのぞかせる。

その自信の一つの裏付けとして、自身の変化がエビデンスに。

「毎朝寝起きのスッピンを撮影し『1週間で、見るからに変わったでしょ?』と、40歳オーバーのスッピンを晒し続けました(笑)。こんなにいいものならECで売るべき! と周囲を巻き込み商品化にこぎつけたのです。もちろん、日本で美容商品を売るための広告表現規制についても一から勉強しました。今では日焼け止めとプレストパウダーだけでファンデいらずになりました。本当ですよ」

佐藤さんの普段のスキンケアは、ドラッグストアで買えるオールインワンをチャチャッと塗るだけ。しかし、40代後半とは思えないほどの透明感とプリプリとした弾力は説得力がある。

「私のこと大切じゃないの?」と泣きじゃくる娘からの電話

発足当初はうまくいかないだろうと思われていたEC事業部も、今では「この部署で働きたいです!」と若手社員に言われるほど、社内でのプレゼンスも確実に大きくなった。

それでも事業部を立ち上げた当初は、部下にECに詳しい人材がいなかったため、佐藤さんは一人で仕事を抱え込み、多忙を極めた。ワークライフバランスはそっちのけで、プライベートは優先下位で小学生の娘との時間はなかなか取れなかった。そもそも転職したのは、海外との忙しいやりとりから離れるためではなかったか……。

「その頃娘が仲良くしていたお友だちのお母さんが専業主婦だったので、娘はなぜ自分の母は働いてばかりいるのか疑問だったようです。毎日私の携帯に電話をかけてきて『私のこと大切じゃないの?』と泣きながら、家にいてほしいと訴えていました。でも、正直それどころじゃなかった。あの電話の声を思い出すと今でも心が苦しくなります」

若手社員から「『EC事業部で働きたい』と言われるのがとてもうれしい」と佐藤さん。
若手社員から「『EC事業部で働きたい』と言われるのがとてもうれしい」と佐藤さん。
ワークもライフもゴチャ混ぜのワーカホリック

母の不在を嘆き、泣きながら電話をかけてきた娘は今や高校生。母と同様にマーケティングの世界に興味を覚え、その勉強ができるような大学をめざしているそうだ。佐藤さんはワークもライフもゴチャ混ぜ、自他共に認めるワーカホリックだが、「あなたをちゃんと大切に思っているよ」という気持ちを常に表していた。そのせいか、娘は道を踏み外すこともなく育ってくれた。

現在は、夫と娘と毎晩必ず夕食を共にし、その後、録りためたドラマを一緒に見て感想を言い合う、といった和やかな時間をやっと手にする。

しかしEC事業はやっと軌道に乗ったばかり。話題を呼んだヒアルモイストも美容マニアなどの玄人好みのアイテムなので、日清食品が望む美容ドリンクのカテゴリーNo.1までにはたどり着いていない。それでも「これからはサブスクのサービスも拡大していきたい」と、佐藤さんはまだまだ事業の伸びしろを狙い続ける。

東野 りか
フリーランスライター・エディター
ファッション系出版社、教育系出版事業会社の編集者を経て、フリーに。以降、国内外の旅、地方活性と起業などを中心に雑誌やウェブで執筆。生涯をかけて追いたいテーマは「あらゆる宗教の建築物」「エリザベス女王」。編集・ライターの傍ら、気まぐれ営業のスナックも開催し、人々の声に耳を傾けている。

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