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山暮らしの実践、キャンプ場プロデュースと、自然に向き合う 「マウンテンリサーチ」デザイナーのアウトドア観とは?

  • 2023.8.21

マウンテンリサーチ 代表 小林節正さん

プロフィール/1961年東京生まれ。1993年に靴のブランド「セット」を立ち上げ、その後アパレルブランド「ジェネラルリサーチ」をスタート。2006年に「……リサーチ」プロジェクトを始動し、アウトドアブランド「マウンテンリサーチ」も展開。長野県川上村に自身の山暮らしの拠点を作り、2021年には山梨県の道志村のキャンプ場「水源の森 キャンプ・ランド」をプロデュース。

キャンプグッズへの興味から、アウトドアの世界へ

東京の事務所に飾っているテントの模型。「今は展示場やスペースが広いショップもありますが、昔は大きなテントの実物を見せられる機会があまりなかったんでしょう。アウトドアメーカー各社がこういったテントのミニチュアを作り、それを北米中を車で走り回るセールスマンに持たせて、リテーラー相手の営業をしていた時代のものです。セールスマンサンプルと呼ばれているものですが、実物と同じ構造と素材というのがいいですよね」

――キャンプやアウトドアに目覚めたきっかけは何ですか?

小林節正さん(以下「小林」):私は浅草の靴工場の息子なんです。1960年代生まれですから、幼少期はちょうど高度経済成長期の時代。だから、両親はとても忙しかったんですよね。学校が長い休みに入ると、家にいられると面倒だからという理由で、名古屋にある母親の実家に行かされていました。母親の父親、つまり祖父が趣味で鉄砲撃ちをしていて、その狩り場の飯場が三重県の鈴鹿山脈の中にあったんです。祖父はほぼ1年中そこにいるものですから、名古屋に行くと、私はすぐにその鈴鹿山脈のほうへ。幼稚園から高校1年生くらいまで夏休みと冬休みをずっとそこで過ごしていました。それが山暮らしの原体験です。

――その後、いつからまた山へ興味を持ったのでしょうか?

小林:90年代の終わり頃、キャンプにはまっていた友人のカメラマンに「キャンプに行こう」と誘われたんですよ。そのとき改めてキャンプっぽい景色を見たんです。私が鈴鹿山脈で見ていた山の景色というのは「キスリング」と言われる黄色い綿の横長バックパックの時代。テントも同じ生地の黄色いテントで、ポールも木のものしか見たことがなかった。でも時代は変わっていて、赤とかグレーとか、とても洒落た世界になっていました。ポールも木じゃなくてアルミになっていたし、どれもこれもすごい軽量で、カルチャーショックを受けました。これを機にモダンなキャンプグッズにすっかりはまってしまって、グッズを使うためにキャンプに行くという(笑)、ちょっと逆さまではあるんですけど…。そもそも1人で山に入って、1人で暮らすみたいなことにはずっと憧れがあったし、幼少期の体験のおかげで山にもなじみがあったので、すんなりはまることができましたね。

――その頃はどのくらいキャンプに行っていたんですか?

小林:忙しかったから、週末にだけ。ただ、週末に1泊だけみたいな話だと設営して、一夜明けてすぐに撤収作業、みたいになるじゃないですか。忙しい思いをしに行くだけで、自分の性格的にはこれだと長続きしないと思ったんですよ。でも、キャンプ自体は面白いし、山暮らしへの興味も尽きない。それなら時間とかを気にしなくてもいい自分専用のキャンプ場を作っちゃえ!と思って、場所探しのようなことを始めました。現代の「山を買う」みたいなブームと同じ話なんですが、そんなことを2004年、5年にやっていました。

自分自身で開墾して、オフグリッドの生活を

「キャンプを続けている間にも、都会で『ジェネラルリサーチ』という洋服のブランドをやっていて。でも、それをやり続けてもあまり意味がないなと思い始めたんですよ。山でスタンドアローンで暮らせて、グリッドからも外れて、何日か過ごすためにはどうすればいいか。そんな人間として『1人で幾晩か過ごす能力』みたいなものに憧れたんです」

――そして長野県の川上村に見つけるわけですね。

小林:ネイチャーライターの田渕義雄さんという方がいて、彼の本を雑誌「スペクテイター」の青野編集長が1冊持ってきてくれたんですよ。当時は山の厳しさやストイックな世界観を説くような本が多かったんです。でも、自分のようにグッズ好きやアメリカのカルチャー好きで山方向に入るみたいな側の人間からしたら、もう少し気楽な感じの読み物があってもいいのになって思うことが多かったんだけど、まさに田渕さんの文章がそれだったんです。自分用のキャンプ場を探していろいろなところに行っていたので、田渕さんが本の中で書いていた川上村(長野県)にも行ってみようと。ただ、現地で不動産屋をせっせと巡ってみても、意外と山の土地って売ってくれないんですよ(苦笑)。

――最近では山ごと買っている人もいますよね。

小林:今は山を買うブームみたいなことになったから、せきを切ったように売り出されていますけど、あの当時は山、つまり宅地ではない土地を仲介してくれるところもないし、そういう土地を売るような状況にもなっていませんでした。別荘地のような土地しかマーケットに出ていなくて。山の人たちは自分の土地以外に、共有地というエリアがあるんです。昔は薪を取ったりしていた場所ですね。家が建つ所と山がある所の間という、いわゆる「里山」と言われるような場所。キャンパーが多くなったから、その共有地を村営のキャンプ場にしたり、別荘地にしたりしていたようなんですけど、私が求めていたのは、全くの手つかずで、自分たちで開墾するような土地。そんな希望を川上村の不動産屋さんの人に伝えた途端「何をされるか分からないし、火事を出されても困るから売らないし、見せない」と言われてしまうという…。

――その後、どうやって見つけたのでしょうか?

小林:あしげに通って最終的に「今まで見たような宅地ではない土地を一度だけでいいから見せてください」ってお願いしてみたら、その人の父親が持っているという土地をやっと見せてくれたんです。川上村は唐松の産地なのですが、そこは40年もの間放置されていたシラカバと赤松と唐松の過密林だったんですよ。見にいけば、過密林すぎて数メートル先すら見えなければ、ツタが絡まりすぎてて、中にも入っていけない状態だったんですが、こういう所じゃないと意味がないよなと思って、1年かけて交渉して、やっと手に入ったという経緯ですね。

――そこではどんな過ごし方をされているんですか?

小林:オフグリッドにして薪で暮らす生活にしたいというのが根幹にあったので、基本的には葉っぱが落ちた季節に木を切り倒し、2、3カ月してから丸太にして、割っていきます。冬の間は薪を作り、春になるとほとんど草刈りに追われますね。今は2週間に1回ぐらいしか行きませんので週末、到着した土、日にそれをやって、月曜日に東京へ帰るみたいな感じです。初期設定した感じを何となく進化させることと、保全をしにいく目的ですね。今は。

――そこでの暮らしの醍醐味は何ですか?

小林:「必要以上にインフラに頼ることなく、スタンドアローンで暮らしている」という実感が得られることじゃないでしょうか。ソーラーパネルの太陽電池で電気をおこして、ボイラーと暖房は自分たちで作った薪で過ごしていますから。

――川上村の家以外で、キャンプをされることもありますか?

小林:十数年間はほとんど川上村につきっきりでしたから、その頃はよその場所に出かけてキャンプをするのは年に1回か2回ぐらいだったと思います。コロナが騒がれ始めた辺りで友人から「キャンプ場をやらないか」という話がきて…、幸いディレクションとプロデュースに関わりながら無事にオープンさせることができたので、それ以降は、月に1回ぐらいそのキャンプ場にも向かう感じです。

「何を持っていくか」よりも「何を持っていかないか」のほうがおもしろい

「田淵義雄さんが書いていた『持っていかないものを決める』という話はバックパックの荷造りの話なのですが、今、車に荷物満載でキャンプ場に訪れる方にも聞いてもらいたいと思って。持ち物を削るということは目的を決めるということですから、よりシンプルに楽しめると思うんですよ」

――「水源の森 キャンプ・ランド」ですね。そこでの過ごし方と川上村での過ごし方は違いますか?

小林:「水源の森 キャンプ・ランド」では、薪を作る必要はないし、草刈りはスタッフがやってくれますからね。逆に言うと、そこでやっていることって、川遊びぐらいで(笑)。

――もともと、キャンプ場をやりたいという気持ちはあったのでしょうか?

小林:そうですね。私たちのブランド「マウンテンリサーチ」はコットンあるいはウール、ときには本革といった天然素材志向の一面もあるのですが、素材が限定されますから、機能性を追求するいわゆるアウトドアブランドとしては、立場が曖昧なんですよね。だから、キャンプ場という具体的な場所を設けて、洋服とセットでブランドを運営していくのは、説得力が伴うはずと、ブランドを始めた当初から望んでいたことではあります。

小林さんが着ている「マウンテンリサーチ」定番の動物刺しゅうシャツもコットン素材。「発生抑制みたいなことをしろって言ってるわけではないし、自分でも必要に応じて使いますけれど、ナイロンやプラスチックは全部ごみ問題に直結しますよね。あるいはコットン素材のTシャツにしても、発色の鮮やかなカラーは染料や定着液が環境的には毒だよなとか、今は考えてしまうようになりました。昔は知らないでやっていたので何でもできたんですが、少しだけ様子が分かってくると、ちょっとブレーキがかかるといいますか」

――どのようなコンセプトですか?

小林:いろいろなキャンプ場がありますけど、私たちが運営しているキャンプ場がある道志川沿いのエリアはオートキャンプ場ばかりなので、並びのキャンプ場とは、少々あつらえの違う場所を提供したかったんです。

今の時代は車でキャンプに行くのが主流だから、車をサイトに停められないと嫌な人たちも多いことは重々承知の上で、あえて場内に車を入れさせないという(笑)。都市生活的な車両がたくさん視界に映り込んでくるオートキャンプ場の景色と、自分が幼少の頃に鈴鹿山脈の中や、大人になってからアメリカのキャンプイン型の音楽イベントで見てきた山間や山頂近くにある、いわゆるテン場と言われるキャンプ場の景色はまったく違います。山の中にはみんな自分で荷物を担いでくるので、車もバイクも一切ないわけですから。ひとことで言えば、テン場とオートキャンプ場の景色の中間のようなものがやりたかったんですよ。

あまり原理主義的な話でもおもしろくないですし、キャンプ場にいるのに車の排気ガスとかを浴びるような近い距離でもいたくないですし。だから中間のスタイルができたらいいかなと思って。

――「水源の森 キャンプ・ランド」に訪れた人にはどんな過ごし方をしてもらいたいですか?

小林:一晩や二晩過ごすだけなので、自宅のリビングをまるごと持ってくるような感覚は、この際忘れてもらって(笑)、余分なものや要素を削ぎ落として、「どうすると簡単におもしろく過ごせるのか」というほうに考えてもらえるといいなと思っています。

昔、田渕義雄さんの本に書かれていたことで、実際に付き合いがあるときにもよく口にされていたんですが「何を持っていくのか考えるよりも、持っていかないものを考えたほうがいいよ」と。つまり、「あれもこれもやりたい」ではなくて「これをやりに行くわけだから、今週はコレとコレはいらないよね」という考え方。持っていかないものさえ決めれば、腹が決まりますからね。持っていくものに終始していると、キャンプ場に着いて真っ先に思うのが「アレを持ってくるの忘れちゃった」でしょう。喪失感のほうが大きい。田渕さんが言うようなほうが角度としては面白くなると思うんですよ。

都会にはないスケール感を体験するために、自然の中へ

「しばし前のことなんですけど、とあるキャンプ場で、隣の車が夜中ずっとエンジンかけててて、音が気になって眠れないやら、せっかくの自然の中なのに鳥の声なんかも聞こえてこないしってことがあったんです。どうやら子どもの具合が悪くて車中で過ごさせていたみたいなんですけれど、それはそれでもちろん文句なんか言えるわけないじゃないですか。

悪意があろうがなかろうが、キャンプに出かければ、そういうことに出くわすこともあるんです。それでも10回行けば、何回かはおもしろい。何回かは嫌な思いをする。そんな前提で行くといいと思いますよ。いい気持ちばっかり、そんな簡単にいくわけないから(笑)」

――キャンプ体験がブランドのものづくりに生かされることはありますか。

小林:年に1回だけの発表ですが、その制作や企画の過程では、これまで話してきたような自分の背景は当然、関わってきますよね。そのキャンプグッズを集めたコレクションでは、例えば、「アナルコカップス」という金属食器を作っています。現代の金属食器はダブルウォールになっていて、冷めづらいとか、機能が持たされていますよね。でも、私たちが作っている金属食器は昔ながらの考え方のもので、金属の短板を成型したものです。保温力もないし、いわゆる機能性はほぼゼロ。ただ、ダブルウォールになっているものは冷めづらいんだけど、冷めてからはそれを火にかけることはできない。間に空気が入ってて膨張しちゃうから。

私たちが作っているシングルウォールのものはあっという間に冷めてしまうけど、すぐ火にかけることができます。どうしてそんな不自由なスタイルにしているかというと、キャンプは裸の火が真横にあるという前提だから。キャンプをしに行くのに、極限まで削れるものはなんだろう、どうやったら最もシンプルに一晩二晩に臨めるのかなというのが全ての起点になっています。

――心に残っているアウトドア体験を教えてください。

小林:冒頭で話をした自分たちの場所を見つけて、原生林を開墾していたときのことなんですが、夜になると月の明かりで照らされた木々の影で地面がストライプになるんですよ。キャンプ場とか整備された場所の光が少しでもあるとこれは起こり得ないし、完全にオフグリッドの状態までいかないと体験できないんですよね。シンプルな話なんですが、そういうことに驚きを感じていた時期が一番おもしろがれている時期だったのかなという気はしますね。

――キャンプやアウトドアに向かうモチベーションとは?

小林:子どもの頃の体験に始まって、都会では見られない景色、たとえばある日突然、夕日で谷の間が真っ赤になっていたり…。月明かりと木の影のストライプの話もそうですけど、ああいうことは山の中で長い時間を過ごしてこそ体験できること。川上村は11月ぐらいに唐松が落葉するので、すべての唐松の糸みたいな葉がザーっと他の落ち葉の上に降るんですよ。耳を澄ましているとサーッといった音に聞こえる、とても弱い雨音みたいな音がある日突然、降ってくるんです。他の音が存在しないから、森全体からサラウンドな状態で聞こえてきて。

そんなふうに都会とは違うスケール感で、音とか色とかが見えるっていうのが最大の面白さじゃないですかね。テントで寝る、みたいなことが主眼ではなく、それをを体験するために、飯も炊くし、テントにだって寝るということですよね。運がよくて、うまい巡りがあれば、そういう瞬間っていうのが、10回中、1回ぐらいありますから。そんな感じの旨味が、みんなのまた出かける原動力になったりするのだと思いますよ。

撮影/薮内 努(TAKIBI)

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