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フランスで荷物を届けよう!郵便配達員Oと私の仁義なき闘い。

  • 2023.8.18

フランスにだいたい1年も住めば、少なくとも1度は郵便物のトラブルに遭うものだ。遭ったことがない人がいるならそれは強運の持ち主か、そもそも郵便物を出さないという人に違いない。しかしトラブルの発生率はもちろん、自分のところに配達してくれるのが「誰なのか」によるわけである。

私もなかなか引っ越しの多い方だが、家が変われば郵便配達員も変わるわけで、そうするとトラブルの性質や発生率が変わる。引っ越さなくてももちろん担当者が変わることもある。これまで、いろんな郵便配達員がいた。ものすごくナンパをする人。絶対に素顔を見せない人。常に泥酔しているような雰囲気の人。トラブルもいろいろで、そもそも配達してくれない、配達物を盗んでしまう、中身が入れ替わっている、日時指定のため高い料金を支払ったのにずいぶんと遅れて届く、など多種多様である。全部困る。

そしていまは、確認できている限り5人の郵便配達員がいる。すごく陽気な人やすごく不愛想な人、それぞれだが、中でも特によく荷物を持ってきてくれるのは2人組の黒人男性である。1人は大柄で、俳優のオマール・シーにどことなく似ている。もう1人は私よりも背丈の低い、小柄で寡黙な男性だ。私は2人組の郵便配達員をはじめて見たので、最初は小柄な男性が研修中かなにかだと思っていた。小柄な男性はこれまで一度も喋ったことがなく、オマールの後ろでいつも静かにたたずみ、時々オマールの言葉に頷いて賛同を示す。しかし2人が初めてうちに来てくれてからいままでずっと変わらず連れ立って仕事をしているので、よくわからないがどうやら彼らはパートナーということのようだ。

パートナーの小柄な男性に反して、オマールは饒舌な人だ。しかしにこやかにおしゃべりをして帰っていくというわけではなく、眉間にしわを寄せすごい勢いでしゃべり倒したあと嵐のように去っていく。そこには嫌な感じや怖い感じは一切なく、まあものすごく情熱的にということもないが、わりと彼はいつでも自分の仕事をこなすために一生懸命なのだなということが伝わってきた。笑顔や雰囲気で何かをごまかすこともしない。正直フランスでははじめて会ったタイプの人だった。私はいまでも、フランスで郵便を送るのも受け取るのもある種の緊張とストレスを感じる。でもこの2人が配達に来てくれるといつも少し安心できた。

ある時のこと、オマールらが配達してくれた荷物を受け取った私はいったんそれを玄関に置き、洗濯機をまわしてコーヒーを入れた。おそらく荷物は少し前に頼んだ化粧品だろうと思い、コーヒーを少し飲んでから中身を確認しにもう一度玄関へ行った。すると、おお、何ということだろう!それは住所が似た別人宛ての荷物だった。信頼してるがゆえに宛先も確認せずコーヒーなんて入れてしまったのだ!

私はすぐに配達員直通の電話番号に連絡した。オマールが出たので事情を伝えると、「何だって!?クソッ……ちくしょう!俺はもう別の配達先に向かってるんだ!」と彼は乱暴な言葉を使いながら大声でがなり立てた。「ねえオマール(とは呼んでいないが)、私の荷物もそこにある?それとも私の荷物はなくてただこの人の荷物を家に持ってきちゃっただけ?」私がそう聞くと、質問を追加したことでオマールをさらに混乱させてしまったようだった。「ちょっと待て、俺は運転中なんだ!ちょっと待っててくれ!」と電話は一度切れてしまった。いつもうちに配達をしてくれるオマール。いつも1人で弾丸のように喋っているオマール。荷物の管理をし、電話で客と話し、運転もしているオマール。私は、余計なことだがあの小柄な男性がせめて運転をしたらどうなのだろうと思った。何らかの事情で話すことができないにしても、一体彼は何を担当しているのだろう。それとももしかすると、彼は存在しているだけでオマールの心に安らぎをもたらしてくれる精神安定剤的存在なのかもしれない。

電話はすぐに折り返されてきて、オマールは「お前の荷物はここにあったぞ」と車内に私の荷物があることを伝えた。「それでお前が持ってるのはどこの住所のだ」と言うので、間違って配達された荷物の宛先を言うと、オマールは少し考えこんだあと、「そこの住所知ってるか?どこにあるかわかる?」というので、私は「わからない」と答えた。実際にはそんなに遠くないことはわかっていたし調べれば詳細もわかるのだが、なんだか嫌な予感がしたのだ。

「じゃあ、お前そこに荷物持っていってくれ」とオマールが言った。

やっぱり! 私は、すでにオマールの声音に含まれる「お前が持っていけ」を薄々感じ取っていたがそれでも驚いてしまった。わからないって言ったのに!なぜ、私が持って行かなくてはならないのか。「何でダメなんだよ!お前の方が近いだろ!お前の荷物は明日持っていく。俺は……俺はもう戻れない、こんなに遠くまで来ちまったんだ……」私が猛烈に抗議するとなぜかオマールも私に抗議してきた。電話口からオマールの絶望が伝わってくるようだった。大きな体に繊細な心、しかし仕事は雑、という自分を追い込みやすいタイプなのかもしれない。

絶対に行きたくない、が、なんとなくオマールなら一度だけ助けても良いという気持ちになって、私は「今回だけ、本当に今回だけだよ。私の荷物は絶対明日持ってきて」と答えた。するとオマールは、「わかった」と言ってお礼も言わずに電話を切った。こう言っておいて、私が荷物を持って行かなかったらオマールはどうするつもりなのだろう?いや、フランスで「荷物が届かない」のトラブルにはそういう、「間違って配達したけどそこからもう誰も再配達しなかった」が含まれているのかもしれない。でも私は持って行った。ああ、フランスでまた私はバカを見ている。もっと前向きに考えられればいいのに、こういう考えに傾倒してしまうときはどうしてもむなしい気持ちになる。

そうして私はある1人暮らしの女性の部屋へ、荷物を届けた。その女性は、日本の建築家と映画と植物とヘミングウェイの本が好きで、ベランダにはたくさん植木鉢があり花や野菜が大切に育てられている。会計士で、いまは自分の事務所を持っている。恋人がいるが当面一緒に暮らす予定はない。お父さんはフランス人でお母さんはレバノン出身である。お姉さんが2人と弟が1人いる。なぜただ荷物を持って行っただけの人についてこんなに情報を得たかといえば、私が間違って届けられた荷物を持ってきたその経緯を伝えると、そこからずいぶん話が遠くまで及んでいき、最終的には彼女の部屋に招かれコーヒーとベランダで育てているプチトマトをごちそうになり、連絡先を交換し、たまに会って食事をしたりしているからだ。

私はオマールとの闘い、ひいてはフランスにおける郵便トラブルとの闘いに負けてしまった。しかし、ごくごくまれに、たまには、まあ偶然なんだけど、こういう僥倖もあるということだ。

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