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仏ヌーヴェルヴァーグをはじめ、この夏観たい生命感あふれる3作品。

  • 2023.8.16

物語の定石を外して進む、哄笑に満ちた映画の航海。

『トルテュ島の遭難者たち』

仏ヌーヴェルヴァーグ直系の最後の長老監督、ロジエが逝った。でも、彼の映画に喪服は似合わない。特集「みんなのジャック・ロジエ」に採れたてみたいな鮮度の映画が揃う。劇場初公開となる本作は、1962年の初長編『アデュー・フィリピーヌ』を源とし、70~90年代のロメール映画を経て、新世紀の鬼才ギョーム・ブラックに啓示を与え続けるロジエ版ヴァカンス映画の極点に位置する。パリの旅行代理店に勤める青年が、安心安全なパック旅行の逆転の発想で無人島ツアーを企画。カリブ行きという以外、無計画な帆船の旅は紛糾し、逸走する。きっと、撮影隊もハプニングにあおられ、幻滅も愉楽も潮まかせに撹拌された集団即興コメディを、跳ね踊る魚のように捕らえるのだろう。

『トルテュ島の遭難者たち』監督・脚本/ジャック・ロジエ1976年、フランス映画146分配給/エタンチェ、ユーロスペースユーロスペースほか全国にて順次公開中www.jacquesrozier-films.com

声を失うダンサーの悲嘆が、命のしぶきとなって泡立つ。

『裸足になって』

欧米で快進撃の若手女優リナ・クードリが、出世作『パピチャ 未来へのランウェイ』の女性監督と再タッグを組んだ。故郷アルジェリアを舞台に、リナの感性と闘志が煌めく。女友だちと欧州での活躍を夢見るバレエダンサーの卵フーリエは、闘鶏・闘犬ならぬ「賭け闘羊」に元手を求め、あげくに大けがを負う。1990年代の内戦の傷痕がイスラム社会の女性の心に暗い影を落とす中、傷ついて声を失うフーリエがリハビリ中に知り合った老若の女らと回復を目指す、森や海辺の挿話が麗しい。欧州密航で海の藻くずと消えた女友だちに捧げ、以前の技巧に内発的なパワーを得たフーリエの裸足のダンスは、リハビリ仲間を従えた群舞へ。風と光と海鳴りを受けた、その波打つような生命感!

『裸足になって』監督・脚本・製作/ムニア・メドゥール2022年、フランス・アルジェリア映画99分配給/ギャガ新宿ピカデリーほか全国にて順次公開中https://gaga.ne.jp/hadashi0721

生きることは過酷だけれど、まんざらじゃないと思える情味。

『星くずの片隅で』

不振の車整備業を殺菌消毒の店に転換したのが、コロナ禍で軌道に乗る。職探しの強引さに負けてザクが雇ったキャンディもいまや必須の戦力だ。娘と肩を並べると姉妹に見間違うほどうら若いシングルマザーのキャンディ。姉御肌の母とふたり暮らしの独身男ザク。苦労人にして気まま同士の名コンビ、いや、マセた小娘を加えた珍トリオぶりが微苦笑を誘う。タッチが軽く、風通しのいい裏町の人情劇は全盛期の香港映画にもあった。その真髄を『少年たちの時代革命』の新鋭監督が、現代香港の小世界に移入する。キャンディは窮乏で身についただまし癖が抜けず、ザクとの信頼関係もこっぱみじんに。それでも、彼がキャンディ母娘に注ぐ情愛の奥ゆかしさに胸をギュッとつかまれる。

『星くずの片隅で』監督/ラム・サム2022年、香港映画115分配給/cinema drifters、大福、ポレポレ東中野TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開中https://hoshi-kata.com

*「フィガロジャポン」2023年9月号より抜粋

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