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「コンセントにほこり」だけで説教3時間…妻を論破したがる"令和のモラハラ男"に共通のコンプレックス

  • 2023.8.10

モラハラ夫という言葉をよく聞くようになったが、その実態はあまり知られていない。コラムニストの河崎環さんは「最近は、男尊女卑の古い価値観を持つ“昭和の男”の図式にあてはまらないモラハラが多いらしいことが、弁護士の堀井亜生さんの著書『モラハラ夫と食洗機』を読んでわかった。令和型のモラハラは、“論破”“一見ジェンダー平等”“共感力の低さ”というキーワードに象徴される」という――。

指をさして妻を責める夫
※写真はイメージです
「家族の命より地球環境」なのか

なにせ暑い。気温は体温を軽く超え、暑すぎてセミも鳴かず、蚊も飛ばず、生命の危険を感じる酷暑である。

今年の7月は125年間の観測史上、最も暑かったそうだ。専門家は温暖化が進めば異常気象が常態化すると予測しているらしく、そりゃそうですよねぇと地球環境の未来やエネルギー政策の今後に思考を巡らせようとするが、すでにこちらの脳も茹で上がらんとする勢いなので何も考えられなくて困っている。

この数年、世界各地を次々と襲う異常気象。そんな中で、書籍『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(堀井亜生・著/小学館)に、衝撃的な「エセSDGs夫」なる項があって驚いた。高邁な地球環境保護の観点から妻や子どもにエアコンの使用を禁じたり、「ガソリンを使うな」と車の使用を禁じたりして家族に喚き散らし、「このままでは子どもが熱中症で死ぬ」と危機感を持った妻に離婚されたモラハラ夫がいるのだという。

毎月、水道光熱費をチェックし、高いと「環境に悪い」と妻を叱りつける。冬も暖房を満足に使わせず、寒さで子どもが風邪を引いた。かなりの高熱で医者にかかろうにも車の使用許可が下りず、妻が子どもを抱っこして往復40分かけて病院へ。

何かにつけて「地球環境が」「エコが」と言いながらも抽象論だけで、妻が具体的なことを聞くと「だからお前はバカなんだ!」と逆ギレ。

それ、本当に地球環境のためですか、違うよね? なんの強迫観念なのか、「地球環境に配慮する立派な俺の正義」のためなら家族の犠牲も厭わない。狂気の沙汰である。

時代とともに“アップデート”されるモラハラの中身

モラハラ(相手を追い詰める精神的暴力)といえば、男尊女卑とか伝統的な価値観とか、ふんぞりかえって妻や自分よりも弱い者に偉ぶる昭和の男、みたいなのを典型例として思い描きがちだ。そんな古い男は時代と共に滅んでいくのかと思ったらさにあらず、令和の時代にも令和らしい話題や姿にしっかりアップデートされて、あちこちで問題を起こしているらしい。

実態が知られていない「モラハラ」

『モラハラ夫と食洗機』の著者で弁護士の堀井亜生さんは、「近年、モラハラ離婚が大幅に増加しています。でもモラハラという言葉がすっかり浸透している反面、その実態はあまり知られていません」と指摘する。特にコロナ禍では夫婦が同じ空間でずっと過ごさざるを得ず、夫のモラハラに我慢の限界を感じた妻による離婚が多発したそうだ。

だが、“モラハラ”という言葉が軽くとらえられるあまり、SOSに気づいてもらえない女性がいたり、「モラハラでは離婚できない」と言われて離婚を諦めてしまったりする人がいるのだという。「そんなことはありません。モラハラでも、諦めずに実証することで離婚はできるんです」(堀井さん)。

モラハラに長らく身をさらしてきた女性は、投げつけられる罵倒の言葉に浸かり切って自分に自信を失い、反撃の仕方どころか逃げ方すらわからなくなっている人が多い。録音・録画など、自分がされていることをそのまま記録し、丹念に証拠を集め、夫の暴言や異常な激高などが日常的であると証明することが大事なのだ。

モラハラとは実際にどういう言動を指すのか。モラハラ夫たちとは、どのような職業や経歴を持ち、どのような共通傾向があるのか。2000件を超える離婚事例を扱ってきたエキスパートとして、堀井さんは著書の中で最新のモラハラ事例を15のタイプに分類。「自分は正しいことを言っている」と信じて疑わないモラハラ夫たちのあきれた言動をつまびらかにし、その裏にある心理や背景を解説している。

「ああ、こういう厄介な男いるよねぇ」と苦々しく思ったり、あまりの滑稽ぶりに大笑いしたり、重苦しくなく軽妙に描かれているので、あっという間に読んでしまった。15タイプに分類される令和のモラハラ夫には、令和ならではのキーワードが3つあるように感じる。

なぜ論破したがるのか

令和バージョンのモラハラ夫、キーワードその1は理屈っぽい「論破」。

先ほどのエセSDGs夫も中途半端な理屈っぽさが印象的だが、夫婦間の会話で妻を論破しマウントを取りたがる「論破履き違えモラハラ夫」がいる。要は相手を言葉で屈服させて自分の思い通りにしたいだけ。ママに向かってイヤイヤを言う延長線上で、妻に向かって幼稚さを大開陳するから実に面倒だ。

本書に出てくる論破夫は、些細なきっかけで妻を責めるようになり、毎日のように説教や暴言を浴びせる。「なんでコーヒーを飲んだらすぐカップを洗わないのか。色素沈着するのを知らないのか」で説教1時間、コンセントの上にほこりがたまっているのを見つけると逆上し「発火の原因になるとわからないなんて、義務教育で何を学んできたんだ」「家を火事の危険にさらした責任をどう取るのか」と説教3時間、といった具合だ。

カフェラテを飲み干したカップ
※写真はイメージです
学歴コンプレックスの裏返し

やがて妻の親に「こんな娘を嫁に出した責任をどう取ってくれるんですか」と堂々と電話し、限界を感じた妻が離婚調停を申し立てると「無知な妻を指導しただけです。私の言っていることは科学的に正しいのです」と長文の手紙で弁明。

ところが、現実の調停では「調停委員とまともに話せない」という真の姿を現す。ネットで調べてきた浅い知識をボソボソと喋り、自分の意見すらきちんと論理立てて話すことができない。

実は、論破系モラハラ男は「多くの場合、その裏にあるのは学歴コンプレックス」(堀井さん)で自分に自信が持てないため、おとなしい妻に対して自分の賢さを強調して出口の見えない説教を繰り返すのだという。

堀井さんはこう書く。「このタイプの夫は、職場にも学生時代にも友達が一人もいないのが大きな特徴です。人との会話に不慣れで、そのため自分の気持ちを伝える手段が支離滅裂な『論破』以外になかったのかもしれません」。モラハラは、相手の感情を無視して一方的なコミュニケーションを押し付けるがゆえの帰結、「支配」なのだ。

「一見ジェンダー平等」の裏にあるもの

令和バージョンのモラハラ夫、キーワードその2は「一見ジェンダー平等」。男女平等を受け入れたふうでいて、根っこは伝統的な価値観に囚われているのである。

共にコンサルティング会社に勤め、同期で結婚した夫婦のケース。結婚後も妻がキャリアを継続することに「もちろんいいよ、家事も分担しよう」と言っていた夫は、やがて妻が大きなプロジェクトの担当に抜擢されて多忙になり仕事の愚痴を口にすると「仕事を続けたいって言ったのは君じゃないか」「君が仕事を辞めたら生活費はどうするんだよ」と怒り出し、挙げ句「自分が偉いとでも思ってるの?」とリモコンを投げつけたという。

しばらく平穏な生活が続いたのち、妻が出産を希望すると「君が育てるならいいんじゃない」との返事。しかし「共働きなんだから、家計は平等」と生活費をきっちり折半する方針は頑なに変えてくれず、産休に入って収入の減った妻は貯金を切り崩して生活費を支払い続けた。「君が希望して産んだ子なんだから」と、出産費用も子どもの服やおもちゃも全て妻の負担で、妻が目の前にいる時は子どもが泣いていても頑として手を出さず、妻に任せたままスマホをいじって抱き上げようともしなかった。

ここで感じられるのは、時代に合わせて男女平等を受け入れているように見えて、実際には妻が対等な収入を得ていることにプライドが傷ついてしまった男の姿だ。「男女平等なんでしょ?」とばかりに、自分は家庭に必要以上のお金も労力もかけなくなることで、消極的な「制裁」を加えるのである。妻の子育てを手伝わないのは「だって自分が選んだんでしょ」「それは自分で招いた結果でしょ」との当てつけ。モラハラ夫とは、妻に精神的な攻撃を加えることで、傷ついたプライドを懸命に癒やす男の姿でもあるのかもしれない。

家族の心を契約で縛ろうとする理由

令和バージョンのモラハラ夫、キーワードその3は「共感力の低さ」。他者の気持ちがわからず、ツールを使って人の心を操作し縛ろうとする人間的共感力の低さは、時に滑稽ですらある。

無口で頑固、頭が固くて家事育児など自分がする発想もない、古くさいタイプの士業の夫のケース。叱ったり嫌味を言ったり、家族にネガティブな態度しかとらないため、夫は子どもからも妻からも煙たがられていた。子どもが野球に打ち込むと「どうせプロになんかなれないんだから時間の無駄だ、勉強しろ」、誕生日やクリスマスを祝えば「こんな無駄なことをして、誰の金だ」という調子である。

ところが、ある日いつものように妻と子どもたちが外食から帰宅すると、リビングで酔い潰れていた夫が「合意書」と題された書類を差し出して「サインしろ」と家族に署名を求めてきた。そこには「家族として、円満に過ごす」「父のおかげで生活できていることに日々感謝する」などの項目が。家族は酔った父親を怒らせないようにと恐る恐る署名をするが、むしろ腫れ物を触るような扱いをするようになり、今度は「合意書違反だ! 全く円満になっていない!」と怒った夫がさらなる合意書を突きつける。

「家族の誕生日にはパーティーを開く」「年に一度、家族旅行を開催して積極的に参加する」「常に父を尊敬する」、さらには「夫婦として、月に3回の性交渉を確約する」とまで書かれ、自分が変わるのではなく家族の心を書面上の契約で縛ろうとする姿に恐怖を感じた家族は家を出たのだという。

「愛されないのは自分のせい」という反省がなく、相手の愛情を契約で無理やり自分に約束させるという哀しさ。もっとも身近な家族の心すら理解できない父親は、その共感力の低さで家族を自ら遠ざけていったのだ。

令和になってもなくならない「モラハラ」

時代が変わっても決してなくなりはしない、夫婦間の精神的暴力。「モラハラ」のポップな響きに隠されているのは、感情がエラーを起こしたまま過激化していく精神的暴力や支配の残酷さだ。

被害者である妻たちは、夫の帰宅が近づくと恐怖で動悸どうきがしたり、投げつけられた罵倒を思い出して過呼吸になったりするほどのトラウマを負う。そんな関係性は正常じゃない。

真夏のホラー話のようなモラハラ夫の実態は、著者の堀井亜生さんによるプレジデントウーマンオンラインでの連載でも読めるようになったので、ぜひ書籍も連載もご覧いただき、さまざまなモラハラのケーススタディーで理解を深めてほしい。

河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。

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