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何度でも会いたくなる最高の主人公。物語の力を感じる、今注目の小説です。

  • 2023.8.8

2020年8月31日、西武大津店(滋賀県大津市におの浜)は44年の歴史に幕を閉じた。

宮島未奈さんの「ありがとう西武大津店」は、R-18文学賞で史上初の三冠(大賞、読者賞、友近賞)を獲得。宮島さんは今年3月、同作を含む連作短編集『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)でデビューした。本書は各界から絶賛の声が続々と寄せられていて、海外翻訳も決定しているという、今注目の1冊だ。

「かつてなく最高の主人公、現る!」という熱いコピーがついている。閉店へのカウントダウンが始まったデパートをモチーフにした小説、というのも斬新で気になった。感想をひと言で言うと、かなり面白い。西武大津店をバックに立つ凛々しい少女が、主人公・成瀬あかり。個性的で魅力的で、何度でも会いたくなるキャラクターだ。

「成瀬の言うことはいつでもスケールが大きい。(中略)成瀬が言うには、大きなことを百個言って、ひとつでも叶えたら、『あの人すごい』になるという。だから日頃から口に出して種をまいておくことが重要なのだそうだ。」

西武に捧げた中2の夏

成瀬あかりは大津市在住の中学2年生。自称「成瀬と同じマンションに生まれついた凡人」の島崎みゆきは、14年にわたる「成瀬あかり史」を間近で見てきた。成瀬を見ることは自分の務めだと思っている。

成瀬はなんでも人よりずば抜けてできる天才少女だ。幼稚園時代は「あかりちゃんはすごい」と持てはやされていたが、あまりにもできるので感じが悪いと思われるようになり、学年が上がるにつれて孤立していった。しかし、成瀬は他人の目など一切気にしておらず、今日もマイペースに生きている。

「『島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う』
一学期の最終日である七月三十一日、下校中に成瀬がまた変なことを言い出した。」

大津市唯一のデパートである西武大津店は、ちょうど1ヶ月後に営業を終了する。建物は取り壊され、跡地にはマンションが建つらしく、地域住民は心を痛めていた。成瀬は、滋賀県のローカル番組による西武大津店からの生中継に毎日映るから、島崎にテレビをチェックしてほしいと言う。

そして中継初日。マスクに制服、さらに西武ライオンズのユニフォームを身につけ、両手にミニバットを握った成瀬がカメラ目線で立っていた。だいぶ怪しく、目立っていた。そのつもりはなかったが、島崎も成瀬のプロジェクトに時々参加するようになり、ふたりして画面に映り込む日もあった。

島崎が「どうして毎日行こうと思ったの?」と尋ねると、成瀬は「この夏の思い出づくりかな」と答えた。コロナ禍でできないことが増えるなか、成瀬にとって「西武大津店の閉店は中二の夏の大イベント」なのだった。

大真面目に突飛な行動に出る成瀬。目立ちたいわけでも笑いをとりたいわけでもなさそうで、真意がつかみづらいが、彼女のハートは熱く、地元愛に溢れている。西武が大津から消えたこの夏、成瀬のなかにひとつの夢が生まれていた――。

「空気を形に残しておきたい」

「成瀬あかり史」には数々の特筆すべきエピソードがある。

たとえば、「シャボン玉を極めようと思うんだ」と宣言した数日後、天才シャボン玉少女としてローカル番組に出演した。「お笑いの頂点を目指そうと思う」と言い出したと思ったら、M-1グランプリに出場してしまう。高校の入学式の日、実験のために坊主頭で登校してくる......。そんなただ者ではない成瀬の目標は、200歳まで生きること。成瀬なら人類の限界を突破しそうだ。

本書は「ありがとう西武大津店」「膳所(ぜぜ)から来ました」「階段は走らない」「線がつながる」「レッツゴーミシガン」「ときめき江州音頭(ごうしゅうおんど)」の6編を収録。成瀬と島崎をはじめ、西武大津店とともに人生を歩んできた40代男性、成瀬と小学校から一緒の女子高生、かるたの高校選手権で成瀬に一目惚れした広島の男子高生なども登場する。

ちなみに、大津市の「膳所」は関西では難読地名で知られているそうだ。「ミシガン」は琵琶湖を代表する観光船で、膳所には「ときめき坂」という坂があり、「江州音頭」は滋賀の伝統芸能......という具合に、本書は滋賀色全開。宮島さんは「ありがとう西武大津店」を執筆したきっかけをこう語っている。

「地域の人たちの間には『西武なしで、どうしたらいいんだろう』というどんよりとした空気が流れていました。でも、だからこそ、私は西武との思い出や、みんながそれを惜しんでいる空気を形に残しておきたいと思ったんです。」
(新潮社「文学界の新風、現る!」より)

私も地方都市に住んでいて、デパート閉店のニュースが流れるたびに、わがことのようにショックを受けている。デパート空白県がじわじわと増えているが、思い出のある場所が街から消えていくことは本当に寂しい。

そこで成瀬の登場である。成瀬が全身全霊で挑戦し続ける本書は、喪失から生まれた希望の物語だ。私は大津市民でも滋賀県民でもないけれども(好きで何度も行ったことはあるが)、こんなにも元気をもらえるとは......! 物語の力を感じた。

本書の特設ページでは、「ありがとう西武大津店」の試し読み、宮島さんのエッセイ「大津ときめき紀行」などが公開されている。

■宮島未奈さんプロフィール
みやじま・みな/1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒。2018年「二位の君」で第196回コバルト短編小説新人賞を受賞(宮島ムー名義)。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「女による女のためのR-18 文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』がデビュー作。

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