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「匂いの帝王」ルカ・トゥリンが選ぶ、現代のクラシックと呼べる10の香水

  • 2023.8.7
Guerlain《Mitsouko》、Lubin《Korrigan》、Cloon Keen Atelier《Castaña》、Guerlain《Habit Rouge》

1.Guerlain 《Mitsouko》

ゲランの《ミツコ》は香水の本質そのものである

一般的にはレディースとされているが、私自身よくつけるのがこの《ミツコ》。ゲランの3代目調香師ジャック・ゲランは偉大な発想を完璧な形へと作り上げてしまう、いわばピカソのような人物だ。ベルガモット、ラブダナム樹脂、オークモスの3要素をベースにしたコティの《シプレ》がセンセーションを巻き起こした2年後の1919年に、その進化形として誕生した。以来、100年近く変遷を重ねてきたが、現在のバージョンは過去最高の完成度を誇っている。香りの素晴らしさのみならず、香水とはかくあるべき、というすべてを体現する名香だ。

2.Auphorie 《Miyako》

新進気鋭のアーティザナル、オーフォリーの《ミヤコ》

名前こそ《ミツコ》に似ているものの、歴史も作り手もベクトルが真反対。マレーシアに住む、IT畑出身とプロダクトデザイナーの兄弟が3年前に発表した香水だ。一見、理系オタクにしか見えない彼らが、小さな工房で独学によって作り出したこの《ミヤコ》は、私にとてつもない衝撃を与えた。日本のキンモクセイをベースに、アプリコットやユズ、ジャスミンティーやレザーのノートが強烈に個性的な、複雑な香りが実に見事な香水だ。私が10年ぶりに香水の本を出すことにしたのも、実はこの《ミヤコ》に感激したのが契機となっている。

3.Cartier 《Eau de Parfum XI : L'Heure Perdue》

カルティエの《XI:ルール ペルデュ》

3番目は「ネオ・クラシカル」な香りと私が呼ぶ品。若手女性調香師マチルド・ローランによる《ルール ペルデュ》は天然としか思えないナチュラルな香りだが、私の化学者仲間によれば、化学の技術が結集した逸品なのだとか。香りの広がりも素晴らしい。我が家のリビングは広くて2階分の高さがあるのだがシュッと一吹きするだけで、たちまち家じゅうがこの香りで「輝く」のだ。私の第一印象は「これはすごい!」。そして10分後、「一体どうやってこんな懐かしい香りを生み出せるのか?」と知りたくてたまらなくなった。これぞ傑作だ。

4.Cloon Keen Atelier 《Castaña》

マロングラッセの甘い香り、アイルランド発《カスターニャ》

アイルランドのアーティザナル調香師デルフィン・ティエリーが開発したのは、かつてない「甘さ」だ。香りの世界において、甘さは長く深い歴史を持つ。これまで香水の甘味はバニラ、そしてラクトンと呼ばれる成分が必須で、近年はいわゆる「グルマン」、食欲をそそる甘い香り成分も増えた。ティエリーが作り出した《カスターニャ》は、フランスのお菓子マロングラッセ、正確にはマロングラッセに用いるマロンクリームの芳香が素晴らしい。だが、実際の香りそのものの再現ではない。微妙なノートを用いた、滑らかで甘い香りの誕生だ。

5.Parfum d'Empire 《Le Cri de la Lumière》

独立系パフューマーがここまで!《ル・クリ・ドゥ・ラ・ルミエール》

モロッコ出身、イタリア系のマルク=アントワーヌがフランスで作る《ル・クリ・ドゥ・ラ・ルミエール》はバラ、スミレ、アイリスのフローラル系。トップノートの美しさは、最高級の原材料に由来する。私はオーディオマニアでもあるが、初めて静電型スピーカーで音楽体験した時の感動に通じるものがある。香水作りのベテランで、学位も取得している化学者のアントワーヌは仏ヴェルサイユの調香師学校ISIPCAで教鞭も執る。彼の個人ブランド、パルファン・ド・エンパイアは近年クオリティが素晴らしく、業界内でもトップレベルを誇っている。

6.Guerlain 《Habit Rouge》

メンズフレグランスの金字塔、ゲランの《アビルージュ》

メンズといえば、まずは《アビルージュ》。フレグランス史上初の、オリエンタル系メンズフレグランスだ。1960年代から今に続く「古典」で、いわば香りの参考書として持っておきたい一本。我々プロが言うところの“ストレンジ”かつ、均整のとれた香りを両立させている。オレンジフラワーとオポポナックスのアコードが柔らかく、かつ荒いのが特長だ。香りが鼻に届いた瞬間に、強烈に香りを感じ取るタイプのフレグランスがあるが、これはその代表格。「イニシャル入りのスリッパを履いた格式高い老紳士」っぽさもあり、それも魅力だよ。

7.Andy Tauer 《Au Cœur Du Désert》

一度嗅いだら忘れられない、《オ・クール・デュ・デゼール》

ウッディでオリエンタル、バルサミックな香りが強烈に印象的な「砂漠の花」を作ったのは、スイスのチューリッヒに住む元化学者のアンディ・タワー。独学で香水作りを身につけて12年目を迎える、アーティザナル系パフューマーで、自作のフレグランスを「香りの彫刻」と呼ぶ。彼を一躍有名にしたフレグランスがあって、そこから甘さを一切取り除いたのがこの《オ・クール・デュ・デゼール》。会社所属のパフューマーと違い、個人で研究・製造しているため一般的な原材料しか使えないにもかかわらず、これまでにない香りを生み出したのがすごい。

8.Patricia de Nicolaï 《New York Intense》

ゲランの孫娘が生み出した《ニューヨーク・アンテンス》

独立系パフューマーとして活躍する、ゲラン家の孫娘パトリシア・ドゥ・ニコライ。彼女の《ニューヨーク・アンテンス》には、私にとってのメンズフレグランスの理想がすべて詰まっている。フランスのバタービスケットやバニラ、古い書物の香りに、オークモスなどのビターなエッジが加わる。心地よく穏やかで温かい。つけると、まるで自分の周囲3㎝がオレンジ色に輝いているかのように、香りのオーラでくるまれる。香りが他人の邪魔をしないタイプの香水ではダントツだ。これなら会食やコンサートにも、安心してつけていくことができる。

9.Lubin Korrigan

《コリガン》は18世紀から続くブランドの挑戦

1950〜60年代にかけて一世を風靡したパリのルバン。近年、アートディレクションやパッケージも刷新して大々的なカムバックを果たし、パフュームも新機軸を打ち出した。中でもこのスイート系フレグランス《コリガン》は人をこよなく惹きつける。カラメルの香りなのだが、実際のカラメルの再現ではなく、非常に完成度の高いメンズフレグランスへと到達させているのには驚いた。伝説的な名パフューマー、トマス・フォンテーヌの才覚と、従来の常識を打ち破ろうとするルバンの切磋琢磨が見事に集約された、稀に見る逸品である。

10.Chanel 《Sycomore》

言わずと知れたシャネルのクラシック、《シコモア》

そして《シコモア》だ。美の蓄積を最高の品質で現代に継承し続ける、シャネルらしさ溢れる名作である。シャネル社の前専属調香師であるジャック・ポルジュによって2008年に生み出された《シコモア》が非常に素晴らしい。ドライで力強いウッディなノートに、扱いの難しいベチバーを見事に落ち着かせ、フレッシュで健康的かつ気品ある香りとなっている。“ストレンジ”だが、とてもナチュラル。控えめでありながら、香りは独自の広がりを持ち、力強さが続く。《シコモア》はまさに「美しいフレグランス」そのものと言って過言ではない。

「匂いの帝王」、ルカ・トゥリンからのアドバイス

フレグランスの権威、ルカ・トゥリン。別名「匂いの帝王」がブルータスのために挙げてくれたお薦めトップ10は、レディース5点とメンズ5点。トゥリンはこう語る。

「このレディース用は、男性がつけても違和感がなく、むしろ積極的に試していただきたいフレグランスだ。レディースは男性の個性をうまく表現する手段になり得る。むろん、量をほんのわずかにとどめるというのは重要だがね」

メンズでもレディースでも、香りを身につける際のルールとは?

「欧米では今、フレグランスをつける若い男性が急増している。私が強調したいのは、香りで他人の領域を侵さないこと。まずは量だ。一吹きで十分。次に肌ではなく布地に吹きつけるのが肝心だ。なぜなら香りを開発する際には人肌ではなく紙の上で香りを確かめる。つまり体温ではなく室温でベストの香りとなる。だから上着の袖の内側に、左右一吹きずつ。動作のたびに香りが漂うが、かすかだから他人の邪魔にならないのだよ」

一日に何度もつけ直していいものでしょうか?

「朝つけたら、夕方にシュッともう一吹き。これで十分さ」

購入する際の注意点は?

「香水のテスターに使う吸収紙(ブロッティング・ペーパー)を細長く切って、それぞれに香水の名前を鉛筆で書いておく。香水売り場に行って紙にスプレーしたら、カフェに入ってカプチーノでも注文しよう。ゆっくり1時間ほどかけて、本当に気に入る香りかどうか判断するんだ。近頃は、つけて最初の5分はまるで打ち上げ花火のように華やかだが、10分もすれば香りが飛ぶ商品が少なくない。香水の衝動買いは禁物だ」

保存法について教えてください。

「香り成分は光によって変質してしまう。また光を遮断していても、極端に温度が変化するとやはり劣化する。とはいえ、香水は開けるとすぐに劣化するというのは迷信にすぎない。確かに、香水の中には化学的に成分が安定していない製品もたまにあり、その場合は数年で劣化することもある。だが購入した際の箱に入れて、温度に注意していれば、基本的に香水はとても長く持つものだ。1991年に、1900年に製造された香水をモスクワの骨董屋で発見したことがある。未開封で2度の世界大戦を経たその香水は、開けてみると完璧に新鮮なままだったよ!」

10年ぶりに香水の本を発表されましたね。なぜ今?

「実は、新著ではセレクトがすべて入れ替わっている。規制改正で古典的名香の使用原料も変化したため、以前の評価はもはや適用できない。また10年前に存在しなかった独立系フレグランスが目覚ましい台頭を見せている。私が沈黙を破った理由はそこなんだ」

profile

Luca Turin

ルカ・トゥリン/1953年レバノン・ベイルート生まれ。生物物理学と生理学の学者。MITで人工嗅覚の開発も。著書『世界香水ガイド』(原書房)、『Perfumes: The Guide』(2018年)。
HP:https://www.perfumestheguide.com/

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