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「極端なパニック買いをしたのは5.8%」コロナ禍でトイレットペーパーの買い占めをしていた人の意外な人物像

  • 2023.8.1

新型コロナウイルス感染症が流行し始めた2020年、トイレットペーパーなどの買い占め行動が問題になった。こうした「パニック購買」は、どんな人たちが、なぜ行っていたのか。明治学院大学経済学部の専任講師、中野暁さんは「データを分析したところ、極端な買いだめ行動をしていた人は全体の5.8%で、普段あまり食品や日用品を買わない男性が多かった。大部分は、通常よりも少し多く備蓄を行っただけに過ぎなかった」という――。

トイレットペーパーが売り切れた薬局。2020年2月29日、東京都大田区で
トイレットペーパーが売り切れた薬局。2020年2月29日、東京都大田区で
コロナ禍初期に社会問題化した「パニック購買」

コロナ禍初期、食品や日用品を過度に買い占める“パニック購買”が社会問題になりました。そのとき実際にどのような人たちがパニック購買したのでしょうか? こうした問いを立てながら、筆者らの研究グループでは、その特徴をデータから明らかにしていくことに取り組みました。

具体的には、20~69歳の3万8213人から収集した約3年分の食品・日用品の購買データを使って、市場において「急激な購入の増加」が起きたタイミングや、そのときに購入された商品の特徴などを分析しました。これに加えて、消費者心理を捉えるアンケート調査やモバイル・テレビの視聴ログといった行動データを同一の調査対象者から収集し、最終的にすべてのデータがそろった968人を、多面的な視点から詳細に分析していきました。

通常時よりも何をどれだけ多く買っていたのか

パニック購買自体は昔から非常によく知られた現象です。この現象は災害や感染症流行の直後によく起こります。日本だけでなく、世界中でも起こるものです。コロナ禍初期も、世界各地でこの現象が観測されました。当時よく、ニュースでも、店頭に大勢の人が押し寄せて混雑している様子や、空っぽになった棚の映像などが放送されていたことが印象的でした。

一方で、パニック購買を実際の消費者の購買データを用いて分析した研究はこれまで限定的でした。そこで、筆者らの研究グループでは、多面的なデータを使いながら、この行動を理解していくことを試みました。その際、いくつかの新しい視点を加えていきました。

まず1つめは、特定の商品(例えば、トイレットペーパーなど)だけでなく、食品や日用品の購買を全体的にみたときに、どのような買い溜め行為が起きているかを理解していくことです。つまり、本来必要ではないくらいの大量の商品を、商品カテゴリをまたいで買っている人たちを理解することを試みました。こうすることで、特定商品の購買行動とは少し違った視点から消費者像を分析していきました。

2つめは、個人単位の長期的な購買データを使って、過去の自分自身の購買状況と比較して分析することです。これにより、「(コロナの影響を受けていない)通常時よりどれだけ多く買ったか」に着目して消費者を捉えていきました。

3つめは、行動とその背後にある人間の心理を組み合わせて理解していくことです。パニック購買は、例えば、オックスフォード英語辞典では「今後の品不足や価格高騰に対する突然の不安から、何らかの製品や日用品を大量に購入する行為」だと説明されています。しかし、本当に大量に購入している人が不安感によってその行為を行っているのかなど、どういう心理的な特性を持っている人が大量購入したのかを、きちんとデータで行動と心理を照らし合わせて確認した事例というのはあまり多くありませんでした。このため、筆者らの研究では行動データとアンケートデータという異なる種類のデータを使ってこの検証を行いました。

一斉休校と最初の緊急事態宣言で急増

まず、最初の分析では、どのような機会に食品・日用品の急激な購入増加が起きたのかを明らかにしていきました。

図表1に見られるように、2020年2月の政府による小中学校の休校宣言と4月の第1回緊急事態宣言の後に、その機会があったことを確認しました。一方で、急激な購入増加が起きたかどうかは、当然、商品カテゴリ毎に異なります。起きたカテゴリもあれば、起きていないカテゴリもあるわけです。

また、特に第2波ではStay home(ステイホーム)の影響で恒常的に需要が増加した商品カテゴリも含まれてしまいます。そこで、急激に購入量が上がって、その後下がった、つまり「一時的な購入増加が起きた」カテゴリを波形の特徴から識別することに取り組みました。

その結果、こうした特徴を持つ商品カテゴリとして、ティッシュやトイレットペーパー、石鹸などの衛生品や乾麺、パスタ、小麦粉、米といった主食、缶詰やインスタント食品など保存の利く食品、ペット用品などが抽出されました。

【図表】日用品・食品の購入金額の前年比(7日移動平均)
縦線は休校宣言(2020年2月)と第1回緊急事態宣言(4月)。データソース:インテージSCI
「強くパニック購買する人たち」は全体の5.8%

次に、個人単位でこれらの商品カテゴリを「通常時と比べてどれくらい買い溜めたか」について指標化しました。そして、その指標に基づいて、消費者を分類する統計解析を行いました。その結果、次の5つの消費者群に分類されました。

・強くパニック購買する人たち(全体の5.8%)
・弱くパニック購買する人たち(15.8%)
・合理的に買い溜める人たち(15.0%)
・無関心な人たち(24.3%)
・通常より少し多くの備蓄をする購買経験の豊富な人たち(39.2%)

強くパニック購買する人たちは、2度の機会にわたり通常時より大幅に買い溜めを行った人たちで、5つの消費者群のうち、購入量が最も多かった人たちになります。

また、弱くパニック購買する人たちは、強くパニック購買する人たちほどの購入量はありませんが、比較的似た傾向を示した人たちです。

合理的に買い溜める人たちは第1波ではあまり多く買いませんでしたが、第2波で多く購入した人たちです。

また、消費者の大部分を占めていたのは、通常より少し多くの備蓄をした人たちであり、この人たちは購買経験が豊富な人たちでした。

ウェットティッシュを22倍、トイレットペーパーを7倍購入

パニック購買しやすい傾向がある人たちは、強いパニック購買者と弱いパニック購買者を合わせて全体の約21.6%です。その中でも、強くパニック購買する人たちは非常に特徴的な人たちです。

この人たちは、普段あまり食品や日用品を買わない男性が多く、子供の人数が多い人たちが含まれました。年齢による違いはみられませんでした。

また、その心理的特性として、コロナに対する不安感が強いことや日頃から計画していない商品を衝動買いしやすい傾向を有していることがわかりました。

情報接触の傾向としてはスマホでニュースをよく見る人たちであり、商品の買い方はオンラインショッピングをあまり利用しない実店舗派の人たちでした。この人たちは、第1波時にウェットティッシュを日頃の約22倍、ペット用品を約12倍、トイレットペーパーや米を約7倍買うなど極端な買い溜め行動が見られました。

なお、この結果は、「男性が全て、強くパニック購買する」ということではなく、「強くパニック購買した人の中には男性が多く含まれていた」という解釈になりますので、目を引く結果の過剰な解釈には注意が必要です。

一方で、消費者の大部分は、通常よりも少し多くの備蓄を行っただけに過ぎないことも本研究からは確認されました。こうした人たちには、女性で家族人数が多く、日頃から食品・日用品の購買経験が豊富な人たちが含まれていました。つまり、この結果は、パニック購買が多くの人たちの間で生じているのではなく、一部の人たちに生じていることを示唆しています。

普段あまり買い物をしない男性がパニック購買

今回、強くパニック購買する人たちには、普段あまり食品・日用品を買わない男性が多いという結果が出ましたが、これは研究初期に想定していたものと比べると、少し意外なものでした。ニュースや報道でみる印象的には、普段主に家事を担当する女性や高齢者が多そうな想定を持っておりました。

ただ、今回の研究では、特定の商品ではなく、パニック購買機会に一時的に購入されやすい食品・日用品を全体的な視点でみたことにより、少し違った結果が得られたと推察されます。つまり、本研究の結果は、こうした機会にいろいろな商品を必要以上に買ってしまう人の特徴を特に表しているといえます。

また、強くパニック購買する人たちは実際に、全ての消費者群で最も多くの量を購入していたわけですが、それだけでなく、普段の購入量との差も大きい人たちです。普段買わずに、この機会に多く買っている人の特徴を本研究では捉えているといえます。

もちろん、個別の商品の事情を見ていくと、また違った結果が出てくることも想定されますので、その理解を深めていくことも必要でしょう。例えば、トイレットペーパーが供給上、品不足になっていて、そもそも限られたお店でしか買えないとします。そんな時に、複数のお店を周り巡ってトイレットペーパーを大量に買い占めていく、といった行動は、本研究で分析対象として扱っている消費者行動とは異なりますので、解釈する上で注意しなくてはいけません。

両手いっぱいにトイレットペーパーを抱える中年男性
※写真はイメージです
早期に「1人○個まで」の制限を

小売業の視点、国や地方自治体の視点、消費者の視点の3点から整理したいと思います。

まず、小売業の視点からすると、供給が完全に不足する前の早期に、やはり「1人○点まで」といった制限施策を行うことが有効だと思われます。

今回の研究の中では、必要以上にかなりの量を買ってしまう人は存在するものの、その割合は必ずしも多いわけではないことがわかりました。なるべく多くの人に商品が行き渡るための施策が社会的にも求められているといえます。また、どのような商品が不足するかは、過去のデータを見ていくと予測がつきますので、今回の研究も一例ですが、こうした機会に知見を蓄積しておくことが大切だと思います。

次に、国や地方自治体の視点からすると、消費者に過度な不安感を与えないような情報提供が必要だと思われます。普段の生活で実際にどれくらいの量が必要になるか、その目安となる情報を公開していくことなども役に立つと考えられます。

自分のモノの買い方を知っておく

最後に、消費者の視点です。不安感や衝動性による購買を避ける心がけが必要ですが、そのためには日頃から自分がどのような価値観で商品を購入しているのか、自分のモノの買い方を知っておくことが大切だと思います。

また、不安になりやすい人は、ニュースなどで不安をあおる情報に過度に触れ過ぎてしまわないように意識することが必要かもしれません。特に、スマホで情報に触れる際には、ついついネガティブな情報を集め過ぎてしまう怖れもありますので、適度にとどめる心がけが必要かと思います。それ以外にも、家庭内で日頃から食品・日用品を購入している家事担当者が全体の購入量の調整を行うなど、家族の中で注意喚起していくことが有用だと考えられます。

中野 暁(なかの・さとし)
明治学院大学経済学部専任講師
博士(社会工学・筑波大学)。専門はマーケティング・リサーチ、小売マーケティング。マーケティング・リサーチ会社勤務を経て、2022年より現職。研究成果として、日本商業学会賞 IJMD優秀論文賞、日本マーケティング・サイエンス学会 若手研究者 審査員特別賞、IEEE/ACIS SNPD 2022 Best Paper Award等を受賞。

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