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くどうれいんの友人用盛岡案内 〜手土産編〜 #4瓶ウニ

  • 2023.8.1

岩手県盛岡市在住の作家のくどうれいんさんが、プライベートで友人を案内したい盛岡のお気に入りスポットと、手土産を交互に紹介します。

4. 瓶ウニ

「盛岡行ってもいいですか」と、突然友人から連絡が来た。「次の日は予定があるので日帰りで行くんですけど、会いたくて」。彼女は数か月前まで仕事で盛岡に住んでおり、いまは関東にいる。なにか直接話したいような一大事でもあったのだろうか。わたしがどきどきしながら「いいよ」と答えると、彼女は言った。
「よかったです、どうしても瓶ウニが食べたくて!」

瓶ウニ、というのは、6月ごろから8月頭まで岩手県内でよく出回っている、牛乳瓶入りの生ウニのことである。手作業で剥かれたウニの身が瓶の口のところまでぱんぱんに詰められている。岩手に住むわたしたちはそれを「瓶ウニ」と呼び、この時期しか食べられないとっておきの贅沢にしている。スーパーの鮮魚コーナーで瓶ウニを見かけると、おお、この季節になりましたか。と心躍る。

「ミョウバンを使っていないから日持ちがしない。だからこそ、至福の味なんです」。だれかに説明するときはそのように言うのだけれど、実際、わたしは岩手の生ウニ以外をほとんど食べたことがないので、「ミョウバンくさいウニ」というのを知らない。

けれど、たしかにこの「瓶ウニ」のウニと、一般的に食べられているウニとは全く別物らしい。先日京都へ瓶ウニをたくさん送ってふるまったとき、編集さんがのけぞりながら「いままで食べていたウニは、なにか別のペーストだったのかもしれない……」と言うのでおかしくて笑った。その場にいた全員が「えっ」「なに」「これは……」と言いながらとにかく無言で食べていた。あの、もしよければウニのおかわりがありますよ。と言うと、全員が目を輝かせていた。この人たち、一生わたしの言うことを聞いてくれるんじゃないかと思った。わたしはこの時期に何かお祝い事があると、ウニが苦手かどうか確認したうえで、大きな花束ではなくて瓶ウニを贈るようにしている。こんなにも祝福に適したプレゼントはないと思うのだ。

せっかくなので、皆さんに「瓶ウニ」の食べ方をお伝えしたい。

瓶ウニは盛岡市内のスーパーや鮮魚店に売られている。価格は漁の状況次第で、2500円~4000円程度で、3000円を切ると「おっ(安い!)」となる。安かろう悪かろうというものではないが、高いものはやはり高いだけあって身がきっちり詰まったものであることが多いので、値段で迷わずにここはえいと思い切って買ってほしい(ウニ丼としてお店で食べると思えば、4000円でも安い……)。給食に出てくるような牛乳瓶1瓶で、ちいさなお茶碗なら3人前、たっぷり食べたいなら2人前くらい入っている。

用意としては、ご飯を炊く。

そして、青紫蘇を千切りにしておく。

それだけ。

大抵、蓋に緑のフィルムが巻かれているからそれを開ける。

ひゃ、と声が出る。ウニがすぐそこ。

ざるを用意して、そこにウニをすべて出す。しっかりしたウニはなかなか出てこない。

ぐぽ、ごぽ、と瓶をゆらしながら全部出す。ぜったいに水洗いはしない。
(このときの汁を味噌汁に入れたり、その汁でご飯を炊いたりする人もいるらしいがわたしはやったことがない。今度やってみよう)

そのウニをご飯にのせて、青紫蘇をのせれば、完成!

こんなにおいしいウニなら醤油は必要ない!と言う人も多いけれど、わたしはわさび醤油をかけます。

海苔はお好みで。わたしは刻み海苔などはかけずにシンプルにウニと紫蘇だけにして、海苔は欲しければ後から巻いて食べるのが好き。

とにかくこの、口の中でほわっと消えてなくなるウニの甘さと、あとから吹き抜ける磯の風。とても濃いものを想像するかもしれないけれど、ウニ!!!というよりも、さわやかな風が吹くようなおいしさなのだ。「……!?」とよくわからないうちにひとくちが終わる。甘くクリーミーな軽やかさで、それはもう一瞬の出来事で、恍惚なのである。いまのが、ウニ?え、もうひとくち、お願いします……。そうしてあっという間に食べ終わる。

わたしはその日、瓶ウニのために久々に盛岡に来た彼女を車で迎えに行き、盛岡冷麺を食べ、せっかくだからとつなぎ温泉で日帰り入浴をした。「思い立って盛岡に来るなんてすごいね」「盛岡って近いですよ、新幹線ならすぐです」「たしかに、そうなんだよねえ」お昼のまぶしい光を白くため込んだお湯にふたりで浸かりながら、どちらともなく「ふふふ」「へへ」と笑った。いま、おたがい盛岡と東京にいるはずなのに、こうして思い立って、平日の昼に温泉に浸かっている。とても幸せだった。

じゃあ、お目当ての瓶ウニを買って新幹線乗ります!という彼女とふたりで盛岡駅を回ってみたが、たいへん!瓶ウニがよりによってどこも欠品していた。漁の調子によっては、余ったらどうなってしまうんだろうと心配なほど入荷している日と、きょうに限って!と驚愕するほどまったく並んでいない日がある。完全に失念していた。ウニの時期ならいつでも売っているものだと信じていた。盛岡駅で最後に買って帰ろうと思っている人は要注意。けれど、できるだけ買ってすぐに食べてほしいものだから、滞在中に買っておけばいいというものでもなく、つくづく瓶ウニとは巡り合わせが必要なものだ。

肩を落とす友人。申し訳ない気持ちになり、後日、新鮮でつやつやの瓶ウニが入荷しているときにクール便で送った。「ミョウバンくさくない、とってもおいしい、幸せ」とのことだった。瓶ウニを持ち帰るには運が必要だが、岩手に住む友人がいるなら話が別なのだ。岩手に住む友人がいれば、瓶ウニとあなたはすでに巡り合っている。

盛岡へ行ってみたいと思うなら、ぜひ生ウニの季節にどうぞ。気が付いたら過ぎてしまう夏と一緒に、ウニの季節もあっという間に終わってしまうから。

くどうれいん

作家。1994年生まれ。著書にエッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)、『虎のたましい人魚の涙』(講談社)、絵本『あんまりすてきだったから』(ほるぷ出版)など。初の中編小説『氷柱の声』で第165回芥川賞候補に。現在講談社「群像」にてエッセイ「日日是目分量」連載中。最新刊に『桃を煮るひと』(ミシマ社)がある。

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