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「茨城ダッシュを根絶するぞ!」と県警は息巻くが…元は「わがまま右折」ではなく「善意の譲り合い」だった説

  • 2023.7.30
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いつの間にか関東エリアで浸透した「茨城ダッシュ」というパワーワード。交差点で対向車線の直進車よりも先に右折開始する危険運転を指すが、茨城在住ライターの青木智也さんは「実際にはごくたまに見かける程度。そもそも茨城ダッシュは、右折専用レーンが少なかった時代、後続の車が渋滞しないように直進車が譲ったことから始まったのではないか」という――。

小学館『だっぺ帝国の逆襲』©佐藤ダイン/青木智也
小学館『だっぺ帝国の逆襲』©佐藤ダイン/青木智也
茨城県警が「茨城ダッシュは大変恥ずかしい」と啓発

2023年6月20日、茨城県警察は危険運転の「茨城ダッシュ」を根絶すると発表し、白バイの編隊まで組んで緊急の取り締まりを華々しく行いました。

県警の交通部長が「茨城ダッシュは大変恥ずかしい。茨城の交通マナーの悪さを如実にあらわしている」とコメントするなど、本腰を入れた様子です。

茨城ダッシュとは、交差点で信号が赤から青に変わった瞬間に、直進する対向車より早く右折する行為のことで、交通マナーの悪さを象徴する「ご当地ルール」の一つとして、近年ニュースなどでもたびたび取り上げられています。

ちなみに、このようなご当地ルールと呼ばれるものは全国各地にあり、茨城ダッシュと同じく、青信号で早く右折する「伊予の早曲がり」をはじめ、右折車優先を中心とした「山梨ルール」、強引な右折が特徴の「松本走り」や「なまら車間泥棒」、外側の直進レーンから右折する「京都曲がり」などなど、右折にかかわるものだけでも調べるとどんどん出てきます。

「伊予の早曲がり」「松本走り」なども同様の危険運転

他にも、黄色信号で進む「阿波の黄走り」や、その土地ならではの運転ルールの総称として「名古屋走り」「大阪走り」「播磨道交法」「佐賀のよかろうもん運転」「香川ルール」「へこらいルール」などが知られており、なかにはウインカーを出さない「岡山ルール」「蝦夷ノーウインカー」なんていうものまで存在しています。

なんだか、どの県もすごそうですね。「地方ってどんだけ無法地帯なんだよ!」と思う方もいらっしゃるかもしれません。ただ、筆者も含め、茨城県民の感覚としては「まあ、時々見かけることはあるけど……」というのが一般的かと思います。「名前ほどはダッシュしてねえべ」というのも感想として付け加えておきますが、県民にはこれまで半分「ネタ」として扱っていた面があり、今回、県警が「根絶」とまで息巻いていることに対しては少し温度差といいますか、若干戸惑いを感じている人も少なくないようです。

ただ、県警によると、2023年は4月末までに交差点のある信号で起こった事故のなんと8割が右折にからんだもので、そのうち死亡事故も8件あったそうなのです。なるほど、この数値を見ると、根絶に向けて積極的に注意喚起をしていこうという気持ちになりますね。

とはいえ、呼びかけや取り締まりだけでは限界がありますので、本気で茨城ダッシュを防ぎたいなら、できない仕組みを作ることも大切だと思います。例えば、茨城ダッシュが多発している交差点には、最初は直進と左折だけ青矢印の信号機を点灯させ、時間差で数秒後に通常の青信号に切り替えて右折OKにするのはどうでしょう? 信号の点灯タイミングを少しだけずらすことで茨城ダッシュを確実に防げる茨城の新兵器! 「ダッシュガード」とか、名前もちゃんと付けたほうがPR効果も高まっていいですね。

県警は「茨城ダッシュ」という言葉の影響力を知っている

あっ、でも待てよ! 右折にからんだ事故が8割とありましたが、この右折ってそもそも茨城ダッシュなんですかね? 右折とはありますが、その中でも茨城ダッシュが直接の原因だとは誰も言っていないですね。

ここからは推測になりますが、われらが茨城県警のことですから、もっとも効率的、効果的な事故防止策は何かと熟慮した上で、茨城ダッシュの根絶を訴えることにしたのだと思います。事故を防ぐには、8割を占める右折の事故を減らすのが最も効果的。その右折への注意喚起として、全国的にも知名度が上昇している茨城ダッシュの名称を前面に出して呼びかけるのが最も得策であると。

【図表1】茨城ダッシュ
出典=茨城県警察「『茨城ダッシュ』は交通違反です!」

その伏線といいますか、プレテストのような形で、県警は2021年にSNSで「茨城ダッシュは違反です」という公式のツイートを行っています。これには厳しい意見も多く寄せられたようでしたが、たくさんの「いいね」やリツイートを獲得し、ニュースでも取り上げられてかなり話題になったことは間違いありません。県警は、この一件で茨城ダッシュというワードの影響力の高さを実感したはずです。そして今回、満を持してなのか、やむを得ずなのかはわかりませんが、事故が増えたタイミングで茨城ダッシュ再活用へ打って出たのではないでしょうか。

もちろん茨城ダッシュは違反ですから減ったほうがよいですし、茨城ダッシュの名称を使うことで、右折の事故が実際に減るのであれば大いに活用するべきでしょう。ぜひ活用の前後でどの程度違いがあったのか数値化し、効果のほどを検証していただけたらと思います。

「茨城の人は交通マナーが悪い」と言われるとモヤモヤ

ところで、交通マナーや交通事故の話題になったときに、県民としていつもモヤモヤさせられることがあります。注意喚起やマナー向上の呼びかけは大いに賛成なのですが、マナー違反や事故の背景に何があるのか? という話になると、なぜかすぐ「県民性」が持ち出されるんですよね。つまり、「茨城に住んでるやつは民度が低いから運転マナーが悪いし、交通事故が起きるんだ。このごじゃっぺヤロが!」と言われがちなんです。つい興奮して茨城弁が出てしまいましたが、「ごじゃっぺ」=馬鹿者という意味です。

これについては、原因を突き詰めて調べていないか、調べてもよくわからないため、曖昧ともいえる「県民性」がいいようにスケープゴートに使われてしまっているのが実情かと思います。すぐ話題に乗っかって、自虐ネタで笑いを取ろうとする、お前ら茨城県民の日頃の行いのせいだと言われれば、それもけっして否定はできませんが……。

暴走族が爆音を鳴らし改造車を走らせていた昭和ではない

まあでも、「昭和の茨城」だったらわかるんですよ。いわゆるヤンキー、暴走族のイメージ。たしかに毎週末、暴走族が爆音を鳴らしていましたよ。改造したバイクや車で危険な運転をする若者も日常の光景の一部でした。その事実は認めます。

しかし、平成の30年を経て今は令和ですよ。さすがに令和の茨城ではあり得ないです。相変わらずマナーが悪いというイメージは残っているでしょうが、みなさん昔のイメージに引っ張られ過ぎじゃありませんか?

といいますのも、私自身、毎日茨城で車を運転していますが、待っている車を入れてあげたり、入れてもらったらお礼をしたりと、みなさん親切に譲り合って運転しています。危険運転やあおり運転などは、一部の例外だと思いますが、いざ実際に遭遇すると「これだから茨城のドライバーは……」となってしまうものなのでしょうね。

茨城県水戸市
茨城県水戸市
右折車が「われ先に」とダッシュしたわけではない⁉

そもそも茨城ダッシュだって、ゆずり合いの精神から生まれたものですよね。意外かもしれませんが、右折車が「われ先に!」とダッシュしたわけではなく、直進車が「お先にどうぞ」と譲ったのです。というのも、昔の交差点は右折レーンがなく狭いところが多かったので、先頭車両が右折待ちだと、その後がつかえてしまって渋滞が発生してしまうわけです。それを避けるために対向車線の車が「どうぞ先に曲がって」と合図してくれ、先頭の右折車を先に行かせてくれたのが、茨城ダッシュのルーツでしょう。

だから本来は茨城ダッシュじゃなくて「譲り合い右折」「思いやり右折」、つまり、全体の流れを考えて選択された右折なんですね。それが「わがまま右折」の茨城ダッシュとして、いつの間にか独り歩きしてしまったのは悲しいですが。

他の地方を見てみても、例えば、松本ルールがある松本は城下町で道幅が狭く、山梨ルールの右折車優先も狭い道路事情が根底にあるようで、けっして民度が低いからではなく、その地域ならではの交通環境の影響がやはり大きいのだと思います。その土地の事情に合わせて最適化された運転間隔が、正規の交通ルールとのズレを引き起こし、そのズレが大きいほど、マナー違反や交通事故につながっているという図式です。

北海道に次いで2番目に道路が長い茨城は走りやすい

であるならば、距離の近さのわりに交通環境が全く違う茨城と東京では、感じられるギャップもより大きくなると考えられますね。東京の人から「スピードを出す車が多くて怖い」と言われることがある茨城県民は多いと思います。まあたしかに東京と比べてスピードが出ているのは間違いないでしょう。でもそれは県民性が違うから起きるのではなく、交通環境の違いが原因ですよね。その違いを意識せずに、東京から茨城へやってきて、東京の感覚のまま運転した挙句、やっぱり茨城は危ないジャーン! と言われてしまうパターンがなんと多いことか。

佐藤ダイン(作画)/青木智也(監修)『だっぺ帝国の逆襲』(小学館)
佐藤ダイン(作画)/青木智也(監修)『だっぺ帝国の逆襲』(小学館)

想像してみてください。交通量も信号も路上駐車も週末ドライバーも多く、歩行者や自転車にも気を配る必要がある東京の道路。ちょっとしたミスや危険な運転は即事故につながるので、安全に配慮した慎重な運転が求められます。実際に東京は事故発生件数が毎年全国トップクラスで、事故発生率は茨城の約3倍です。もちろんスピードは出したくたって出せない、とてもストレスフルな交通環境ですね。本当にお疲れ様です。

一方、北海道に次いで日本で2番目に道路が長い茨城。平地が多く、見晴らしもよく、空いているのが当たり前。一つの目的地に行くには様々なルートがあって、一つの道路が渋滞していれば、他のルートを選択することもでき、その選択次第でより早く目的地に着けるストレスフリーな交通環境。これって、茨城ではごくごく当たり前ですが、日本の大部分は山地なので、必ず主要道路を通らないと目的地に行けない地域が多いんですね。そう考えると、茨城は交通環境にとても恵まれたドライバー天国といってもいいのではないでしょうか。

ドライバー天国だからこそ運転には自制心を!

だからこそ、都心部よりも自制心やマナーが求められるともいえますね。飛ばせるから飛ばしてしまいがち。自分の力でより速く行けるからついせっかちになりがち。残念ですが、それが運転マナーのイメージ悪化や実際の交通事故につながってしまっているケースも多いでしょう。そこは茨城県民も素直に反省しましょう。

ただ、他県のみなさん、いたずらにイメージで判断しないでくださいね。茨城はそんなにデンジャラスなところではありませんから。ぜひ運転しやすい茨城にドライブしに来てくださいね。

あっ、最後に一つ注意事項です。常磐道を首都高みたいに同じスピードで並走したら危ないですよ。右っかわは追い越し専用車線だっぺ~!

茨城県中川
茨城県中川

青木 智也(あおき・ともや)
ライター
1973年、茨城生まれ、茨城在住。2000年にWEBサイト「茨城王」を開設。2004年に出版した著書『いばらぎじゃなくていばらき』(茨城新聞社)は茨城県でベストセラーに。執筆や講演、ラジオパーソナリティなど、幅広く活動している。2014年からはイバラッパーを名乗り、茨城弁を交えたご当地ラップを発表。コミック『だっぺ帝国の逆襲』(小学館)では監修とコラムを担当

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