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90歳になるまで子どもの教育ローンが残っていた…7人を育て上げた91歳・現役女医の"適当な"子育て論

  • 2023.7.28

京都で心療内科の医院を営む藤井英子さんには7人の子どもがいる。そのうち2人が歯科医、1人は整形外科医になった。学費の負担は大きく夫が他界してからも少なからぬ借金があったが90歳にして全額返し終えたという。「借金なんて、働いてせっせと返せばいいだけ」。そうサラッと言ってのける藤井さんは、どんな子育てをしてきたのか――。

12年間で7人の子どもを出産

91歳で、現役心療内科医の藤井英子さんは、29歳から41歳までの12年間で男3人、女4人という7人の子どもを産んだ。

時は高度経済成長期、“夫婦に子ども2人”が「標準家庭」と言われ始めた時代だ。

漢方心療内科「藤井医院」で事務を担い、母を支える次男の親さん(59)は言う。

「周りから、7人というのは驚かれました。別に、嫌な思いはないです。ただ自分だけの部屋がないので、一人部屋は憧れでした。うちは、男部屋と女部屋しかなかったので」

漢方心療内科「藤井医院」藤井英子さん
漢方心療内科 藤井医院 藤井英子さん

1人だって2人だって、子育ては大変だ。英子さんはそれが、何と7人。どれだけ、大変だったのかと水を向けても、英子さんはキョトンとするばかり。

「子育てで、悩んだ記憶はないですねえ。みんな、好きなようにして、自立していきましたね。やっぱり、切磋琢磨せっさたくまするんと違います? たくさん、いると。上を見習って、やって行くんでしょう、きっと」

なぜ子育てに悩むことがなかったのか

まるで、他人事のようなのんびりしたものだ。産婦人科医として勤務していた第4子までは、実母が助けに来てくれたことはもちろん、大きかった。

「母親は、ものすごい量の買い物をしてくれましたよ。あれ食べて、これ食べてと、子どもにちゃんと言うといてくれますし。夕飯の下作りを、ちょっとしといてくれたりね。ほんまに助けてくれました。65歳の若さで他界してしまい、ちょっとラクさしてあげたらいいなと思っていたのに、全然でした」

上の子どもたちは実母の助けがあっての子育てだったが、英子さん自身、もともと、「こうしなければならないという、頓着がない」ということが、悩みの無さの根っこにあるように思える。

そもそも、「こうあらねばならない」という目標や、べき論を子育てに持ってしまうと、それにからめ捕られ、子育てとは往々そうはならないものである以上、目の前の現実を受け止めきれずに、悩みが始まるのかもしれない。

英子さんを見ていると、あらかじめ先回りして、あれこれと子どもに指図する母親とは、真逆の母親像が浮かぶ。得意はまさに、「頓着しないこと」。

「あんまり文句を言わなかったと思います。こうあらねばならぬ、と言うことはね。主義主張は、あんまり言わなかったと思います。みんな好きなように、自分の好きなことをやっていたと思います」

すぐ子どもたちを追い出す父親

英子さんのこうした気質と共に、夫の存在も藤井家の子育てに与えた影響は大きい。

歯科医院を開業していた夫は、長男と次男には比較的厳しかった。そもそも2人はよく喧嘩をしていた。

父親に追い出された子どもたちをこっそり家に入れていた藤井さん
父親に追い出された子どもたちをこっそり家に入れていた藤井さん(撮影=門川裕子)

「何か言うこと聞かないと、夫が『外へ出ていけ!』と家からつまみ出す。長男は、そのまま出て行くので靴がない。次男は靴を持って出て行き、公園で遊んでいる。それで探す羽目になり、次男は大変なことになる。一方の長男は『ごめんなさい』言うて、謝って来るから、夫に内緒で『2階へ上がんなさい』って言って」

親さんもよく覚えている。

「何かあると叩かれたりするのではなく、とにかく放り出される。親父は放り出したら、後はもう勝手にって感じで、ほとぼりが覚めた頃に、母親が裏から家に入れてくれる」

テストの点数を見せたことがない

父親は学生時代、硬式テニスで国体に行ったほどのスポーツマンだったが、それを子どもに強制することはなかった。

「子どもは、好きなことをさせたらいい」

その鷹揚さは、妻に対しても同じだった。

「干渉は全然ないです。何かをして文句を言われたことは一度もないし、勉強するにしても何も相談しないし、試験を受けることも何も夫には言ってません。何時から何時まで留守にするとは言いますけど、許可を得て、何かをすることは全くなく、自分の好き放題。それは、気楽に過ごさせてもらいました」

夫は子ども好きではあったが、べったりではない。たまに、子どもと食事に行く程度。藤井家には、程よい距離感が流れていたことを、親さんは感じていた。

「きょうだいも仲がいいとか、誰が好きとかもないし、親もいつも2人でいて仲睦まじいとかもないし、適度な距離感ですね。だからお互い干渉もしないし、何も言わない。それで何か、悪さをするわけでもない」

子育てや生活全般について、夫と意見の相違はなかったと英子さん。親さんは、両親をこうみていた。

「子育てのポリシーとか、親からあまり感じなかったし、こうしないといけないとか、こうなりなさいとか、親から言われたことはなかったです。勉強しろと言われたこともない。だから、私自身も親に点数のことを報告しない。テストの点数なんか、見せたこともないし」

父も母も、子どもの成績にあまり「頓着はない」。

食事は大皿でどん!

何と、おおらかな家庭だろう。食事も大皿にどんと出て来るだけ。取り分けはしない。

「私、基本、大雑把なんですよ。なので、ボーンと出して、あとは食べなさいという感じ。食べられなかったら、もう、その日のご飯はない感じですね」

藤井英子さん
子育ては大雑把で適当に(撮影=門川裕子)

それは、子どもの側もガッテン承知。

「お皿がどーんと置かれるだけなので、それを自分でちゃんと食べなければ、その日の食事に在り付けない。みんな、やっぱり、生存するためにはどうするかという感じで。そこで、それぞれ強くなるんですかね」

それが、藤井家の暗黙のルールだった。

「何をしても、悪いことでなかったら、親としてはあまり言わなかったですね。習い事もそうです。いつの間にか柔道はやってましたね」

この柔道も強制されたものではないと、親さんは言う。

「母親が『見学に行くか?』となって、見学に行って、やるかやらないか聞かれるから、興味があればやると。これをやらないといけない、というわけではないんです」

適当で大雑把だが、ちゃんと見ている

「適当」、「大雑把」と言いながら、7人の子どもそれぞれの特徴はちゃんと見ている。

「それぞれに特徴がありますし、いいところも欠点もあります。だから、それをうまく利用して、いい点を褒めてやると喜んでやりますし、それはいいことやと思いますよ」

いいところをちゃんと見て、それを言葉で褒める。簡単なようで難しい。でもそれが一番、子どもにいいように思う。

誰が歯科医院を継ぐのか…子どもたちで話し合った

親から何も言われないから、自然と子どもたちで相談することになる。長女、長男、次男の3人が、父親の歯科医院の今後について話し合った。親さんはその話し合いを何となく覚えている。

「親父が跡を継げとも言わないので、じゃあ、誰がなるのかと。兄は『歯医者になるつもりはない』と言って、私も『歯医者は嫌だ』って言いました。姉は一番上で、下とは12も離れているし、いろんなことを目配せして考えるタイプだったので、責任を感じて、『じゃあ、私が歯医者にならないといけないのかな』って。親から言われると言うよりも、自分たちで話し合って決めるという感じでした」

借金は80代になっても残っていた

大学受験についても、どこを受けろと言われたことがない。

「どこを受けたか、後で報告です。それで、何か、言われたこともない。大学に行くのにお金がかかるんだったら、借金してでも払うのが親の務めだと思っているのか、何も言わないでお金を出してくれた。それで、どんだけ借金を背負ったのか……」

藤井英子さん
「借金は働いてせっせと返せばいいだけ」とサラリと言う
藤井英子『ほどよく忘れて生きていく』(サンマーク出版)
今年出版した著書『ほどよく忘れて生きていく』(サンマーク出版)は11刷 7万5000部に

76歳で夫が他界してからは、英子さんは一人で返済したわけだが、80代になっても少なからず借金が残っており、90歳にして全額返し終えたという。

「全て、教育資金です」

80代で借金があったら、生きた心地がしない。なのに、英子さんには悲壮感も絶望もない。ただ、「働いて、せっせと返せばいいだけのこと」とサラリと話す。

「へこんだこと、失敗したことって、こんな性格なんで、感じてないんですよ」

この動じないおおらかさは、どこから来るのだろう。英子さんは「何やろ?」と笑う。

「何かしらに興味を持つことは、大切やと思いますね。それに費やす時間を持つことは、その人にとってプラスになると思いますね」

目の前のことに汲汲している日常に、気持ちのいい風が吹き込んだ。英子さんと対面している間、ずっと感じていたことだった。

黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)
ノンフィクション作家
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。

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