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漫画家・マキヒロチさんと考える「それでも静かな東京」。

  • 2023.7.27

2023年、ポストコロナの東京。コロナ禍に静寂で満ちていた街は、急速に元の喧騒を取り戻している。「都会の静けさ」に慣れてしまった人々にとって、東京はこれまで以上に騒がしく感じる場所にも思えてくる。

「それでも静かな東京」を探すべく、『それでも吉祥寺だけが住みたい街ですか?』の作家・漫画家のマキヒロチさんと一緒に今の東京、とりわけ「静かな東京」について考えてみた。

“コロナ後の東京”で、マキヒロチさんが見つめる先には

東京の街と、そこに暮らす若者たちの想いをリアルな筆致で描く漫画家・マキヒロチさん。ドラマ化もされた『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』は、さまざまな悩みを抱えた人々が吉祥寺にある「重田不動産」を訪れ、それぞれの「住みたい街」を見つけていくストーリーだ。

「暮らす街と暮らす人」の有機的な関係を描き続けるマキさんは、コロナ禍を経て今の東京をどう見ているのだろうか。

「『コロナ前後』をとりわけ意識しなくても、外に出ることは多くなりましたよね。出かけるたびに、街の変化が目につきます。知らない間に結構、変わってるんだなって、前からこうだったっけ?って思うこともありますが」とマキさん。

“ステイホーム”期間中も、街は変化し続けている。再び家の外へ出るようになったことで、改めて東京の街の見方も変わってくる。マキさんだけでなく、外出することの意味や街への目線を無意識のうちに変えているかもしれない。そんなマキさんに、騒がしい東京の中でも今、注目したい「静かな東京」について聞いてみた。

「住みたい街ランキング」上位には絶対に入ってこない

「コロナをきっかけに──というよりも、その以前からずっと変わらずに静かだった街ですね。思いつくのは、東急池上線の荏原中延、旗の台あたり。おしゃれなおでかけ雑誌の主役にはならないし、『住みたい街ランキング』上位には絶対に入ってこない(笑)。だけどいいお店がたくさん点在していて、落ち着いた静けさもある。

街全体は静かではなくても、エアポケット的に静寂を感じられるエリアもありますよね。たとえば目黒線の不動前は、林試の森公園という大きな公園があっておすすめです。なんだか散歩しやすい街なんですよ。そう、散歩できる街は、だいたい静かな場所がある」

マキさんが教えてくれたのは、コロナ以前から今まで、変わらずに静かな街。2023年、ポストコロナの私たちにとっては、「揺るがない静寂のある場所」の魅力が再評価されてもいい。もっと言えば、変わったのは東京そのものではなく、静けさの価値に気づいた私たちの「視点」である、ともいえそうだ。

コロナ禍の現実と時間軸を共有していた『それでも吉祥寺だけが住みたい街ですか?』

では、マキさんにとって「コロナ禍の東京」はどんなものだったのだろうか。

漫画『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』は2015年〜2018年まで『ヤングマガジンサード』(講談社)にて連載したのち、2020年から『それでも吉祥寺だけが住みたい街ですか?』としてWEBで連載を再開(『コミックDAYS』)。同作は現実と時間軸を同一にする物語であり、それゆえ2020年スタートの『それでも〜』ではコロナ禍の描写も散見される。

とくに色濃いのは第1話の日本橋浜町編。ステイホーム&リモートワークで1日中家にいて、もはや食だけが唯一の娯楽。なのに、食べたいものが近所にない……という鬱々とした気持ち。さらにはSNSで目に入ってくる「誰かのおいしそうな食事」が閉塞感に追い討ちをかける。主人公の男性が抱えるモヤモヤは、数年後に見返しても「この頃ってこういう空気だった!」と膝を叩きそうなリアリティだ。

「そもそも私、浜町が気に入りすぎていて。この街を取り上げるには“食”だ!というところから作り始めた物語なんです(笑)。

当時私が住んでいた街は飲食店が充実していて、コロナ禍の最中も好きな料理をテイクアウトすることができました。だけど同じ東京23区内に暮らしていても、『ウーバーイーツを頼もうにも配達してほしい店がない!』という友達もいて。

あの頃、家の周囲にコンビニしかない…というような人は、けっこうしんどかったんじゃないかなと思います。そんな雰囲気が自然と作品に反映されたかもしれませんね。

そういう意味では、『これを食べてがんばろう』『元気になりたいからあそこに行こう』と思えるお店が近くにあることは、私にとっては住みたい街のポイントかもしれません。そんな飲食店が近くにあるかないかって、暮らしていくうえでとても重要な気がします」

「見開き」で描く、静寂のある街の瞬間

さて、街を漫画に登場させるにあたり、実際に何回もその街を訪れて取材をするというマキさん。「住みたい街」をどのように見出しているのだろうか。

「以前は、東京23区を紹介する雑誌『TOmagazine』の編集長である、川田洋平さんに同行してもらっていましたが、最近は私一人で取材にいくようになりました。なので、漫画に描く内容も『マキヒロチのマイブーム』感がより強まってきています(笑)」

具体的にどの街を取り上げるかは、単行本1冊ごとのバランスを見ながら逆算して考えることが多いそう。特定のエリアに偏らないように、23区以外からもホットな街を入れるように……といった具合だ。とはいえ「この街だ!」とピンとくることも、もちろんある。

「『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』には毎回必ず、舞台となる街の風景を見開きで見せるページが登場します。それにぴったりの素敵な風景を見つけてしまったら、『これだ!』ってなりますよね」

日本橋浜町編より。隅田川のパノラマが、コロナ禍の閉塞感を晴らすような清々しいワンシーンだ(『それでも吉祥寺だけが住みたい街ですか?』1巻)Harumari Inc.
自分好みの部屋を追求したいDIY男子がたどり着いたのは立川。地域民に親しまれる通称“オニ公園”もこの先、彼の日常の景色になっていくのだろう(『それでも吉祥寺だけが住みたい街ですか?』1巻)Harumari Inc.

街の魅力を直感的に想起させ、主人公たちの「その先」の希望を感じさせるこの見開きのページは、作品の象徴的な存在だ。国立競技場のような都内の有名アイコンも登場する一方で、公園の緑地や街角の送電塔なども、数多く物語のハイライトになってきた。その見開きの景色の多くは、ふと自分を見つめ直す気分になれるような場所、つまり心の静寂を感じさせる場所であることも興味深い。実際に騒々しいかどうかは関係なく、マキさんが描く見開きの風景こそ、魅力ある静かな東京の時間とも言える。

生まれも育ちも東京のマキヒロチさんにとって「東京」とは?

最後に、「マキヒロチさんにとって東京とは?」と質問すると──

「一言では表せないですよね。私、生まれも育ちも東京で、外に出たことがないんです。あるときその話を仕事関係の方にしたら、『私が地元に置いてきたつまんない友達みたいね』って言われて(笑)。

そこで改めて東京って私の何なんだろう?って考えたんですが、明確な目的がないまま東京に住み続けていて……東京の漫画を描いているのに、そこに暮らす自分自身のことはあんまり落とし込めていないかもしれません。だからこれまで作品が続いてきたのかな」

一言で表現できない東京の多様性を感じるからこそ、「住みたい街ランキング」に踊らされない審美眼で、街の魅力を描けるマキさんらしい作品が生まれるのかもしれない。

ちなみに「東京は好きですか?」と聞くと、迷わず「好きです」と答えるマキさん。漫画の連載は、移住や二拠点生活などの新しいライフスタイルも取り上げられてはいるが、あくまでマキさんの軸は東京にあるようだ。

「ヤンキーは生まれた街を出ない、という説がありますけど、私にはヤンキー気質があるのかもしれませんね(笑)」

「静かな東京」探しで始まったインタビュー。その静かさとは、住む人、見る人の視点によって得られる「自分の風景」の中にある静かさなのかもしれない。そして東京の街の多様性は、同じ街でも騒がしくもなり、静かな場所にもなる。結局は、それが東京の魅力であり楽しさであるということに行き着く。

ポストコロナで東京の何が変わったか?あるいは「私」の何が変わったか?そして何が変わらなかったか?改めてマキさんの漫画を読んで、東京の街を歩いてみたいと思う。

マキヒロチ
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