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42歳VS.37歳。最強の「悪い妻」はどっち?

  • 2023.7.26

「妻の貌(かお)を、男たちは知らない」

「良妻」も「悪妻」も夫から見た妻への評価だが、どんな妻のことを言うのだろうか。「悪妻」とされた妻から見た夫は、はたして良い夫なのだろうか。

桐野夏生さんの『もっと悪い妻』(文藝春秋)は、夫婦や家族のいろいろなカタチを切り取り、そこに潜む「男女の意識のずれ」を浮き彫りにする短篇集。タイトルと表紙に目を奪われ、なにやら強烈な「悪い妻」が出てきそうだな......と怖いもの見たさで読みはじめた。

本書に登場する妻たちは、夫や親から「悪い妻」と評価されてはいるものの、特段なにか悪いことをしているわけではない(一部の妻を除く)。世間が思い描く「妻」のイメージから脱皮し、自分に正直に生きようとする女性たちだ。

「悪い妻」
バンドマンの夫は、家庭ではまるで木偶の坊(でくのぼう)。自分は孤軍奮闘しているのに「悪妻」と批判されて怒る30代の妻。

「武蔵野線」
妻と離婚後、18歳年下の女性を好きになった。しつこく迫るうちに彼女の態度が冷たくなり、不安でたまらない中年男性。

「みなしご」
妻に先立たれ、犬と暮らしている。管理するアパートの住人の女性と親しくなり、寂しさが紛れる高齢男性。

「残念」
夫と結婚してしまったことを激しく後悔する40代の妻。

「オールドボーイズ」
夫が事故死して12年。充実した日々を送るなか、当時夫のことをどう思っていただろうかと振り返る40代の妻。

「もっと悪い妻」
夫公認のもと、5歳の娘を置いて恋人に会いにいく30代の妻。

本書収録の6作品から、妻が結婚を後悔するのもうなずける「残念」と、妻の言動はまずいけど自由で羨ましくもある「もっと悪い妻」を紹介しよう。

結婚を後悔する妻

佐知子(さちこ・42歳)は以前、夫の雅司(まさし)と同じ会社に勤めていた。社食で雅司から話しかけられたとき、まったく好みではないのでがっかりした。「絶対に自分にはそぐわない男だ」と思った。

自分には魅力があると思っていたし、男性に人気があった。しかし、どうしたことか、交際を申し込んでくる者は他におらず、30歳直前という年齢的な焦りもあり、佐知子は雅司と結婚した。

ただ、櫛谷(くしたに)だけは例外だった。結婚を決めた頃、佐知子は櫛谷とエレベーターで遭遇したことがある。「マレーシアに行くことになったんです」と話しかけてきた櫛谷は、佐知子の顔を見て、なにか言いたそうにしていた。しかし、佐知子が先にエレベーターを降りたのでそれっきりになった。

あれから10数年。夫婦の会話は業務連絡、5年以上セックスレス、監視されているような二世帯同居......今の生活に不満が爆発しそうだ。櫛谷はあのとき、「マレーシアに一緒に行ってほしい」と言いたかったのではないだろうかと、佐知子は妄想する。

「あの社食での直感は正しかったのだ。雅司は、自分にそぐわない。自分が結婚すべき相手ではなかった。」

雅司と結婚してしまったことも、エレベーターを先に降りてしまったことも、なにもかもが「残念」だった。そんなある日、佐知子は櫛谷の近況を耳にする。

一人を選べない妻

麻耶(まや・37歳)は娘を保育園に迎えに行き、急いで夕食を準備し、娘のお風呂を済ませる。帰宅した夫の新(しん)に娘を預け、翔太郎に会いに夜な夜な出かけていく。

麻耶と翔太郎は、既婚者同士で子どもがいる。二人は大学時代に付き合っていた。社会人になり、結婚後に思いがけず再会して元さやに戻った。今の関係は8年続いている。

8年もこそこそと逢瀬を重ねるのも一苦労だろうと思いきや、麻耶と新の夫婦関係は特殊だった。新は、翔太郎の存在を公認しているのだ。それもあって麻耶はまったく悪びれる様子もなく、新はそれに苛立つことも離婚を切り出すこともない。

「新がいるから翔太郎と付き合えるのだし、翔太郎がいるから新との生活も好きになる。二人の男は自分という女が生きてゆく上で、絶対に必要な存在なのだ。」

本書最強の「悪い妻」は麻耶である。彼女の辞書に「世間体」の文字はないらしく、不倫が発覚したら袋叩きに合う世の中で、堂々とわが道を行く。麻耶があまりにも自然体で驚いた。

考えようによっては、妥協して結婚し、冷え切った夫婦関係を「残念」がっている佐知子のほうが「悪い妻」なのかもしれないが......。もはやなにが良いのか悪いのかわからなくなってくる。

「男性が言う、『悪妻』とはなにか。夫婦の関係性だっていろいろとある。型にはまらない家庭のカタチもあるはずなのに」
(「本の話」 桐野夏生インタビュー 「悪妻」とは何か!? 「夫婦の幸せ」の意味を問う。)

どの話もはっきりとした結末は書かれていない。続きを読みたかったが、そこは想像することにした。本書を読みながら、本音で生きようとする妻→理想の妻像からはずれた妻→「悪い妻」ということなのかもしれない、と思った。

■桐野夏生さんプロフィール
きりの・なつお/1951年金沢市生まれ。成蹊大学法学部卒業。93年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞受賞。99年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、04年『残虐記』で柴田錬三郎賞、05年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞、08年『東京島』で谷崎潤一郎賞、09年『女神記』で紫式部文学賞、『ナニカアル』で10年、11年に島清恋愛文学賞と読売文学賞の二賞受賞。23年には『燕は戻ってこない』で毎日芸術賞、吉川英治文学賞を受賞。1998年に日本推理作家協会賞を受賞した『OUT』で2004年にエドガー賞候補となった。15年紫綬褒章受章。21年に早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。『日没』『インドラネット』『砂に埋もれる犬』『真珠とダイヤモンド』など著書多数。日本ペンクラブ会長を務める。

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