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だから日本では子どもが増えない…「妻が夫の稼ぎを超えると妻の家事・育児時間も増える」切ない理由

  • 2023.7.25

結婚相手に経済力を求める男性が増えている。女性の意識はどうか。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「女性は妻が夫よりも稼ぐべきではないという社会規範の影響を受けている。このため、妻の家計負担が6割を超え主な稼ぎ手となった場合、妻の家事・育児時間も増えるという不思議な現象が起きる。社会規範に反しているという意識が、それを補うために家事労働を増やすという行動につながっている」という――。

男女間の賃金格差の概念
※写真はイメージです
妻が夫よりも稼ぐと家庭不和の原因になるのか

日本では他の先進国と比較して、性別役割分業意識が強いと指摘されています。この性別役割分業意識にはさまざまなものが含まれていますが、典型的なのが「男性=仕事、女性=家事・育児」という考えです。

この性別役割分業意識には他にもさまざまな考えが含まれますが、その一例として「妻は夫よりも稼ぐべきではない」が挙げられます。この考えの背景には、「お金を稼ぎ、家計を経済的に支えるのは夫の仕事であり、その領域に妻が踏み込み、夫よりもお金を稼ぐようになると、夫のメンツが潰され、家庭不和の原因になる」というメカニズムがあると考えられます。

この考えは昭和の時代には説得力があり、多くの人が納得するものでした。しかし、この考えは、今でも影響力があるのでしょうか。

結婚相手の経済力を考慮する男性が約5割

昭和の頃は、今よりも男女間賃金格差が大きく、男性片働きが一般的でした。しかし、平成から令和への時代の流れの中で、女性の社会進出が進み、共働き世帯数が専業主婦世帯数を上回るようになりました。今では結婚・出産後も働く女性は珍しくありません。

また、バブル崩壊以降、低経済成長が続き、所得が伸び悩む中、社会保険料が引き上げられたため、可処分所得も減少しています。使えるお金が少なくなった家計において、妻の稼ぎは以前よりも重要度が増したと予想されます。

さらに、男性の考えも変化しています。国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査」によれば、独身男性が結婚相手の条件として経済力を考慮する割合は、年々増加しているのです。図表1にあるとおり、1992年では26.7%の独身男性が結婚相手の経済力を考慮していましたが、2021年ではこの割合が48.2%にまで上昇しています。図表1には独身男性が結婚相手の学歴や職業を考慮する割合も示していますが、経済力がこれらの値を追い抜いた形になっています。つまり、今の男性は、「女性がどんな学歴でどんな職業か」という点よりも、「いくら稼いでいるのか」という点をより気にするようになったわけです。

【図表1】独身男性が結婚相手の女性に求める条件

以上の点を考慮すれば、「妻は夫よりも稼ぐべきではない」という考えの影響力は小さくなっていてもおかしくありません。はたして実態はどうなっているのでしょうか。

最新研究でわかった意外な2つの事実

実は最新の研究でこの実態が分析されており、興味深い結果が得られています。

分析を行ったのは、群馬大学の坂本和靖准教授と名古屋市立大学の森田陽子教授です(*1)。この研究では、1993年から2016年までの59歳以下の日本の夫婦のデータを使用し、「妻は夫よりも稼ぐべきではない」という性別役割分業意識が女性の就業や家事・育児に及ぼす影響を分析しました。

この分析の結果、意外な2つの結果が明らかになったのです。

夫よりも稼げる可能性のある妻はそもそも仕事をしない

まず、1つ目は、日本の既婚女性は、「妻は夫よりも稼ぐべきではない」という考えに影響され、夫よりも高い所得を得る可能性があると、そもそも働きに出ない傾向があったのです。「えっ! そんなことあるの?」と思われるかもしれませんが、夫よりも高い所得を得る確率が高いと、妻の就業確率が確かに低下していました。

妻は、夫との関係を考え、あえて働かないという選択をしていたと考えられます。

この結果は、働ければ高い能力を発揮する女性が性別役割分業意識の影響によって、その能力を示す機会を失っていたことを示唆しています。

辞表
※写真はイメージです

ただし、坂本准教授と森田教授の分析では、この傾向が時代とともに変化し、2008年のリーマンショック以降、妻が仕事をしなくなる傾向が弱まっていることも明らかにしました。経済環境が悪化したリーマンショック以降、夫の所得を超えることを気にせずに妻が働きに出るようになったのです。

リーマンショックという「100年に一度の経済危機」は夫婦の働き方にも大きな影響を及ぼしたと言えるでしょう。

妻の収入割合が約60%を超えると妻の家事労働は増加する

2つ目は、世帯所得に占める妻の収入割合と妻の家事・育児時間の関係に関する結果です。坂本准教授と森田教授の分析の結果、妻の収入割合が増えるほど、妻の家事・育児時間が低下したのですが、妻の収入割合が約60%を超えると、妻の家事・育児時間が逆に増加することがわかりました。なんと、妻が主な稼ぎ手になった場合、妻の家事労働も増えるというわけです。

多くの方が「妻が主な稼ぎ手なら家事・育児時間が減ってもいいはずなのに、なぜ逆に増えるの?」と疑問を持たれるのではないかと思います。

実はこの妻の行動を「アイデンティティの経済学」という経済理論で読み解くことができます。

性別役割分業意識に沿うように妻が行動を変える

この理論は、カリフォルニア大のジョージ・アカロフ教授(2001年にノーベル経済学賞を受賞)とデューク大のクラントン教授によって提唱された理論です(*2)。

この理論では、各個人は、自分の属する社会グループで正しいと考えられる行動(社会規範)と合致した行動をとり、社会規範と異なった行動をとると、自分だけでなく、他者からも不安や不快感を呼び、行動の修正を迫られることになると指摘します。要は、人と違うことをすることにペナルティが発生し、結局みんなと同じ行動をとらざるを得なくなるわけです。「こんな場合はこう行動する」という社会規範が人々の行動に制限を設けているという考えです。

この理論を使うと、妻が主な稼ぎ手になった場合になぜ妻の家事労働も増えるのかという現象も説明できます。

妻が主な稼ぎ手になるということは、「妻は夫よりも稼ぐべきではない」という性別役割分業意識と相反することになります。これは自分だけでなく、夫や周囲からも不安や不快感を呼んでしまう恐れがあります。これに対処するために、社会規範に沿うよう妻が行動を変えるわけです。この結果として、妻が家事・育児時間を増やすことになります。

自宅で洗濯物をたたむ女性
※写真はイメージです
リーマンショック後も家庭に縛られる既婚女性

さて、坂本准教授と森田教授は、リーマンショックの前後で妻の収入割合と家事・育児時間の関係に変化が生じていないかという点も分析しています。分析の結果、リーマンショック前では妻の収入が63.26%を超えると妻の家事・育児時間が増加したのですが、リーマンショック後では妻の収入が61.65%を超えると妻の家事・育児時間が増加していたのです。

つまり、リーマンショック後だと、妻の収入割合がやや少ない時点で家事・育児時間を増やすようになっていました。この結果は、リーマンショックといった未曽有の経済危機の後でも日本の既婚女性は、性別役割分業意識の影響を受け、家庭に縛られていることを意味しています。

日本の性別役割分業意識の根深さを示す結果だと言えるでしょう。

家事・育児時間の増加は少子化の原因の1つ

坂本准教授と森田教授の分析から、リーマンショック以降、日本の既婚女性はより外に働きに出るようになったものの、性別役割分業意識の影響から家庭内における家事・育児に縛られ続けているといえます。

性別役割分業意識は私たちの社会に深く根差しており、目には見えませんが、その影響は大きいものです。この分業意識が女性の家事・育児負担を増大させ、少子化の原因の1つにもなっているため、その解消をより真剣に検討していくべきでしょう。

(*1)Sakamoto, K., &Morita, Y. (2023). Gender identity and market and non-market work of married women: evidence from Japan. Review of Economics of the Household.
(*2)Akerlof, G. A., &Kranton, R. E. (2000). Economics and identity. The Quarterly Journal of Economics, 115(3), 715–753.

佐藤 一磨(さとう・かずま)
拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。

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