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川上洋平が感じた、映画『To Leslie トゥ・レスリー』の臭み。

  • 2023.7.22
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人間の奮起を実直に映し、ダイレクトに心が震える。

『To Leslie トゥ・レスリー』

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舞い込んだ幸運を6年間で飲みつぶし、テキサスのローカルタウンから追っ払われたレスリーが七転八倒の末、辿り着く名シーンは格別。シングルマザーの苦杯と一念発起をアンドレア・ライズボローがソウルフルに演じる。

飛行機で観る映画はどこか違って感じる。長時間のフライト中、暗闇で開かれる小ぶりな映画館。普段よりいっそう物語に入り込める。空の上という状況も、国籍や存在を軽くさせてくれる。気分も柔らかくなり、なんとなく機内案内から好き嫌いなしにランダムに映画を選ぶ。『トゥ・レスリー』もそのようにして鑑賞した映画だった。

いやはや、泣いた。ここまで完璧に泣かせてくれる映画も久しぶりだった。その昔、宝くじに当たったシングルマザー・レスリーの物語。今ではとっくにその賞金を使い果たし、酒に溺れる毎日。町の住民からも煙たがられ、かつて捨て去った一人息子を頼りに彼の元を訪れるが……。

このレスリーの自墜落っぷりがとんでもない。自己中で、アル中で、助けようとしてくれる人たちにも悪態をつく。観ているうちにどんどん腹が立ってくる。「いい加減にまともになれよ!」と叱りたくなる。堕ちる所まで堕ちるんだけど、息子のためにもなんとか奮起する。そこからが本題。じわじわと目頭が熱くなりだし、最後には涙を堪えきれなくなる(CAさんが気を遣って立ち去るぐらいには)。

やはり人の這い上がろうとする姿は格好悪いけど、格好良い。おそらく初めて“努力”をしたであろう彼女の這い上がりっぷりは素敵だった。アカデミー賞ではちょっとしたいざこざがあったアンドレア・ライズボローだが、そんなことはどうでもよくなるぐらいだった。“感動作品”と謳われるとどうしても綺麗なものを想像してしまって躊躇するのだが、“臭み”みたいなものがこの映画にはあった。ここ最近でいちばん人間臭い映画だった。

シンプルな話だが、そこが良かった。昨今映画には様々なものが入り込んでいる。時にノイズに感じてしまうことがある。この映画はそれがなく、実直にひとりの人間の物語を映しだしており、潔かった。おすすめの一本です。

文:川上洋平([Alexandros])/ミュージシャンロックバンド[Alexandros]の作詞・作曲を担当するVo&Gt。ラジオDJや映画コラム執筆、俳優業などバンド活動に留まらない多彩な才能にも注目が集まる。今夏、全国対バンライブツアー「ディスフェス'23」を開催中。

『To Leslie トゥ・レスリー』監督/マイケル・モリス出演/アンドレア・ライズボロー、マーク・マロン、オーウェン・ティーグ、アリソン・ジャネイほか2022年、アメリカ映画119分配給/KADOKAWA角川シネマ有楽町ほか全国にて公開中https://movies.kadokawa.co.jp/to-leslie

*「フィガロジャポン」2023年8月号より抜粋

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