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日本と香港の警察官がバディに。月村了衛さんの直木賞候補作。

  • 2023.7.17
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第169回直木賞候補作の一つが、月村了衛さんの『香港警察東京分室』(小学館)である。このところ、中国が海外に警察拠点をつくっていると盛んに報道されている。だから、中国の公安当局が日本国内に秘密裡に設けた組織が舞台にした小説かと思ったら、違った。

「警視庁組織犯罪対策部国際犯罪対策課特殊共助係」。日本の警察庁と香港警察の間で捜査協力のためにつくられた組織が登場する。日本側と香港側から、それぞれ同じ階級の5人が派遣され、名目上は完全に対等という建前。

しかし、香港警察の下請けとも接待係とも解釈できることから、警察内部では、揶揄的に「香港警察東京分室」あるいは単に「分室」と呼ばれている。この現実にはありえない設定が、奇想の警察小説を生んだ。

デモを扇動し、香港国家安全維持法に触れ、国外逃亡の際に協力者でもあった助手を殺害した容疑のある元大学教授が、日本に潜伏しているらしい。「香港警察東京分室」の最初の案件は、元教授キャサリン・ユーを逮捕し、香港へ送還することだった。

ユニークな捜査員の面々

捜査員がそれぞれユニークに造形されている。日本側トップの水越真希枝警視は、33歳のキャリア組だが、童顔の「とんでもない変人」という評判。だが、すました顔で香港側を挑発し、捜査の主導権を握るツワモノでもある。

もう1人の女性、山吹蘭奈巡査部長は、あからさまに元ヤンでがさつな武闘派だが、広東語、中国語、日本語のトリリンガルで、さらに英語も話せることが必須の「分室」メンバーになぜか選ばれた。その生い立ちがおいおい明らかになる。

香港側の隊長と副隊長の関係もおかしい。副隊長がときとして越権とも強圧的とも思える発言を上司に対して平気で行う。また、日本で言えば警部補にあたる階級の費美霞(ハリエット・ファイ)主管は、キャサリン・ユーの教え子であり、今でも民主主義を信奉しているという。

バディを組んで捜査するが、いきなり凄まじい銃撃戦に巻き込まれる。香港の反社会的勢力同士が倉庫でショットガンを撃ちあう。制圧のため駆けつけた警視庁SITが、こう描写される。

「抗弾性シールド付きのヘルメットに防弾ベスト、屈曲性向上型パッドに身を固めた精鋭達。武装はベレッタ92ヴァーテックとMP5。ただしSITのMP5は連射機能を省いた法執行用のシングルファイア・モデル」である。

メカニックな新型機甲兵装をまとった警視庁警察官が活躍する『機龍警察』シリーズでデビューした月村さんの面目躍如である。

双方に十数人の死者が出た銃撃戦。大藪春彦の世界を彷彿とさせる惨劇に血が騒ぐ。現場の倉庫に隠れていたキャサリン・ユーを密かに連れ出すハリエット・ファイの思惑は?

どうやら、背後には中国と香港をめぐる対立、抗争があるようだ。

中国と香港の代理戦争

ある捜査員のことばが象徴的だ。

「私達は代理戦争をやらされているわけですね。それも悲しいことに、日中の、ではなく、中中の」

作中で語られる「2047年問題」とは、2047年に香港は中国に完全に一体化されることに伴う問題を指す。「一国二制度」もすでに形骸化しているが、そのとき香港は中国に吞み込まれるのだ。

「香港は変貌した。もはや別の都市と言っていい」と語る香港の捜査員のことばが、胸を打つ。

かつて香港フリークを自任するほど、香港を愛した評者だが、いまの香港には何の魅力も感じない。この先、旅行することはないだろう。それでも香港を愛する香港人はいる。自由が失われていく香港への「挽歌」として読んだ。

月村さんは、1963年大阪府生まれ。早稲田大学卒。2010年『機龍警察』でデビュー。12年『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞、15年『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞。同年『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞などを受賞。

月村さんにはいくつもの貌がある。『機龍警察』シリーズに代表されるSF作家としての貌。もう一つ、大藪春彦賞の『コルトM1851残月』など時代小説家としての側面。そして、『奈落で踊れ』(朝日新聞出版)で示した、まったく新しい現代のピカレスク小説の書き手でもある。

本書によって新しいアクション小説の地平を切り開いた。直木賞の選考会は7月19日。受賞による、さらなる活躍を期待したい。

BOOKウォッチでは、『コルトM1847羽衣』(文藝春秋刊)、『奈落で踊れ』(朝日新聞出版)を紹介済みだ。

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