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「彼は"愛"を具現化した存在」 偉大な音楽家、バイセクシャル、情熱に生きた人…『親愛なるレニー』を読み解く【著者取材①】

  • 2023.7.18

皆さんこんにちは。満島てる子です。
この7月で立ち上げから2年を迎えたSitakke。あたしもこれまでお悩み相談を中心に、様々なテーマの記事をこのWebサイトに掲載させてもらってきました。

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ライター・満島てる子

北海道ではまだ1ヶ月先ですが、本州ではベガとアルタイルの邂逅を「七夕」として祝うこの月。実はあたしにも素敵な出会いが(あ、殿方とのロマンスって意味じゃないわよ。どこにいるのかしら、あたしの牽牛星……涙)。

2022年の10月。とある1冊の本がこの世に送り出されました。アルテスパブリッシング『親愛なるレニー レナード•バーンスタインと戦後日本の物語』は、ミュージック・ペンクラブ音楽賞、日本エッセイスト・クラブ賞、河合隼雄物語賞を受賞。

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『親愛なるレニー レナード•バーンスタインと戦後日本の物語』(著者:ハワイ大学教授・吉原真里さん)

この作品は、偉大な音楽家としても、バイセクシャルとしても、その生を情熱的に生きたバーンスタインの人生を追ったノンフィクションです。

あたしはこの本を読んだとき、久しぶりに”ときめき”とでも言うべき感覚を覚えました。

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ミュージカル「ウェストサイド物語」や、戯曲「キャンディード」で有名な、偉大な音楽家であるバーンスタイン(1918年〜1990年)。日本の音楽シーンにも多大な影響を与えた彼は、PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)の立ち上げにも関わるなど、北海道の文化芸術の発展にも貢献したひとりです。

その彼は、実はとある日本人たちと長きにわたり、深い交流を続けていました。

「日本でおそらく最初の、そしてもっとも熱心なファン」、天野和子さん。
「バーンスタインと激しい恋に落ち、その夢の実現に尽力した人物」、橋本邦彦さん。

『親愛なるレニー』は、バーンスタインと彼らの「手紙」のやりとりに目を向けることで、そこに確かに見てとれるふたつの「愛」を描き出します。そして、その「愛」が育くまれてきた場所、日本やアメリカをはじめとするレニーたちの立ってきた「ステージ」の文化的変動を追い、明らかにする作品です。
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今回は、この本の著者であるハワイ大学教授の吉原真里さんに、なんとインタビューの機会をいただくことに!

あまりの面白さに一気に読み通してしまった『親愛なるレニー』。今回は、この本がどういう経緯で書かれたのか、吉原真里さんがどのような気持ちでその執筆に当たったのかなどを、取材をもとに紹介していきます。

→後編:「芸術、人生、そして"愛"とは何か?」 偉大な音楽家、バイセクシャル、情熱に生きた人…『親愛なるレニー』を読み解く

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吉原真里さん、ライター・満島てる子(ZOOM取材のようす)

手紙たちとの予想外の”邂逅”

アメリカの文化を通して社会のあり方を分析するという、いわゆるカルチュラルスタディーズを専門としている吉原真里さん。アメリカを拠点とする研究者でありながら、同時に『私たちが声を上げるときーアメリカを変えた10の問い』(共編著、集英社新書)や『「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか?ー人種•ジェンダー•文化資本』(アルテスパブリッシング)など、積極的に日本語での執筆活動も行なっています。

そんな吉原真里さんがバーンスタインたちの「愛」を見つけたのは2013年、アメリカ議会図書館の舞台芸術部閲覧室でのこと。その巡り合いは、実は全く予期せぬものだったそうです。

バーンスタインに関するコレクションがあるので、それを見に行ったわけではあったんですが、そもそもその時は、冷戦期のアメリカ政府の文化政策について調べるために足を運んだんです。そしたら、バーンスタインコレクション自体1700箱も資料があるとわかって、もうびっくり。圧倒されちゃって……(笑)。それで、ちょっと気を紛らわせるために、直接自分のプロジェクトには関係ないであろうものも色々と見ていたら、バーンスタインに手紙を送った人たちの目録が目に入ったんですよ

その目録の中にあった、明らかに日本人だとわかる、見慣れない2つの名前。Amano, Kazuko、Hashimoto, Kunihiko……『この人たちは、一体誰なんだろう』。そう疑問に思った吉原真里さんは、彼らの手紙を閲覧できるよう、申請を行います。これが運命の始まりでした。最初に手紙を読んだ日のことを、吉原真里さんはこう振り返っています。

まず届いたのは橋本さんのお手紙だったんですけれども、箱を開けてみたら、明らかに手書きのラブレターとわかるものが出てきて……『わぁ!何だこれは!』って。とっても驚いたんです。もちろん、バーンスタインがバイセクシャルであったこと、様々な恋人がいたことは知っていました。ですが、日本人のパートナーがいたっていうのは聞いたことがなかったし、何よりあまりにも情熱的な内容だったので……読んでいるこちらまでドキドキするやら苦しくなるやらで、とにかくびっくりしました

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(画像はイメージです)

『親愛なるレニー』は3部構成。そのうち、橋本邦彦さんの手紙は第2部で中心的に紹介されていますが、あたし自身ひとりの読者としてすら、その真剣にして真摯な想いに「これはすごい!」と衝撃を受けました。また、第1部で主に取り上げられる天野和子さんの書簡群の方も、橋本さんよりは少し控えめに感じられるものの、非常に熱心なファンとしてのバイタリティであったり、友人としてバーンスタインを応援しようというそのあたたかい心意気には、目を見張るものがあります。

何より、どちらもあまりに生き生きとした言葉たちで綴られているため、伝わってくる情愛の濃度がどの手紙をとっても半端ではないのです(あたしはと言えば、『親愛なるレニー』を読んでいる最中、その気持ちの波に飲み込まれて「恋をしたいかも……」とよくわからない欲求を抱いてしまったほどでした笑)。

これが最初に出会った立場であったなら、とんでもない“感情の風圧”に晒されたのではないかと、個人的に想像せざるをえません。

思いがけない邂逅を経て、しばらくの間、貪るように彼らの手紙を読んだという吉原真里さん。感情の大きな動きを経験したことで、彼女はひとつの使命感を得たと言います。

「**読んだ瞬間から『ちょっとこれは何かしなくてはいけない」と思ったというか、「見なかったことにするわけにいかない』っていう感覚があったんです。研究者としてどうこうっていうより、この手紙たちに出会ったひとりの人間として、このまま何もせずに人生を送るわけにはいかないぞって」

手紙の持つエネルギーに導かれ、吉原真里さんは原著となるDearest Lenny: Letters from Japan and the Making of the World Maestro (オックスフォード大学出版)を2019年に刊行。そこから3年の時を経て、日本語版となる『親愛なるレニー』の出版に至りました。

英語での執筆時以上に「読みものとしての効果をさらに重視した」(p. 417)というこの本。私もこの出会いを「ちょっとこれは何かしなくてはいけない」と思わされたほど、その内容は、もとの手紙たちの放つパッションをより鮮やかに描き出しています。

バーンスタインという“愛の具現”

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(画像はイメージです)

『親愛なるレニー』は、天野和子さんについての第1部、橋本邦彦さんに関する第2部、そしてバーンスタイン本人の晩年に迫る第3部に分かれています。そのいずれにも共通しているのは、それぞれの「愛」のあり方に迫り、その輪郭に触れようとしているところです。吉原真里さんはまず、天野さんと橋本さんのバーンスタインへの愛について、次のように語ってくれました。

天野さんと橋本さんは、おふたりとも本当にものすごく深くバーンスタインを愛していて、しかもバーンスタインが亡くなってからもその愛が続いているんですよね。そこが共通してるんですよ。当然ながら、その愛の性質というか方向性は、天野さんと橋本さんで違いはするわけなんですが、2人とも、ファンの熱意や恋愛感情といったものが、より高尚なものというか、偉大なるものを敬う気持ちへ昇華していく。その変化が、バーンスタインへの呼びかけかたひとつに現れていたりするんです。そうした動きが手に取るようにわかるのは、何かを分析して文章にする研究者という立場としては、すごく醍醐味がありました

天野さんは、レナード•バーンスタインとの手紙のやり取りのなかで、彼のことを親しみを込めて「レニー(Lenny)」と呼ぶようになっていきます(p. 59)。
また橋本さんに至っては、その溢れんばかりの愛を表現するかのように、手紙の「Dear(親愛なる)」という書き出しを、ある時期から「Dearest(最も親愛なる、かけがえのない)」という表記に変えています(p. 161)。

こうした、見落とされてしまう可能性のあるような小さな変化にまできっちりと目をむけ、丁寧に拾い上げているという点でも、この『親愛なるレニー』は素晴らしい書籍だと言えると思うのですが、何よりそこから伝わってくるバーンスタインに向けた彼らのほとばしる気持ちに、あたしは文章を読んでいるあいだずっとハートを揺り動かされっぱなしでした。

インタビューの最中にも、やはりこころにグッとくる瞬間がありました。吉原真里さんは、天野さんと橋本さんの「レニー」への愛にも思いを馳せながら、バーンスタイン自身の「愛」について、こんなふうに語ってくれたのです。

バーンスタインのことを一言で何か表現しろと言われたら、本当に愛の人だったんだって思うんです。陳腐な表現で恥ずかしいんですが、でもやっぱりとにかく愛。もう愛がからだになんて収まりきらないぐらいだったんじゃないかって。天野さんや橋本さんに限らず、たくさんの愛を受けもしながら、人はもちろん、音楽や世界、平和というものに対して愛を注いでいた。なんていうのかな、彼にとっては受ける愛と与える愛が別物でないというか……何に対する愛であれ、全部一緒だったんじゃないかと思うんです。だからこそ、あそこまで精力的に活動できたんだろうと。彼は“愛の具現”だったんです

これを聞いて、あたしはまさに『親愛なるレニー』の中で紹介されていた、バーンスタイン自身の次のような発言を思い出していました。

私はふたつのものをとりわけ愛しています。音楽、そして人間です。どちらをより愛しているかはわかりません。……(引用者中略)……すべて、愛が根底にあります。人を愛することと、音楽を愛すること。それは私にとって同じことなのです。(p. 369)

少しむずがゆい話ですが、ひよっこの大学生だった頃、あたしが熱心に読みふけっていたのは、どれもこれも「愛」をテーマにした本ばかりでした。愛を信じ、愛を求める気持ち自体は、今でもどこか変わっていないような気もします。

そんな自分がこの『親愛なるレニー』に心を打ち抜かれたのは、ひいてはバーンスタインという人物が今なお放っている「愛」ゆえなのかもしれない……。吉原真里さんからお話を聞くことを通じてあたしは、自分自身の核の部分を再発見できたような気持ちになり、改めてこの本との出会いに感謝を覚えたのでした。

→後編へ続きます。

イベント情報

吉原真里さんと、満島てる子が登壇!
7月17日(月)公開講座「レナード・バーンスタインの 生きた世界と残したレガシー」

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取材協力:吉原真里(よしはら・まり)
1968年ニューヨーク生まれ。東京大学教養学部卒、米国ブラウン大学博士号取得。ハワイ大学アメリカ研究学部教授。専門はアメリカ文化史、アメリカ=アジア関係史、ジェンダー研究など。著書に『アメリカの大学院で成功する方法』『ドット・コム・ラヴァーズ──ネットで出会うアメリカの女と男』(以上中公新書)、『性愛英語の基礎知識』(新潮新書)、『ヴァン・クライバーン国際ピアノ・ コンクール──市民が育む芸術イヴェント』『「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか?──人種・ジェンダー・文化資本』(以上アルテスパブリッシング)、共編著に『現代アメリカのキーワード』(中公新書)、共著に『私たちが声を上げるとき──アメリカを変えた10の問い』(共著、集英社新書)、そのほか英文著書多数。

文・取材:満島てる子
オープンリーゲイの女装子。北海道大学文学研究科修了後、「7丁目のパウダールーム」の店長に。LGBTパレードを主催する「さっぽろレインボープライド」の実行委員を兼任。2021年7月よりWEBマガジン「Sitakke」にて読者参加型のお悩み相談コラム「てる子のお悩み相談ルーム」を連載中。

Edit:ナべ子(Sitakke編集部)

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