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ジブリ最新作『君たちはどう生きるか』はなぜ宣伝なしで公開されたのか

  • 2023.7.14

事前の宣伝一切なし、タイトルと謎の生き物が描かれたポスターのみが世に出た状態で、2023年7月14日の公開を迎えたスタジオジブリ最新映画『君たちはどう生きるか』。なぜこの異例のスタイルでの公開となったのか、宮﨑駿監督はどのような経緯で2013年の長編作品からの引退表明を撤回するに至ったのか。プロデューサーの鈴木敏夫さんが責任編集を務めた『スタジオジブリ物語』(集英社)に、その裏話が書かれている。

もう同じ事はやりたくない

『君たちはどう生きるか』の企画が宮﨑さんの中に芽生えたのは、2016年のこと。鈴木さんが最初に手渡されたのはあるアイルランドの児童書だった。面白いが、そのままでは映画にしづらい。そこで宮﨑さんは、以下の3つのことを書いた企画書を持ってきた。

一つ目。「引退宣言」の撤回。
二つ目。この本には刺激を受けたけど原作にはしない。オリジナルで作る。そして、舞台は日本にする。
三つ目。全編、手描きでやる。
(鈴木敏夫『ジブリの文学』(岩波書店))

そして、監督は宮﨑さん自身。引退撤回についてはじめ鈴木さんは大反対したが、絵コンテを見せられ、宮﨑さんの姿を見ているうちに「やりますか」という気持ちに。こうして映画製作が動き出した。

『君たちはどう生きるか』といえば吉野源三郎の1937年の小説が有名だが、タイトルを借用しただけで、主人公がこの小説を読んでいるという設定以外はまったく無関係な内容だそう。企画書の通り、児童書を原作としているのでもなく完全にオリジナルの作品だ。

タイトル以外の情報をすべて伏せたまま公開するという方針は、2017年にはすでに決まっていた。

この作品は、お金が掛かる。回収もままならないだろう。
とはいえ、これまでやって来たことは繰り返したくない。また、ジブリを愛してくれた人たちも、同じ気持ちだと思う。心の準備をすることなく、宮さんに言ってしまった。
「もう同じ事はやりたくない」
すると、宮さんがこう返してきた。
「わかるよ、鈴木さんの気持ちは」
(「もう同じ事はやりたくない」、『図書』2017年7月号(岩波書店))

この時は最低限の宣伝をすることも念頭にあったようだが、結局、まったくまっさらな状態での公開に至った。

映画の製作中には、高畑勲さんをはじめジブリで描いてきたアニメーターの訃報がいくつかあった。そして、ジブリパークの開園という嬉しい出来事もあった。82歳の宮﨑駿監督は、令和の観客に何を見せてくれるのだろうか。

本書は『風の谷のナウシカ』から『君たちはどう生きるか』まで、スタジオジブリの歴史を時系列でまとめている。自分の出生地もあやふやなほど「過去を正確に記憶できない」宮﨑さんに「大事なことは、鈴木さんが覚えておいて!」と言われ続けてきた鈴木さんが、今しかないと発起して企画・編集したという(本書の編集には宮﨑さんはまったく関わっていないそうだ)。ジブリの記憶を残す、記念碑的な一冊になるだろう。

【目次】
第1章 マンガ連載から映画へ。『風の谷のナウシカ』
第2章 スタジオ設立と『天空の城ラピュタ』
第3章 前代未聞の2本立て。『となりのトトロ』と『火垂るの墓』
第4章 『魔女の宅急便』のヒットと社員化
第5章 新生ジブリと『おもひでぽろぽろ』
第6章 『紅の豚』『海がきこえる』と新スタジオ建設
第7章 『平成狸合戦ぽんぽこ』と撮影部の発足
第8章 近藤喜文初監督作品『耳をすませば』とジブリ実験劇場『On Your Mark』
第9章 未曽有の大作『もののけ姫』
第10章 実験作『ホーホケキョ となりの山田くん』への挑戦
第11章 空前のヒット作『千と千尋の神隠し』
第12章 三鷹の森ジブリ美術館の建設と徳間康快の死
第13章 新人監督による2本立て。『猫の恩返し』『ギブリーズ episode2』
第14章 時代を反映した『ハウルの動く城』とジブリの独立
第15章 新人監督宮崎吾朗の『ゲド戦記』
第16章 人間が手で描いた驚きに満ちた『崖の上のポニョ』
第17章 米林宏昌を起用した『借りぐらしのアリエッティ』
第18章 時代の変わり目の渦中に作った『コクリコ坂から』
第19章 力を尽くした『風立ちぬ』。その後の引退と再始動
第20章 8年の歳月を費やした『かぐや姫の物語』
第21章 若手監督を中心にした新制作体制の編成『思い出のマーニー』
第22章 高畑勲が支え、導いた『レッドタートル ある島の物語』
第23章 ジブリ初の3DCG作品『アーヤと魔女』
第24章 宮﨑駿82歳の新たな挑戦『君たちはどう生きるか』
あとがき 終わったことはどうでもいい。 鈴木敏夫

■鈴木敏夫さんプロフィール
すずき・としお/1948年、愛知県名古屋市生まれ。スタジオジブリ代表取締役プロデューサー。徳間書店で雑誌『アニメージュ』の編集に携わるかたわら、1985年にスタジオジブリの設立に参加、1989年からスタジオジブリ専従。以後ほぼすべての劇場作品をプロデュースする。著書に、『読書道楽』(筑摩書房)、『ジブリの文学』『仕事道楽 新版――スタジオジブリの現場』(ともに岩波書店)など多数。

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